牛鬼(うしおに)
鬼との約束事を破った人間に憤った牛鬼が本屋を襲撃した。
それでは足りぬと日本の妖怪の黒幕が中央アジアに棲む妖怪ズゥーを召喚する。
ズゥーを倒す為、妙心館の仲間七人は北海道に飛んだ・・・
牛鬼(うしおに)
熊さんの住居は妙心館の裏庭にある小屋だ。
熊さんの小さき弟子、一郎とその友達の洋は稽古の後裏庭で虫を探して遊んでいた。
(拙著 『弥勒の拳 エピソード2 第6話 小さき弟子 参照)
一郎は槇草夫婦が借りている家の、大家の出戻りの娘の子である。つまり大家の孫、虫好きなちょっと変わった少年だ。父がいないと言う理由で学校で虐められ、熊さんが養育係兼武術の師匠として時々預かっている。
熊さんが文机の前に座って本を読んでいると、聞くとは無しに二人の会話が聞こえて来た。
「いっ君、少年コミックの今週号読んだ?」洋が一郎に訊いた。
「ううん、まだ・・・」一郎は手のひらに乗せた黄金虫から目を離す事なく答えた。
「僕はもう読んだよ!」
「面白かった・・・?」申し訳程度に聞き返す。
「うん、『正義の刃』凄かった!」
「ああ、あれ僕はあまり好きじゃないんだ」黄金虫を木に戻して一郎が答える。
「どうしてさ?正義の味方が悪い鬼を皆殺しにして滅ぼしてしまうんじゃん、スカッとするよ」
「だってあれじゃ鬼が可哀想だよ」
「何で?鬼を殺すのは当然じゃないか!」
「僕が読んだ昔話じゃ、鬼は追い払われて逃げて行くだけなんだけどな」
「それは昔のことだろ」
「そうかなぁ・・・」
「兎に角、敵は倒す事に決まってるんだよ。鉄人28号の主題歌にもあるじゃないか」
「何だったっけ?」
「『手を握れ正義の味方、叩き潰せ悪魔の手先〜♫』ってね」
「ああ・・・」
「今度少年コミック持って来るから読んでみなよ。僕の言っている事が分かるからさ」
「う、うん・・・」一郎は洋の勢いに負けて頷いた。
熊さんは読んでいた本を閉じ、腕を組んで目を瞑った。
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「師匠、どう思わるっですか?」話終わって熊さんが平助に聞いた。
「どうとは?」
「子供達でん、殺すとか滅ぼすなんぞと言う物騒な言葉ば平気で使っておいもす」
「うむ、日本人の思考が昔と変わってきておるようじゃな」
「どうしてでごわそ?」
「日本は戦争に負けてから、西洋の影響のためか二元論が幅を効かせるようになった。善か悪か、敵か味方かをハッキリさせるのが良いということになって来たのじゃな」
「二元論でごわすか?」
「一郎の言うように昔鬼は祓うものじゃった。祓って共生の道を模索した」
「共に生きようとしたとですな」
「それが今は敵を殲滅するものになっている」
「確かにアメリカン・ヒーローは敵を大勢殺してますな。ジョン・ウェインなんぞはインディアンの怨敵でっしょ」
「白人を殺すからインディアンを殺して良いという事にはならんじゃろう。後から侵入してきたのは白人の方なのじゃから」
「白人は善、インディアンは悪という描き方をしておりもすからな」
「そして見る者はそれに拍手喝采をする。正義とは何に義を立てるかで変わって来るものじゃ。こちらの正義はあちらの悪、あちらの正義はこちらの悪となる。つまり、リモコン次第で敵になったり味方になったりするのじゃよ」
「え、何のこっでごわす?」
「さっきの、鉄人の歌の続きじゃ。この場合リモコンが正義じゃよ」
「ああ・・・『敵に渡すな大事なリモコン♫』ですな」熊さんが納得して頷いた。
「じゃから、二元論が蔓延ると世の中がギスギスするのじゃ」
「自分が絶対に正しいと思ったら、意見の違うものは皆敵になるでごわす」
