第6話 ギルドにて
ギルドの中は、夕方の忙しい時で、大勢の冒険者でごった返していた。受付のお姉さんに、来意を伝えると、「マテオさん、生きていたんですね」と驚かれた。とりあえず、ギルド長に会ってくれと、応接室に通された。ギルド長は、熊の様な大男で、威圧感がある。昔、冒険者をやっていたんだろう。
「冒険者の絆のクラリスから報告を受けている。”黄昏のほこら”の最深部10層でラスボスと遭遇し、パーティーが崩壊して、逃走した。マテオ君は、その時ラスボスに運悪く捕まり、殺されたのでいっしょに逃げられなかったと聞いている。」
「パーティーが崩壊したまでは、ほんとうですが、俺を置き去りにしてとっとと逃げて行ったんですよ。俺が気づいた時は、影も形もありませんでした。」
「なるほどな。恐怖にかられると、周りへの配慮が欠如して、ひたすら逃げたくなる。駆け出しじゃないんだから、ランクBの冒険者としては、いかんな。しかも、逃走途中、ノバも行方不明だそうだ。多分、足手まといになって放置していったんだろう。君の置き去りは、ギルド規定違反で訴える事ができるが、どうするかね。」
「いや、無事に帰ってこれたんだから、いいですよ。面倒ごとは、こりごり。それより、10層までの宝箱の中身は、俺が保管しているのですが、どうしますか。」
「君を置き去りにして行った時点で、権利は放棄したものとなる。慰謝料としてもらっておきな。」
「了解です。すばらしいお宝があるんですが、あいつらも惜しいことしましたね。」
「お宝の処分は、受付に言っておくので相談してくれ。ところで、君はラスボスからどうやって逃げたんだね。」
「いや、あいつが、こちらに、突っ込んで来たので、目をつぶって、剣を前に突き出していたら、偶然のどに刺さっていちころでした。俺は運がいいんですよ。」
「そんな話は聞いたことがないな。偶然倒したって?100万回に1回もおきないよな。」
ギルド長は、かなりうさんくさい目でみていたが、それ以上何も言わなかった。
「そうだ。証拠にラスボスの魔石がありますよ。」
直径15㎝はある緑の石をギルド長に見せた。ギルド長は、石を灯りにすかして見て、その神秘的な美しさにため息をついた。
「君のギルドランクは、Dだったよな。討伐が証明されれば、ランクがCになる。ギルド規定で、ダンジョンラスボス討伐は、C以上に上げるというのがあるからな。その石も受付に見せて、ランクアップの話をしなさい。」
「ギルド長、ありがとうございます。」
受付のおねえさんには、魔石を全部買いとってもらう事にした。牛の悪魔は、いつもどうり1個10ゴールドで120個で合計1200ゴールドをもらったが、ミノタウロスロードとラスボスの魔石は珍しいので、値段がわからないらしい。3日後に金を受け取るという事になった。Cランクアップに関しては、手続きだけしてもらって、1週間後に結果がわかるという事だった。
ミスリルの武器と宝石ルビーの”ペガサスの涙”については、ギルド経由で、オークションにかける事にした。これも1週間後に結果がわかるようだ。ただし、剣2本と、弓2張りは、自分用に取っておいた。
ギルドでの手続きも終わったので、オリバー兄貴のところに顔を出すことにした。
***治療院にて***
勢いよく治療院のドアを開けると、オリバー兄貴が飛びついて来た。
「マテオ、予定よりだいぶ過ぎてるし、ダンジョンで死んだんじゃないかと思って心配したぞ。」
「おお、心配かけたな、兄貴。確かに、ラスボスに殺されそうになったけど、ぴんぴんしてるぜ。」
「お前は、昔から悪運が強いやつだからな。」
「マテオさん、無事だったんですね。よかったです」
かわいい涙声がして、治療院のベッドを見ると、ノバが横たわっていた。
