表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
35/42

35 殲滅戦

「大丈夫?」

 笑いを堪えながら助けてくれたオーレイリアを見て、キジーは慌てた。

「は、はいっ!」

「この子たちは自分の大きさを分かっていないから」


 大型翼竜は機嫌を取るように嘴を鳴らして少女たちに頭を寄せた。

 大きな頭の目の縁を二人がかりで撫でてやると、『極夜』の名を冠したクリオボレアスは喉を鳴らさんばかりだった。


 カーモスは極限までの重装備だった。両脇の雷槍砲だけでなく、輸送部隊が作った鉄管爆弾も限界まで乗せている。

「これで夜間飛行なんて、普通は無理だけど……」

 無意識に呟いたオーレイリアは、キジーの顔が曇るのを見て急いで付け加えた。

「でも、カーモスでしかできないことよね」

「はい」


 キジーの返答は小さかったが、翼竜の首を撫でる姿は信頼に満ちていた。眩しい思いで、辺境伯の令嬢はメイドの少女に告げた。

「そろそろサウル様が出発する頃ね、よろしく言っておいて」

 さっさと立ち去られ、一人になったキジーは呆然と立ち尽くした。そこに、今は誰よりも耳に馴染んだ声がした。


「やあ、キジー。カーモスを見ていてくれたのかい?」

 騎乗服を着たサウルがやって来たのだ。大型翼竜が相棒を見て歓迎の声を上げる。

「よしよし、調子は良さそうだな。ちょっと重いけど頑張ってくれよ」

 携帯の餌を与え、辺境伯の末息子はメイドの少女に頼み事をした。


「よければ、君の持ち物を貸してくれないか?」

「…あたしの?」

 貸せるような物があっただろうかと必死でキジーは上着のポケットを探った。何か柔らかな物が指先に触れた。


 ――これ、確か昨夜にオーリー様がくれた……。

 どう見ても貴婦人用のハンカチだった。ソニヤと二人がかりで必ず身につけていろと念を押されたことを思い出す。

 ――もしかして、このため?


 おずおずとハンカチを差し出すと、サウルは恭しくくちづけて上着の内側に入れた。

「竜騎兵の慣習だよ。再会したい人の持ち物を借りて飛ぶのは」

 彼の言葉にキジーの頬が一気に熱くなった。俯きそうになるのを堪えてサウルの青灰色の瞳を見つめる。


「……必ず、帰ってきて」

 それだけ言うのが精一杯の少女の頬にキスをすると、サウルは相棒に騎乗した。

 クリオボレアスが濃灰色の空に溶け込むように消えると、キジーは溢れかけた涙を乱暴に拭い、オーレイリアたちの元へと戻った。




 輸送部隊の面々はそれぞれの任務に就き、決戦に備えた。あちこちから聞こえる鳥笛を聞き分けるのはソニヤの仕事だ。

「イエレナさんたちの班は準備完了、クスター、トール、イーヴォの班も順調です」


 帝国軍はラウダ峡谷の成功体験に味をしめ、再びクリオボレアスの営巣地を脅かすと見せかけてロイヴァスの竜騎兵殲滅を狙っている。

 一応理にはかなっているが、オーレイリアにはむあまりにも短絡的な作戦に思えた。

「立て続けに同じ待ち伏せの罠を張るなんて、よほど余裕がないのね」

「それに、翼竜の生息地はソルノクート側の崖です。国境を越えて爆破部隊を送らなければならないんですよ」


 向こうは営巣地防御に焦ったこちらに国境を越えさせ、それを名目に叩くつもりだろう。先遣部隊同様に正規の軍人ではない者を雇って送り込む可能性が大きい。

「先に傭兵たちが使い捨てにされるのを見ているはずよ。どのくらい忠誠心が残っているかしら」


 少女二人は中々に腹黒い笑みを浮かべた。別働隊が通るルートは絞られる。ルオデ壁と呼ばれる崖に最短距離で行けて、かつよそ者でも迷わないことが条件となるからだ。

 帝国軍の計画をくじくためには、この別働隊は壊滅させる必要がある。一人として生きて帰すわけにはいかないのだ。

「鉄管爆弾には強力な炸裂火薬を使っているし、仕込んだ金属片の飛散範囲も広いわ。十分注意して投下して欲しいけど……」


 乳姉妹の心配を、ソニヤが笑い飛ばした。

「大丈夫ですよ。山脈のどこで何を使えばどうなるか、辺境領の者なら誰よりも知ってますから」

 頷きながらオーレイリアはこの状況が計算通りに行くことだけを考えている自分に気付いた。

 これから相手を皆殺しにする準備に仲間はいそしんでいる。国防、復讐、どんな大義名分をかぶせても、結局やることはミュラッカ村襲撃犯と同じだ。


 そこまで考えて、辺境伯の令嬢は強く首を振った。不毛な思考を追い出し、ただ作戦を成功させることだけを頭に置こうとする。

 森の中、低く山鳥の声がした。ソニヤがそっと告げた。

「準備完了です」

 大きく息を吸い込んだオーレイリアは、小柄な少女がかけてくるのを認めた。

「キジー、始めるわよ」

「はいっ」

 真剣な顔でメイドの少女は主と共に森の中に分け入った。



 