「そうじゃ。自分が正しい、と言う為に人と争うなど愚かな事ではないか?」
「じゃっどじゃっど、お天道様がみちょいもす」
「それじゃ、その感覚が無くなったのじゃな・・・待てよ、そこのところに原因があるのやも知れぬな・・・」平助が独り言ちた。
「なんの事でっしょ?」
「近頃妖怪が頻繁に現れる理由じゃよ」
「確かに頻繁に現れておいもすが・・・じゃっどんそん原因がお天道様でごわすか?」
「そうでは無い、感覚の問題じゃ。考えてもみよ、元々妖怪なぞ無駄なものでしかない。しかし、人は無駄なもの無意味なものを持つ事で心の均衡を保ってきた。それが、身の回りからどんどん消えているのじゃよ」
「確かに街を歩いてみても、意味のあるもんしか見当たりまっせん」
「その心の隙間を埋めるために妖怪が湧いているのではないのか?」
「では、妖怪が出てくっとは人の心が均衡を失ったからじゃと・・・」
「うむ、この分ではまた何か出そうじゃな」
「・・・」
熊さんは平助の言葉になにか予言のようなものを感じ取って言葉を失った。
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翌日の新聞に、超大型書店が襲われたと言う記事が載った。少年コミックが山積みの棚が何者かによってズタズタに切り裂かれたのだ。
店の監視カメラは、異様な姿を捉えていた。暗くて解像度は良く無いが、巨大な蜘蛛のようなものがモゾモゾと動き回っているのをテレビのニュースが流していた。
「王、あれは何じゃ?」画面を見ながら平助が訊いた。
「あの映像ではハッキリとは分からぬが、牛鬼によく似ておる」
「牛鬼?」
「うむ、『百怪図巻』や『化け物づくし』に載っておる牛鬼に近い。体は蜘蛛、頭は角の生えた鬼の様な妖怪じゃ」
「どのような振る舞いをするのじゃ?」
「人の影を喰べる」
「影とな?」
「影を喰べられた人間は死ぬと言う」
「結構な祟り神じゃな」
「しかし、酒が大好物で正月に酒を備えてくれた人の影は食べぬと言う」
「酒好きか、親近感が湧くのぅ」
「たまに美女に化けて人を助けたりもするそうじゃから、悪い妖怪ではないのかも知れぬな」
「ふ〜ん、変わった妖怪じゃ、それが何故本屋などを襲ったのかのぅ?」
「漫画の棚がやられたとか言っておらなんだか?」
「新聞にはそう書いてあったが・・・そうか、分かったぞ!」平助がハタと膝を打った。
「何だ、何が分かったのじゃ?」
「熊さんの弟子の少年が言っておった事じゃが、正義の味方が鬼を滅ぼしてしまうと言う漫画が大人気なんだそうじゃ。牛鬼はその事に腹を立てているのではないか?」
「うむ、あり得るな。じゃが確証が無い、せめて誰かに聞く事ができれば良いのじゃが」
「う〜む」平助が腕を組んで目を瞑った。「そうじゃ、あの神主に聞こう!」
「どの神主じゃ?」
「この前、土地の権利書を預けた『一つ目神社』の神主じゃ」
「分からぬなぁ、その神主が何か知っておるとでも言うのか?」
「あの神社は、名が示す通り妖怪とは深い繋がりがある。神主は妖怪に詳しいかもしれん」
「手掛かりが何もない以上、そうするしかないのぅ」
「では、早速行ってみよう・・・王、一緒に行くか?」
「行こう・・・」
「では、念のためにお主は姿を隠したが良い」
「何故じゃ?」
「いきなり魔除けの札でも投げられたらお主も困るじゃろう?」
「うむ、分かった」
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神主は最後に『呪』を唱えると平助の方へ向き直った。
「この鏡は電話のようなものです。相手が出ようと思えば出るし、出たくなければ出ません」
