第5話 ユートピア
ボス部屋を見回すと、奥に宝箱があった。どんなものが入っているかとわくわくしながら、開けてみた。開けたとたん、眩暈がして、体がバラバラになって吹き飛ばされたような感覚がした。暫く気絶していたようだが、壁の色がボス部屋と違う青一色なので、空間転移させられた事がわかった。ダンジョンには、こういう罠があって、仲間と違う場所に転移させられて、全滅したというのを聞いたことがある。部屋には、ドアが2つ在って、1つは、ダンジョン出口、もうひとつは、ユートピアと書かれていた。こんなところから、早く帰りたかったが、ユートピアという文字が気になって仕方がない。遠い昔、読んだ本に出てきたような気がする。実際、俺の実家には、本なんか1冊もないが。ユートピアというドアを開けると、長い廊下が続いている。廊下の端まで来ると、又ドアがある。”ようこそ、我が楽園へ”と書いてある。そのドアをあけると、雲一つない青空と、草原が広がっていた。草原の向こうに、1軒の大きな家が見える。3階建てで、窓が無数にあった。その家に、歩いていくと、ひばりの声がする。あー、なんて気持ちのいいところだ。風もそよぎ、日差しもポカポカして暖かい。家にたどりつくと、ドアに、”愛しの我が家”という木札が下がっていた。中に入ると、テーブルの上に文字が書かれた1枚の紙が置いてある。
***神からの伝言***
マテオ君、やっと私の用意した楽園にたどりついたね。君は輪廻転生した192,345,683,945回目の人間だ。魂は、人にも虫けらにもなれる。前世の行いによって、何に転生するかが決まるという考えもあるが、ほんとは違う。ほとんど偶然なんだ。世界の理から見れば、虫けらも、人も、サルも、大して違いはない。ただ、前世で、人間であった魂は、次も人間になる事を望むらしい。君は、前世で英雄として私を大いに楽しましてくれたので、君の望みをかなえたいと思っていた。君は臨終の際に、「”争いのない大地”」が欲しいといった。さあ、ここが、君の望む楽園さ。僕も忙しくて、なかなか対応できなくてすまなかった。尚、アイテムボックスは、ちょっとした挨拶がわりの贈り物さ。大いに役にたててくれ。
----君の加護者より-----
この手紙を読んで頭が割れそうになった。神から手紙をもらうなんて、どういう事だ。
前世の記憶をぼんやりと思い出して来た。俺は、隣国との戦争の時に1兵卒で参加。集中力があるので銃の狙撃に向いていると言われて、特別な訓練を受けてスナイパーとなった。野外で、敵の歩兵30名以上を狙撃して恐れられたり、敵の基地に潜入して幹部将校を倒したりした。3年間で1,000名以上の命を奪ったが、その中で偶然、タリスマンという敵の戦争主導者が含まれていた。これがきっかけで、我が国の勝利で戦争終結となった。俺は、一番の功労者として英雄となった。戦後は、戦争博物館の館長として、平和な生活を営んでいたが、悪夢に悩まされていた。俺の殺した1,000名の魂が、一斉に追いかけてくる夢だ。崖に追い詰められて、仕方なく飛び降りた時に、”わー”といって目がさめるのだ。別に狙撃をしたのは、軍の命令でやったことで、罪悪感はない。しかし、1,000名の魂にはそれぞれの未来があったはずで、それを奪った事への恨みを受けているかと思うと堪らない。俺は82歳まで生きたが、いまわの際に、神に恨み言をつぶやいた。「”争いのない大地”」で暮らしたかったと。
とりあえず、神にもらった我が家を探索してみた。地下は収納庫になっていて、1部屋は、蒸留酒や、ビールがある酒蔵、もうひとつは、肉、野菜の貯蔵庫になっていた。肉、野菜の貯蔵庫は、適度に冷えていて腐敗しにくいようになっていた。1階は、玄関に続く、広いリビングと20人は座れる食堂に、大きな風呂と洗面所と台所だ。2階は、ダブルベッドのおいてある大きな寝室が20室あって、いったい何人で住むんだという感じだ。3階は、物置と、子供のプレイルームのようながらんとした部屋だ。
家の周りには、広大な畑が広がり、いろとりどりの野菜が植えられている。畑の横は、柵で囲われていて、鶏や、ヤギが数匹放し飼いされていた。
家から100メートルぐらい離れた所には、綺麗な小川が流れていて、水車が回っていた。水車に取り付けられた石臼を使って小麦を粉にする事ができるようだ。
家の傍には、井戸が3つあり、飲み水にも困らないようだ。
確かに楽園だ。土地は、地平線まで続いており、これがすべて俺のものだとすれば、大したものだ。
俺は、家の探索も一段落したので、アイテムボックスの整理をする事にした。食料の残り、テント等のパーティーメンバーの荷物がある。後は宝箱の中身で、剣2、斧1、メイス1、ファルシオン1、レイピア1、槌1、槍2はいずれもミスリル製だ。弓は美しい黒檀製のものが2つある。宝石は、ミノタウロスロード撃破で出た大粒のルビー”ペガサスの涙”だ。魔石は、牛の悪魔のもの120個、ミノタウロスロードの物1個、ラスボスの物1個だ。その他ラスボスの肉と皮だ。ラスボスの肉と皮は解体して貯蔵庫に入れておいた。体を癒す為、1週間家でゆっくりしていたら、3Fの物置の奥にドアがある事を発見した。ドアに下がっている札には、”いってらしゃい”とある。とりあえず、ユートピアの出口かなと思って、アイテムボックスに必要そうなものを詰め込んでドアを開けた。ドアの向こうは、どうくつになっていて、1本道を15分程いくと出口に到達した。このどうくつは、深い木立に囲まれて隠されており、外からみつけるのは困難だ。現在位置が判らないので、うろうろしていたら、30分ぐらいで、サブレシティに続く街道に出た。街道をたどって5kmもいくと、街にたどり着いた。ポーターの仕事の結果報告があるので、まずは、ギルドに向かった。