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21 挟撃計画

 バイランダー山脈。ザハリアス帝国とソルノクート王国との国境地帯。

 夜に紛れてソルノクート側を偵察する人影があった。


「光信号だ」

 一人が小声で相棒に告げた、即座にもう一人が示された方向に点滅する光を認め、最低限の灯りで内容を書き留める。信号が消え、山脈全てが夜に包まれると二人組の斥候は闇を苦にすることもなく部隊に戻った。


「奴らのワゴンの位置が掴めたか」

 斥候から報告を聞いたザハリアス陸軍遊撃隊隊長、ニキアス・ゼファー少佐が信号の解読紙片を手に呟いた。


「例のソルノクートの伯爵領軍と接触できたようだな」

 副官が言うと斥候任務に当たっていたソロンが笑った。

「ロイヴァスのお嬢様部隊はあちこちから偵察されているのに、呑気にワゴンの大部隊で山脈を進むようで」

「都育ちの小娘だ、仕方あるまい」

「ただの荷運び部隊ではないぞ。山脈を知り尽くしている連中だ」


 ニキアスに副官が注意を喚起すると、帝国陸軍少佐は苦笑気味に頷いた。そして、斥候役をしてきた諜報員に告げた。

「引き続き輸送部隊の追跡と、例の伯爵領軍の動向調査を」

 ソロンは敬礼するとテントを出て行った。


「あの国の臆病な貴族共は昔から外敵が来ると見苦しく手のひらを返してきたが、今回自領が侵攻されたわけでもないのにすり寄ってきた理由は何だろう」

 副官の言葉にニキアスも考え込んだ。ハルキン伯爵家とロイヴァス辺境伯とは交流も表面上の確執もないため、彼らはメリルオト侯爵家を挟んだ因縁に思い至らなかった。


「考えられるのは、辺境伯と我々を共倒れにしておいて自分だけが功績を独り占めする計算か」

「我が軍も舐められたものだな」

 不快気に副官が吐き捨て、ニキアスも同意した。


「奴らの思惑がどうであれ、こちらがそれを叶えてやる義理などない。せいぜい利用させてもらう」

 彼は簡易テーブルに広げた地図に輸送部隊の位置を記した。国境付近に潜伏する遊撃隊の印とロイヴァス辺境伯領の布陣の印に加わるそれを眺め、ニキアスは呟いた。

「辺境伯に感知されずにこの部隊を挟撃し、武器弾薬を鹵獲もしくは破壊する」


 その案に副官は不安を残した顔をした。

「得体の知れない奴らを信用するのか?」

「適当な餌をぶら下げて、欲しければ芸を見せろと言ってやればいい。それで実力と本気が計れるし輸送部隊に揺さぶりをかけられる」

 副官は納得顔で頷いた。二つの機動部隊に挟まれた輸送部隊の印を見る目には憐憫が浮かんでいた。




 王都アームンク、カルヴォネン公爵邸。

 何度もスイーリス夫人のサロンの前を往復した後で、ファンニは深呼吸をしてからドアをノックした。

 メイドがドアを開けて公爵夫人に伝える。


「メリルオト侯爵令嬢です」

「どうぞ、いらっしゃい」

 いつもの微笑みと共に公爵夫人は近未来の嫁を迎えた。いつもより5割増し緊張した顔でファンニは進み出て、彼女に淑女の礼をした。格段に優雅さが増した所作にスイーリスは満足げに頷いた。