まだ年若い神官は落ち着いた態度でそう言った。
「それは?」平助が神棚に祀られた古い銅鏡を指さして言った。
「これは雲外鏡、別名照魔鏡と言いまして怪しき物の姿を映し出す事の出来る鏡です」
平助が神主に牛鬼について知りたいと尋ねたら、直接本人に話を聞きましょうと言ってその鏡を取り出したのであった。しかし、暫く待ったが鏡にはなんの変化も現れない。
「一つ目達の棲み家をお守り頂いた無門先生の頼みとあらば、是非とも叶えて差し上げたいのですがこればかりはどうも・・・もう少し待ってみましょう」申し訳なさそうに神主が言った。
「お手数をお掛け致しますな」
「いいえ、そんな事はありません。しかし、何故先生は牛鬼の事がお知りになりたいのですか?」
「うむ、近頃何とのう世間がギスギスしておってな、そこへ持ってきて今度の書店襲撃じゃろ。何か妖怪と関係があるのでは無いかと思っての」
「ニュースの映像をご覧になったのですね?世間ではあれは熊か何かだろうと言っておりますが、間違いなく牛鬼です」
「やはりな」平助が深く頷いた。
「良くおわかりですね」
「儂の友人に妖怪に詳しい奴が居っての・・・実はそこに来ておるのじゃが呼んでも良いか?」
「どうぞご遠慮なく」
「王、許しが出たぞ。入って来い」平助が王を呼んだ。
拝殿の柱の陰から王が姿を現した。
「失礼する」
王が神殿に入って来ると、神主が訝しげに王を見た。
「王と申す」
「この神社の神主、御子神天鬼と申します」
「ほう、変わったお名前じゃ。名に神と鬼が入っておる」
御子神が目を細めて王を見た。「失礼ですが貴方は人ではありませんね?」
「よう分かったの。儂はしがない妖怪じゃよ」
「いいえ、妖怪というより神に近い存在とお見受け致しました」
「神か・・・買いかぶりじゃよ」
「昔は七福神でさえ妖怪の一種とされておりましたので」
「そうか、儂は神社と聞いて、てっきり結界が張られておるものと思っておったが・・・」
「鳥居の額をご覧になりましたか?」
「うむ、何やら星が付いておったな」
「あれは五芒星、晴明桔梗と言って妖怪には縁の深い神社の印です」
「そうじゃったのか。儂は日本に来てまだ日が浅いでな」
「これも何かのご縁、どうぞよろしくお願いいたします」そう言って御子神は頭を下げた。
「神主殿、何やら鏡が・・・」平助が言った。
見ると神殿の銅鏡がボウッと明るくなっている。
「どうやら通じたようです」
鏡は次第に明るさを増して行き、人の影らしき物を浮かび上がらせた。
「私にお話とは・・・何でございましょう?」
人影はハッキリと女の姿になっていた。古風な平安調の装束を身に纏っている。
「ほう、これは。もっと厳つい異形のものが現れると思っておったが」平助が呟いた。
「牛鬼はお二人に好印象を持ったのでしょう」神主が言った。「どうぞお話しください」
平助が鏡の前に移動する。
「お主が牛鬼か?」
「はい」
「率直に聞く、あの本屋を襲ったのはお主か?」
「はい」
「何故襲った?」
「あの戯画の内容は、私達鬼と人間の約束事を破るものです」
「ほう、どのような約束じゃ?」
「今まで、鬼と人間はちゃんと棲み分けが出来ておりました。偶に遭遇しても大きな問題になることはありませんでした。共存と言うのが暗黙の了解事だったのです。ところが最近、人間は私達鬼を殲滅しようとしているのです」
「鬼は、人間にとって恐ろしい存在じゃからの」
「人間は鬼が恐ろしいと言っておりますが、人間はどうなのでしょう。牛を飼って太らせ、殺して喰べる事は酷いことでは無いのでしょうか?牛から見れば人間は鬼より怖いのです。私達はそのような非道は致しません」
「基督教では、家畜は神が人間の為に創ったものだと言っておりますね」御子神が言った。
