31 再結集と決裂
バイランダー山脈。ソルノクート側。
つい先日、急襲を受けて放棄されたロイヴァス輸送部隊のワゴン隊列はほぼ残骸と化していた。辺境伯領に移送中だった銃器類は二重底から取り出され、他は不要としてうち捨てられた結果だった。悪臭を放つ樽が見あたらないのは強奪者が閉口して蹴り捨てたのだろうか。
無残な破壊の跡を見せている場所に、一人また一人と集まる影があった。彼らを見つけた者が声をかけた。
「無事だったのね」
オーレイリアの乳姉妹ソニヤだった。金髪の妖精のような彼女は、ヨーセフやイエリナを始めとした輸送部隊の人々との再会を喜んだ。
やがてロイヴァス輸送部隊はワゴンを目印にして集結した。彼らは仲間の無事を喜び合った。
「しかしお嬢様も大胆だな。一旦散開して敵の撤退を確認後にここで再集結とは」
「まあ、一番間違えようのない場所だな」
「違いない」
笑い声があちこちから怒った。人的損害がないことが、彼らの気分を明るくしていた。
ほぼ全員が集結する中、ソニヤはまだ現れない者を探して周囲を見回した。その時、大きな翼が降下した。翼竜クリオボレアスだ。その背には辺境伯の末息子とメイドの少女がいた。
「サウル様!」
「ご無事でしたか!」
翼竜の翼には治療の痕があった。銃撃されたことを心配していた人々は彼の合流に歓声を上げた。サウルの翼竜カーモスはもう一人を乗せていた。王都から同行したメイドの少女だった。
「キジー! サウル様と一緒だったのね」
ソニヤが嬉しそうに少女の手を握り、背伸びして大型翼竜の背を見ようとした。
「お嬢様は?」
不思議そうにオーレイリアの安否を問われ、キジーは表情を曇らせた。どう答えていいか迷ううちに新たな翼が上空に出現した。
サウルが警戒態勢に入ろうとしたが、すぐにその正体を悟った。
「ラヴィーニ! カイが無事だったんだ!」
「カイ様が?」
「ラウダ峡谷の生存者がまだいたのか?」
輸送部隊がざわめく中、カーモスのすぐ側に新たなクリオボレアスが着地した。新参者の翼竜二人の人間を乗せていた。先に降りた竜騎兵が手を貸して下ろした女性を見て、キジーは叫んだ。
「オーリー様!」
彼女に駆け寄り抱きつくと、辺境伯の令嬢は小柄な少女を優しく撫でた。
「よかった、無事だったのね」
キジーは何も言えず、ただ彼女の温もりで夢ではないことを実感した。
サウルは歩み寄ってきたカイと拳を交差させた。
「お前なら生き延びてると思った」
「ああ、相棒のおかげだ」
再会できた二頭のクリオボレアスも嬉しそうに鳴き合っている。輸送部隊の人々は思わぬ加勢に意気軒昂だった。
改めて、オーレイリアはキジーに自分を助けてくれた人を紹介した。
「こちらはカイ。ユーティライネン家の子息。サウル様とは幼馴染みでとても親しいのよ」
サウルと違って寡黙な雰囲気のあるカイは、ミュラッカ村の生き残りの少女に言った。
「カイ・ユーティライネンだ、よろしく。君の情報のおかげで『北風の王』の谷を発見できたよ。封印の解除は無理だったが」
「本当か?」
サウルだけでなく、「北風の王」の伝説を知る人々全てが驚愕した。灰色の目を丸くするキジーにオーレイリアが説明した。
「空からキルシッカの木を辿って見つけたの。お母様の竜笛が鍵だったのに落としてしまって……」
悔しそうな彼女を竜騎兵たちが慰めた。
「仕方ない、封印の谷が実在することだけでも大きな収穫だ」
「館の竜笛を探してみよう」
彼らに劣らぬ勢いでキジーも宣言した。
「あたし、村の周りの山も谷もよく知ってます。必ず見つけますから」
「ありがとう」
少女の手を握り、辺境伯の令嬢は感動しきっている乳姉妹ソニヤに尋ねた。
「ロイヴァスと王都から連絡は来ている?」
「はいっ、お館様とクロニエミから」