「ノバ、ダンジョンで行方不明になったと聞いていたけど、大丈夫なのか?」
それから、ノバは、ラスボス部屋からどうなったのか経緯を話した。ラスボスに吹き飛ばされたクラリスは、左肩を脱臼してパニックになって、部屋を飛び出していった。これを見て、ノバとアンナは慌ててついていったそうだ。アンナはご丁寧にボスがでてこないように、ドアを閉めたようだ。それからは、必死にダンジョンの中を逃げる日々だったが、アイテムボックスに食料やキャンプ用品を入れたままなので、自分達は何も持っておらず悲惨だったようだ。食料は、牛の悪魔を殺して、生肉を食べた。火を起こすものがないからだ。水もなかったので、牛の悪魔の血をすすったそうだ。普段なら、なんでもない相手でも、パニックになって弱っているので、簡単にいかない。クラリスの脱臼も、ノバが治したが、痛みは残り、状態が悪かった。その内、アンナも、ノバも傷だらけになり、限界になっていた。やっと、第5層まで来た時、ノバが、牛の悪魔にアタックされて、複雑骨折をした。複雑骨折は、ノバには治せない。クラリスとアンナは、助けを呼んでくるからといって、ノバを置き去りにしていった。ノバは、死を覚悟したが、偶然通りがかった冒険者に助けられて、ダンジョンを脱出できた。それから、助けてくれた冒険者は、オリバー兄貴の治療院にノバを運び込んだということだ。
「大変だったんだな。俺はラスボスを倒した後すぐ、ダンジョンから出られたんだ。」
「え!!!,あのラスボスを倒せたんですか?」
「ラスボスが、突進して来たときに偶然構えた剣が喉に刺さって倒すことができたんだ。」
俺は、ギルド長に言った同じ言い訳をした。誰も、アイテムボックスに吸い込んだなんて信じないからな。ノアは、俺の言うことを何も疑わず信じたようだ。オリバー兄貴は、ほんとかよって顔してたけど。俺は、この時ユートピアの事を隠しておこうと思った。俺の独占物にしておきたかったんだ。
「それから、ラスボスの部屋にあった”ダンジョン出口”ってドアがあったんで、脱出できたってわけだ。」
「そしたら、1週間どこに行ってたんですか?」
ちょっと辻褄が会わない事に気づいた。
「それがだな、ダンジョン出口ていっても、昏のほこらの近くじゃなくって、知らない森の中に飛ばされたんだ。」
もう、ますます、辻褄が合わないが、うそを始めたら最後までつきとおすしかない。
「そこを1週間さまよって、やっと道を見つけて、帰れたってわけさ。」
「無事帰れてよかったですね。ラスボス部屋にマテオさんを残して来た事を後悔してたんです。オリバーさんが、兄弟みたいな間柄だって聞いて、よけいに、申し訳なくて。」
「いいってことよ。リーダのクラリスがパニックってんじゃ、下っ端のノアが動転するのは、しかたがないよ。それより、けが治すのが先だよ。」
ノアの骨折は、オリバー兄貴の治療術で、快方に向かっている。もう2週間もしたら、歩けるそうだ。
「ところで、クラリスとアンナはどうなったんだい。」
「私も気になって、オリバーさんに、2人の定宿を見に行ってもらったんですが、ダンジョンからもどってきて、引き払ってどこかへいっちゃったそうなんです。実は、クラリスとアンナには、借金があって、今回無理をして10階層まで行ったのも、返済を迫られていたからなんです。それが、攻略失敗しちゃったので、夜逃げしたのではないかと危惧しています。」
所謂、計画的な資金管理の失敗ってやつだ。冒険者は大金が手に入るが、うっかりすると支出の方が多くなって首がまわらなくなる。
「ノアさんも、パーティーメンバーとして、迷惑がかからないといいんだけどな。」
「パーティーとして借りてる分もあるので、私も心配しています。」