「それ故私は人間に警告を発したのです」
「それで、何か変化はあったかの?」
「残念ながら、あの程度の警告では何の効き目もありませんでした」
「では、どうするつもりじゃ?」
「私は反対したのですが・・・」牛鬼はそっと目を伏せた。
「何じゃ、何に反対した?」
「ズゥーという妖怪を日本に召喚したのです」
「えっ!」と御子神が声を発した。「し、失礼しました・・・続けて下さい」
「誰が召喚したのじゃ?」
「それは言えませぬ・・・私に答えられるのはここまでです」
「待て、それはどんな妖怪なのじゃ?」
「これ以上はお許し下さい・・・」
牛鬼の姿は、雲外鏡から消えていた。平助は王に向き直った。
「王、ズゥーとはなんじゃ、分かるか?」
「儂にも分からぬ、日本の妖怪図鑑には載っておらなんだ」
「ズゥーは・・・中央アジアに棲む恐ろしい妖怪です」御子神の顔色が変わっている。「姿は豚に似ています。人に煙を吹き付け獣に変え、家畜として飼育してソーセージにして喰ってしまうと言われています」
「何、さっきの話の逆ではないか」王が言った。
「人間にとっては一番効き目があろう」
「しかし、それではますます日本の妖怪の立場が悪くなります」御子神が眉間に皺を寄せる。
「それだけはどうしても阻止せねばならん」
「どこに現れるか分からんのじゃ。今はどうする事も出来まい」王が言った。
「兎に角、戦える者を集めよう」
「では、この神社をお使い下さい。出来るだけ雲外鏡で情報を集めます」
「おお、そうしてくれると有難い。よし、明日の夜この神社に集合じゃ!」
「了解じゃ」
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「いっ君、どうだい面白いだろう?」放課後の教室で、洋が鼻をひくつかせながら言った。
「正義の味方は皆んなとっても優しくて強いだろう。僕憧れちゃうな。それに引き換え鬼達は卑劣で凶悪だ、あんなもの滅びちゃえばいいんだ!」
「洋ちゃん、でもこれやっぱり変だよ。だって、正義の味方は皆んな怒ってるじゃない、本当に強くて優しい人は怒らないんだって熊先生が言ってたよ」一郎は洋から借りて読んでいた少年コミックを閉じて言った。
「だって人間が殺されてるじゃ無いか、怒らなくてどうすんだよ!」
「怒りは見境なく周囲を破壊するんだって。でも、その前に怒りは自分自身を破壊する猛毒なんだって熊先生言ってた。僕、それすごく良く分かるんだ。だって怒った時って何も考えられなくなって、心臓はドキドキするし息が苦しくなるもの。それって武術には不必要なものじゃ無いかな?」
「そうかも知れないけど、相手を倒すエネルギーにはなるだろ!」
「感情に任せて行動するだけだったら、獣物と同じじゃないか。感情をコントロールする事は人間にしかできないんだよ、わざわざ獣物と同じになる事はないと思うな」
「そんな事を言ってると、弱っちい奴だと思われるよ。馬鹿にされて虐められるじゃないか。お父さんが言ってた、『やられたらやり返せ、倍返しだ!』ってね」
「それ、テレビドラマの見過ぎだよ」
「だって、僕ら強くなる為に武術を習っているんじゃないか!いっ君だって・・・」洋は言葉を切った。洋も以前一郎を虐めていた一人だ。
「本当に強いと言うのは喧嘩に強いと言う事じゃないと思うな・・・分からないけど」
一郎はもうそれ以上何も言わなかった。洋はバツが悪そうに少年コミックを抱えて教室を出て行った。
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翌日のニュースで誘拐事件についての報道があった。
