娘さんを僕に下さい
娘たちが、カワイイてしゃーない。
コロナ自粛で、けっこー家にいて、ふれあう時間が増えたからかなあ。
あらためて、娘たちが、カワイイのである。
長女、小学校五年生。次女、小学校一年生。
これはちょっと、早いとこ彼女たちに反抗期を迎えてもらって、さっさと悪態をついてもらって、ガン無視してもらって、ウザっとかキモっとか吐き捨ててもらったほうが、どうやら自分の為に良いのではないか?
このままでは、そのうち娘たちに骨抜きにされてしまう。自分がダメになってしまう。
我ながら、そう心配になるほど、何や知らんけどカワイイのである。
いすれ結婚? どこぞの馬の骨にくれてやる? ないないない!
そんなこんなで、最近ちょいちょい義父の気持ちを察するようになったのである。
義父は、僕に負けず劣らず偏屈な人間であるが、出会った頃、ザ・社会のクズだった僕を、何故かとても寛大に受け入れてくれた。
もしもの話。年頃になった娘たちが、若き日の僕を、父である僕の前に連れてきたら……
ああ、胸が痛い。なんでもいいから錠剤欲しい。瓶ごとカラカラっと飲み干したい。
僕には、とても義父のような広い心はない。いまだにとても苦手な義父だが、その点で尊敬し、一生頭が上がらない。
義父に初めて挨拶に行った時、僕はフリーターだった。
ちなみに、僕と妻は六つ年が違う。
妻は、高校を卒業したばかり。
「ちーっす! 娘さんと結婚を前提につきあっちゃてまあーす! ぽっくん、フリーターさんず! てか、今のバイトも先輩気に入らねーから辞めましたあー! 現在、バリバリ無職どえーす!」
てな感じで、元気いっぱい挨拶したと思う。
その時、義父に、
「おま、いい度胸してんな。度胸だけは買ってやる。おまえに、ひとつだけ、いいことを教えてやろう。定職に就け」
つって、言われて、
「んーだよ、定職に就かなきゃ、娘くんねーのかよ。ったく、ケチくせーオヤジだぜ」
つって、内心思って、
その内心が明らかに顔に出ちゃっている僕に向かって義父が、
「おい、メシ行くぞ!」
つって、これは罰ゲームかしらんちゅうぐらい、たらふく焼肉を喰わされた。
思えば、義父、心が広かったねえ。
これ、僕だったら、横綱ばりのシコ踏んで、大量の塩撒いて追っ払ったと思う。
しぶしぶ就職した僕は、それから約一年後。
「お義父さんのおっしゃる通り、定職に就きました。さあ、パパさん、娘さんを僕に下さい。ほら、下さい。とっとと下さい」
つったら、義父、しばらく考え込んだ後、
「……分った」
つったんだよ。
いやいやいや! 甘いっつーの! 僕みたいなダメ人間に、大事な一人娘あっさりやるなっつーの!
いやー、義父ってば、心広いよねえ。
僕なら、戦う!
鈍器のようなモノで、相手にとどめを刺す!
「で、式はいつ挙げるんだ?」
なんつって、その後の話の流れで、僕のパピーが聞くから、
「結婚式を挙げる気はさらさらナッシングでありんす! だって、僕たち、お金ないんだもーん!」
なんつって、ダディーに元気ハツラツと答えたら、
「なめてんのか!」
なんつって、何だか知らねーけど、先程と打って変わって、すんげー怒られちゃって。
「おまえら、結婚は、二人だけのためにするもんじゃねーぞ!」
とか何とか、こんこんと説教されちゃって。
「えー、うそーん、まじー? まじっこマジマジー? 式って挙げにゃならんの? だりー。また金貯めにゃならんがや、また働かにゃならんがや、ちょーだりー」
つって、その内心が顔に出まくっちゃってる僕に向かって義父が、
「おい、酒呑み行くぞ!」
つって、しこたま飲まされて、僕、べろんべろんになって。
んで、義父が今晩泊まってけっつーから、まだ十代の妻の部屋の、妻のベッドで二人で寝て。
いやー、義父ってば、まじ、心広いねえ。
これ、僕だったら、一晩自分と添い寝の刑だぜ。
さらに二年後。
式の日程が決まったので報告に行った時。
「ちなみに、新婚旅行はどこ行くんだ?」
ちゅうから、
「新婚旅行の予算は今はないので、式が終わって半年後ぐらいに、ディズニーランドに行こうと思っとります!」
「で、で、で、ディズニーランド?」
「はい、深夜バスの日帰り格安ツアーで!」
つったら、義父、
「情けなくて、涙が出る。かりにも俺の娘の一生に一度の……」
と、途中まで言いかけて、
「……まあいい。おい、Q輔、メシ喰え。酒呑め。我が息子よ、今日はとことん俺に付き合え」
だってさ。
そんなこんなで、今に至る。
あの時の義父の、呆れたような、諦めたような、
そして、どこの馬の骨とも知れぬ頼りない義理の息子候補を、どこか慈しんでくれているかのような、
あの表情が、今も忘れられない。
娘たちが、カワイイてしゃーない。
長女、小学校五年生。次女、小学校一年生。
僕も、いつか愛する娘を馬の骨にくれてやる時は、
あの日の義父のようにこれでもかと複雑な表情を、
せめてもの腹癒せに、
メシと酒と共に喰らわせてやろうと思っている。