 視界が効かないまま周囲がゆっくりと明るくなっていく。

 バイランダー山脈を進むザハリアス帝国別働隊は足元に気をつけながら目的地を目指した。

「こっちの方角で間違いないんだな?」

 隊長の質問が何度目かは誰も覚えていない。それでも不満の声が出ないのは、彼らも自信が持てないからだ。

「方位盤は確かにこちらを指してます」

「山脈の南西にある崖だから分かりやすいだろう」

 そんな声が部隊内に広まった。楽観論に傾きかけた時に周囲で山鳥の鳴き声がした。一瞬固まった彼らは鳥だと悟って再び歩き始めた。


「おい、すぐに爆破できるように用意しておけよ」

 思ったより行軍が遅れていることに隊長は焦りを感じていた。

 荷駄を背負う班が隊列の前に出た。尚も進もうとする彼らの頭上を何かの影がよぎった。

「あれは…」

「静かに!」

 身を潜める部隊は上空に見間違えのない者が滑空するのを見た。

「翼竜だ」

「大事なお仲間を守るつもりか」


 影は彼らの前方で下降した。翼竜の営巣地がある崖に向かうと見えた。

「よし、ルオデ壁に行ったな。急いで崖の上に行くぞ」

 自然と足が速まる別働隊に異変が起きた。一人が突然山脈に響き渡るような悲鳴を上げたのだ。

「どうした?」

 振り返る隊長は霧の中にあり得ない光景を見た。さっきまで隣を歩いていた兵士が逆さづりになっている。しかも彼の足は膝部分が短く鋭い杭に貫かれていた。


 痛いと泣きわめく兵士を仕方なく仲間が猿ぐつわを噛ませて黙らせた。

「ロープを切って下ろしてやれ」

 隊長の命令に従った一人が悲鳴を上げる。今度は何だと部隊の者が顔を向けると、不運な兵士は杭の罠で樹木に貼り付けにされていた。

「何だよ、これ」

「いつの間に、こんな」


 今や別働隊の足は完全に止まっていた。どこに罠が仕掛けてあるか分からないからだ。隊長が忌々しげに言った。

「半島の蛮族らしい仕掛けだな。木の枝で棒を作り、罠を探れ」

 彼らはその言葉に従い、行く手の安全を確認しながら進軍を再開した。



「ふうん、ま、最初はこんなもんか」

 樹上でそれを観察していたソニヤが鳥笛を吹いた。周囲でそれに応える声が続いた。

「本番はこれから。ルオデ壁があんたたちの墓場よ」



 別働隊を囲むように山脈の木々がさざめいた。

 ようやく崖の上に出た別働隊は、すぐにでも爆薬を仕掛けようとした。

「これで、あの翼竜どもは全滅だ」

 谷に埋もれる運命の竜騎兵を見ようとした斥候は、不審そうに首をかしげた。

「どうした?」

「いない」

「何だって?」


 後続が下を覗くが、営巣地に向かったはずのクリオボレアスは忽然と姿を消していた。後方で報告を待っていた隊長が苛立った声を出した。

「何をしている! さっさと爆破準備を…」

 彼は最後まで言葉にすることができなかった。轟音が響き、隊長の身体を長槍が貫き地面に串刺しにしたのだ。

「隊長!」


 混乱する彼らの前に大型翼竜が現れた。翼に治療跡のあるクリオボレアス、カーモスは暗く視界の効かない中を悠然と飛翔し、背に乗せた竜騎兵サウルは別働隊の頭上に金属製の筒を次々と投下した。輸送部隊特製の鉄管爆弾だ。

 導火線が内部に詰め込まれた火薬に引火し、鉄管の内側から炸裂する。その威力と火薬と共に入れた細かな金属片は恐るべき光景を作り出した。

 別働隊は爆風で吹き飛ばされるだけでなく、無数の凶器と化した金属片で身体を引き裂かれた。爆風が霧をも吹き飛ばした後に転がる死体は一つとして五体満足なものはなかった。


 別働隊の指揮系統は完全に崩壊した。悲鳴を上げながら兵たちは来た道を戻ろうとした。

 搭載した爆弾を全て投下し終えたサウルは、相棒に撤退の合図をした。

「戻ろう、カーモス。よく飛んだな」

 竜笛の合図に翼竜は旋回した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