誘拐と言っても子供だけではない、大人も誘拐されているのだ。
それが全国で頻発している。一部では某国の拉致ではないか、と囁かれ出したという。
「最近流行の『蒸発』じゃないのか?」テレビを見ながら朝食を食べていた洋の父、悟が言った。
「だって、子供も消えているのですよ。『蒸発』って自主的にいなくなる事でしょう?」妻の宮子が異議を唱える。
「子供だって家出くらいするさ」
「ねえ、拉致ってなぁに?」洋が両親に訊いた。
「ある人の自由を奪い強制的に他の場所に連れ去る事・・・だよ」新聞の解説を見ながら悟が答えた。
「誘拐と違うの?」
「身代金の要求をしない。有名なのは北朝鮮による日本人拉致問題だね」
「何をするの?」
「工作員に日本語を教えさせたり、工作員そのものに仕立てたりするんだ」
「酷い話だね」
「酷い話だ。あんな国は無くなればいいのさ!」悟は声を荒げた。
「国を潰すの?」
「そうだ!」
「戦争になっちゃうね」
「仕方ないさ、あっちが悪いんだから!」悟は感情を昂らせながら言った。
「お父さん・・・」
「あなた、もう行かなきゃ。遅刻ですよ」宮子が悟を急き立てた。
「あ、しまった。それじゃ母さん行って来る。今日は出張で遅くなるから」
「僕も学校行かなきゃ」洋もランドセルをからって玄関に急ぐ。
「は〜い、行ってらっしゃい、二人とも気をつけてね」
悟と洋はいつも通りに玄関を出た。
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その夜神社に集まったのは、平助、王、熊さん、槇草、幻想作家の秦、平助の初めての女弟子織姫、それにメイメイとその夫吉田である。
「僕はまだ信じられません。王先生が、その、よよよよよ・・・」
「妖怪じゃろ?」王がもどかしそうに言った。
メイメイの夫吉田は、生前の王とは面識があった。しかし、王が死んだ事はメイメイから聞かされて知っている。今更妖怪になって蘇ったと言われても俄かには信じ難い。
「現に目の前におるじゃないか。自分の目が信じられぬのか?」
「し、しかし・・・」
「吉田君、最初は俺も信じられなかったよ。だが、これは現実だ、早く受け入れたほうが楽になるぞ」槇草がニヤニヤ笑っている。
「でも・・・」
「まぁ良い、じきに慣れる」平助が止めた。「それより、ズゥーの事じゃ。神主殿何か分かったかの?」
「はい、雲外鏡で日本各地の妖怪に連絡を取ってみました。その結果最初に目撃されたのは鹿児島です」
「鹿児島?」
「大隅半島の突端、佐多岬で一反木綿が目撃しております」
「おお、そいはおいの出身地、かごんまの妖怪たい」
「他には?」
「香川県の小豆島でショウカラビーが見たと伝えてきました」
「ショウカラビー?変な名前」メイメイが呟く。
「船幽霊の類です、普段は『杓貸せ、杓貸せ』とうるさいのですが・・・」
「後は?」
「秋田県の男鹿半島でナマハゲが・・・」
「あっ、それ知ってる!『泣く子はいねぇガァ、怠け者の嫁こはいねガァ!』って追っかけてくる奴でしょ」織姫が言った。
「あはは、そうです。だけど元々は働き者の鬼だったのですよ」
「え、そうなの?知らなかった」
「ねぇ、それって微妙に失踪事件と場所が被ってない?」メイメイが言った。
「そうです、被ってますねぇ。後、岩手と京都」秦が答える。
「岩手からは雪女が、京都からはそれこそたくさんの妖怪が報告してきています。なんせ京都は百鬼夜行の本場ですからね。それから、さっき気になる情報を入手したのですが・・・」神主の御子神が言った。
「ほう、どんな情報じゃ?」
「ぬりかべからの報告で、巨大な豚が車を一台抱えて行ったと」
「ぬりかべといやぁ、福岡の妖怪じゃなかったですな?」熊さんが言った。