「何かご用かしら?」

「……その、私の部屋にこんな物が」

 思い切ってファンニは手紙を差し出した。公爵夫人は怪訝そうに首をかしげた。

「手紙? いつあなたに届いたの?」


「気がついたら本の間に隠すように挟んでありました。母からのようですが、祖母からの手紙も入っていて、妙だと思いましてご相談に」

 堅苦しい表情と動作での説明に、公爵夫人は頷いた。


「そうなの。メリルオト侯爵家からの使者が来たか調べさせましょう。これは私が預かっておきますから心配しなくて良いのよ」

「はいっ」

 肩の荷を下ろしたような顔でファンニは再度礼を取った。


 侯爵令嬢が退出すると、テラスに出ていた令嬢たち――シェルヴィアとサネルマがやって来た。

「思ったより早かったわね」

「長引かせれば疑われるだけだと判断したのかしら」


 娘たちのおしゃべりをよそに、公爵夫人は開封した手紙とクロニエミから受けとった写しを見比べた。

「同じ物ね。細工はしていないわ」

「ようやく私たちの一員になる覚悟ができたのかしら」

「本能的な決断かも知れないわよ」


 姉妹の言葉に母親は苦笑した。

「危険への嗅覚が鋭いのはいい事よ。誰に着くべきかの判断力もね」

 そして公爵夫人は侍女を呼んだ。

「手紙を書きます。公爵と王宮へ使いを」

 書斎へ移動する堂々とした姿に侍女と娘たちが従った。




 輸送部隊は一名が加わっただけで空気が一気に賑やかになった。朝早くから皆に交じって食事の支度を手伝う辺境伯の息子、サウルは今日も陽気に女性たちに声をかけた。

「手伝うよ、ご婦人は労らないと」

「誰にでもいい顔してると痛い目見ますよ、若様」


 女性陣で最年長のイエレナに容赦なく窘められても、彼の笑顔は消えなかった。ワゴンの周囲を見回し、ひときわ小さな人影が必死に水桶を運ぶのを見つける。

「おはよう、キジー」

 すぐに駆け寄り、サウルはメイドの少女から水桶を取り上げた。慌ててキジーは取り戻そうとした。


「返してください、あたしが運びますから」

「僕がやった方が早いだろ」

「でも…」

 困り果てる少女を更にからかおうとした時、彼に向けていくつもの水桶が突きつけられた。


「それじゃあ、お言葉に甘えますよ、若様」

 笑いを堪える女性陣を従えたイエレナに言いつけられ、サウルは眉尻を下げた。

「酷いよ、みんな……」


 情けない声と表情に、思わずキジーも吹き出した。その様子にサウルは微笑んだ。

「やっと笑ったね。顔色も良いようだし」

 気遣われていたのだと悟り、キジーは彼を見上げた。いくつもの水桶をよたよたしながら運ぶ彼の隣で少女も水桶を手にした。


 焚き火の場所まで来ると、サウルはキジーから軽々と水桶を奪った。増えた荷物を苦にすることなく運ぶ姿を見て、自分の仕事を奪わずにいてくれたのだとキジーは気付いた。

 炊事班に水を渡すとサウルはすぐさま相棒の翼竜の元に行ってしまった。

「……お礼、言ってない…」

 残された少女は呟いた。




 ソルノクート王国北部、バイランダー山脈南西。

 武装した一団が山中を隠れ進んでいた。装備から兵士と見て取れる集団だが、傍目にも意気軒昂とは言いがたい雰囲気だった。


「このあたりのはずですが……」

 熟練兵らしき男が、身分が高そうな青年に話しかけた。青年は苛々と周囲を見渡した。森の中にぽっかりと空いた小さな空間、古い大樹が倒れた後らしき場所で彼らは何かを待っていた。


 不意に、その頭上を影がよぎった。それは音もなく旋回し地表に近づいてくる。やがて皮膜の翼がはまり込むようにして着地した。

 小型翼竜プテロ。その背には革の騎乗服を着た者が二人いた。


「到着ですぜ、旦那」

 前の鞍に騎乗した者が気安く後方の者に声をかけた。呼びかけられた方はしばらく動けない様子だった。

「メリルオト侯爵?」


 地上で待っていた青年が彼の名を呼んだ。侯爵は竜使いの運び屋の手を借りながらようやく両足を地面に付けることができた。

 運び屋の方は客の様子を気に掛けることもなく代金を請求した。

「無事に着いたろ、約束どおり残りの半分」


 差し出された手に侯爵は小さな革袋をぞんざいな仕草で渡した。中を確認すると、運び屋は相棒の翼竜に軽々と騎乗した。

「毎度」

 それだけ言うと、彼は竜笛を吹いた。小型翼竜が前傾姿勢を取り、地を蹴る。数度羽ばたき上昇気流に乗ると、翼竜は見る間に小さくなっていった。

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