辺境伯と侯爵令嬢時代から取引がある商人は状況の変化を刻々と知らせてくれる。風ツバメで届けられた伝文を読み、彼女は竜騎兵たちに渡した。
「ロイヴァスは兵力の立て直しに苦労しているようね」
報告文に目を走らせた彼らはオーレイリアに視線を走らせた後で顔を曇らせ、同調した。
「そうだな」
「王都はどうなっている? 正規軍が動いたらしいがどこに向かっているんだ?」
「残念ながら海岸地帯のようね。ザハリアスのアナトリック艦隊の動きを警戒するようよ」
援軍は期待できないと言うことだ。その場の人々は落胆を隠せなかった。
人の輪の端にいた小柄な若い男が、じりじりと離れようとした。一人が彼に声をかけた。
「どこ行くんだ、ニコ」
「見張りをしてくる」
手近な木にするすると登り始めるのに、いつものことと誰もが気にしなかった。青い瞳を眇めてニコを観察したソニヤが、ヨーセフに顔を向けて小さく頷いた。
輸送部隊はまず破壊されたワゴンの分解に取りかかった。太い車軸を外し、空洞になっている内側から短い金属の筒を取り出す。
その中の火薬が無事なことを確認した後で細かい金属片と一緒に筒に詰め込み密封し、導火線を取り付ける作業が繰り返された。こうして生産された鉄管爆弾を背嚢に入れて輸送部隊は移動した。
活気に満ちたロイヴァス輸送部隊と対照的に、淀んだ空気を払拭できない一団がバイランダー山脈にいた。
メリルオト侯爵家とハルキン伯爵家の領軍は共同作戦という建前でありながら、実に微妙な距離を取って野営していた。
国境までの距離がほぼ同じなら戦力も同じ、天幕を設置する標高まで差がなかった。
高地に慣れるためというもっともらしい理由のためだ。しかしその実、相手の出方がすぐに分かるようにするためなのは見え見えだった。
「侯爵様」
軍団長カリサルミが辛抱強く呼びかけたが、メリルオト侯爵ウリヤスは顔も向けなかった。溜め息を堪え、老将は再度口を開いた。
「このままでは埒があきません。進軍を続けるにしろ撤退するにしろ、ハルキン側と打ち合わせをせねば」
「あの若造など信じられるか!」
侯爵は吐き捨てるように言った。だが、何の成果も上げられないままに銃撃部隊を失っただけという現状は彼でも理解できる。
「仕方ない。ハルキンに伝令を」
ようやくまともな判断力を取り戻したらしい当主にほっとした様子で、カリサルミ軍団長は天幕を出ていった。
メリルオト侯爵とハルキン伯爵子息との会談は、両軍の中間地帯で行われた。双方の見栄と思惑が絡まった計算の結果だった。一刻を争うのに無駄な時間を消費したとカリサルミは苦虫を噛み潰した顔で陪席し、若いオリヴェルの側に控える実行部隊長らしき者が同じような表情をしているのに気づいた。
彼は副官に囁いた。
「もしもの場合は、向こうの領軍指揮官と直接話し合いがしたい」
副官は頷き、密かな連絡手段構築に取りかかった。
配下の動きに気づくことも出来ない侯爵は、ハルキン家の貴公子と探り合いのような挨拶をしていた。
「そちらの様子は変わりないかな、オリヴェル卿」
「はい、侯爵閣下」
若い伯爵子息の返答は簡潔だった。おそらく指揮官の助言だろうとカリサルミは推察したが、単純に下手に出たと解釈した侯爵は機嫌良く頷いた。
「そうか。で、今後のことだが…」
彼が言い終わらないうちに後方で爆音が起こった。振り向けば今し方後にした侯爵領軍に黒煙が上がっている。
侯爵は伯爵子息の胸ぐらを掴み上げた。
「貴様、私をおびき出して我が軍を殲滅する気か!?」
揺さぶられ声も出ないオリヴェルが必死で首を振ると、次はハルキンの領軍から爆音と煙が起こった。
「そっちこそ、何をする気だ!」
激昂した若い伯爵公子が逆に侯爵の首を締め上げ、会談の場は修羅場となってしまった。