「はい、遠賀郡の海岸辺りに棲んでおります」
「では、福岡でも行方不明者が?」
「それはまだニュースにはなっておりませんね」吉田が言った。「明日、警察関係者にそれとなく聞いてみましょう」
その時、拝殿内が微妙に明るくなった。
「神主殿、雲外鏡が光っておりますぞ」王が言った。
「おや、北海道からの連絡です」
雲外鏡にふきの葉を被った小人の姿が映し出された。ただ、北海道のふきは大きいから、どの程度の大きさの小人かは判然としない。
「どうしたコロポックル。いやに怯えた顔をいているが?」御子神が訊いた。
「豚の妖怪が大雪山の御鉢平で、いろんな獣物を檻に入れて飼育している。あれは姿を変えられた人間じゃないのか?」
「どうして分かる?」
「獣物たちが皆、妙に悲しげな顔をしている。普通獣物はあんな顔はしない」
「どう思う、王?」
「うむ、ズゥーに間違いなかろう」
「分かった、ありがとう。また何か分かったら教えてくれ」
コロポックルの姿は徐々に薄くなってやがて消えた。
「ううむ、現地に急がねばなるまいな。人間がソーセージにされてからでは遅い」
「神主殿、ズゥーの弱点は分かるか?」
「分かりません。昔アジアの軍隊がズゥーに向かって大砲を撃ったが、いくら撃ってもズゥーには当たらなかったという伝説があります」
「なんか武器ば用意しまっしょか?」
「と言っても、僕らが用意出来る物は限られています」吉田が不安げに言った。なにせ吉田だけは妖怪と直接戦ったことは無い。
「それでも、無いよりはマシでしょう。俺は姑獲鳥に貰った鬼斬り丸を持っていきます」
「おいも家宝の刀ば持って行くばい」
「よし、それぞれ準備できるだけのものを持っていくとしよう。明日の朝空港に集合じゃ!」平助が言った。
その夜、全員が緊張した面持ちで帰路についた。
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翌朝、朝一番の飛行機に乗る為空港に集まった面々は、持ち寄った武器を手荷物預かり所に預けた。
平助、熊さん、槇草は日本刀。メイメイは青龍刀、吉田はサイ、織姫は金剛杖だ。
空港の職員には北海道で行われる、武術大会に参加するのだと説明した。
刃物はジュラルミンの箱に厳重に収められ飛行機に運び込まれる。
「秦君は?」槇草が訊いた。
「はい、僕は戦いは苦手ですからペンを持って行きます。『ペンは剣より強し』と言いますから」
「先生、今後の為にしっかり戦いの様子を記録して下さいね」織姫が秦の手を取った。
「私は怪異避けのお札を大量に持って来ました。まだ外国の妖怪に試した事はありませんが・・・」御子神が紙の束を皆に見せる。
「今度の戦いで判るじゃろう・・・吉田君ぬりかべの情報について何かわかったかね?」
「いえ、まだ福岡では家出人などの捜索願は出ていないと言う事でした」
「そうか、引き続き情報の収集を頼む」
「分かりました」
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その頃、洋の母宮子は、夫の捜索願いを出すために警察署に急いでいた。
結局、昨晩夫は帰って来なかった。まんじりともせず夜を明かし、今朝一番で会社に電話をしたが要領を得ない。『出張先から直帰した筈だ』と言われた。
無理を言って出張先に連絡を取ってもらったが、『夕方六時にはここを出た』と言う返事だった。
洋も不安な顔をしていたが、心配ないから、と言って学校へ行かせた。
『事件に巻き込まれてなければいいけど・・・』
不安を抱えたまま、宮子は目の前の福岡署の玄関に飛び込んだ。
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七時の飛行機に乗りこんだ一行は、途中羽田で乗り継ぎ十時四十分に千歳に着いた。勿論、王は姿を消して無賃搭乗である。
「我々の刀は別室で渡してくれるそうじゃ」平助が言った。
「僕はその間に福岡の警察署に電話をして来ます」吉田は手荷物の受け取りをメイメイに頼んで一行を離れた。
「秦君はレンタカーを借りておいてくれ」
「はい!」
秦が行ってから暫くして吉田が帰って来た。
「無門先生、福岡でも捜索願いが出ていました」
「何、やはり誘拐か?」
「いえ、まだ事件と断定されたわけではありません」
「しかし、福岡でもズゥーが目撃された以上、そう考えるのが妥当であろうよ」
「確かに仰る通りです」
「さすがに名前までは教えて貰えませんでしたが、四十代の会社員だそうです」
「うむ、有難う。ご苦労じゃったな」
ようやく刀を受け取る事が出来たのは、飛行機が着いてから三十分後だった。刀は美術品であるが武器であることには変わりがない。
「さあ、早く行きましょう。秦先生達が車で待ってるわ!」織姫が急かす。
「そうね、急ぎましょう」メイメイも同意した。
九人乗りのレンタカーに乗って姿見駅に着いたのは十四時二十分。そこからロープウェイで登山口まで行った。
「この時間からでは、いくら急いでも御鉢平到着は九時過ぎになります。今日はそこのホテルに泊まりますか?」御子神が平助に訊いた。
「いや、ズゥーがいつ人間を喰わんとも限らん。すぐに出発しよう。皆防寒着は用意してきておるか?」
皆、無言で頷いた。夏とは言っても標高は千八百メートルを越す。かなり寒くなる事は覚悟しておかなければならない。
「大丈夫です、火系の妖怪達に応援を頼んでおります」御子神が胸を叩く。
「火系の妖怪とな?」
「はい、釣瓶火、狐火、ふらり火、提灯火、不知火、叢原火、化け火その他大勢呼んでおります」
「へぇ、それだけいれば夜道も安心だな」
『火消婆は呼んでおらぬじゃろうな?』どこからか王の声が聞こえた。
「あっ、王先生いつの間に?」メイメイが後ろを振り返ると、王が実体化して立っていた。
「そろそろ現れんと忘れ去られそうでな」
「御鉢平についてからでもよかったのじゃぞ」平助が揶揄った。
「なんだか仲間外れになってるようで寂しいではないか」
「ははぁ、神も寂しがりますか?勿論、火消婆は呼んでおりません」御子神が答える。
「よし、出発じゃ!」
王を入れて九人のメンバーは、まず旭岳石室に行く為ロープウェイに乗った。今度は王の分もちゃんと切符を買った。
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石室を出発したのが十四時四十五分、旭岳に着いたのが十七時二十五分。もう辺りは暗くなりかけている。さっきまで要らなかった防寒着が今は必要になるくらい冷えて来た。姿見の池辺には高山植物のチングルマが咲き乱れていた。
「綺麗ねぇ。信じられないわ、こんなところに凶悪な妖怪が隠れているなんて」織姫が呟いた。
「いやいや、妖怪なんて一部を除いてはほとんど人畜無害なんですよ。せいぜい人を吃驚させるのが関の山です」御子神が説明する。
「『小豆洗い』なんてただ小豆を洗っているだけですからねぇ」秦が言った。「僕は子供の頃に小豆を洗っている音を聞いた事があります」
「滅多に姿を現さないのですが、目撃すると良い縁談に恵まれると言われています」
「小豆は縁起物じゃからな」平助が言った。
「本当!私、見てみたい。小豆洗い!」織姫が瞳を星にして秦を見る。さっきの話はどこへやら、である。秦が困った顔をした。
「そろそろ暗くなって来ました、『提灯小僧』を呼びましょう」御子神が呪を唱えると、後ろでキャッ!と小さな悲鳴が聞こえた。
見るとメイメイの後ろにホオズキのような紅い頬をした小僧が提灯をぶら下げて立っている。
「提灯小僧は『送り提灯』とも言って送り専門です。織姫さんには『雨降り小僧』を付けましょう」
カワイイ〜!という声が聞こえた。柄の無い傘を被って提灯を下げた小僧が現れた。
「雨降り小僧は雨の神様の侍童なのですよ。まぁ、今日は雨は降らせませんが」
「俺たちには無いんですか?」槇草が訊いた。
「もう少し暗くなったら狐火を呼びましょう、道筋に配置しておけば迷う事はありません」
「年寄りは寒さが苦手なんじゃがのぅ・・・」王が泣き言を言った。
「仕方がありません。では、『片輪車』を呼びましょう。盛大に燃えていますので暖かいと思います」
途端に美女の乗った片輪の車が現れた。
「おお、これは具合が良い。平助、男冥利に尽きるのぅ」
王の言葉が女子達の顰蹙を買ったのは言うまでもない。
「神主どん、凄かねぇ!」熊さんが感心している。
「なぁに、みんな近くまで来ていますから、呪を唱えればすぐに現れますよ」
「そん中に戦える妖怪はおいもはんか?」
「先ほども言った通り、妖怪というのは殆ど戦闘能力はありません。凶暴な妖怪は後が面倒ですし・・・」
「まっでヤクザんごたる。やっぱ我々でやるしかなかごたるね」
「うむ、そのようじゃな」平助が首肯した。
間宮岳への道中は所々に雪渓が残っており、それを狐火が照らし出して幻想的な風景が広がっていた。
「もう少しです」御子神が言った。
北海岳に着いたのは九時少し前であった。年寄を含めた素人の夜登山であれば早い方である。勿論、火系の妖怪の協力がなければこうは行かなかっただろう。
「目の前のカルデラが御鉢平です」
「暗くてよく見えんが?」
「では、灯りを点けましょう」御子神が口の中で呪を唱える。
御鉢平が昼のように明るくなった。まるでナイターの野球場のようだ。火系の妖怪がうじゃうじゃとカルデラの周囲に浮かんでいた。
「おいは、富士山のカルデラば見たこつのあるばってん、そん比じゃなか!」
直径2キロのカルデラには殆ど植生はなく、中央の灰色の荒地に温泉であろうか、白い煙が上がっている。
「師匠、温泉がありますよ。無事終わったら入って行きましょう」槇草が呑気な事を言った。
「とんでもない!あれは硫化水素ガスの出る有毒温泉です。毎年登山客が死ぬので今は立ち入り禁止になっています。ヒグマも死にます」
「何故そんな所に隠れているのかしら?」メイメイが訊いた。
「妖怪にガスは効きません。獣にされた人間はそのうち死ぬでしょうが」
「喰って仕舞えば同じ事・・・か」
「急がずばなるまい」
一行は坂道を下って、地獄のような御鉢平の底に降りて行った。
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「出てこいズゥー!儂らが来た事は分かっておろう!」平助が大音声で呼ばわった。
すると、今まで静かだった温泉がボコボコと音を立てて沸騰し始めた。まるで別府の坊主地獄である。
温煙の中から、象ほどの巨大な豚が現れた。否、頭に三本角が生えており牙もある、何より全身毛むくじゃらの姿は猪を想起させた。しかも二本の足で立っている。
「なんとも醜怪な化け物じゃ・・・」熊さんが呆れて見上げている。
「気持ち悪いわ!あんなのと戦うの?」
「怖けりゃ下がってていいぞ、織姫!」
「とんでもない、槇草さんこそ。オシッコちびらないでね!」
「はしたないヨォ、織姫・・・」秦が情けない声を出した。
「あっ、今のは無し!」
「メイメイ、君は大丈夫なのか?」吉田が訊いた。
「兄さんじゃないわ。大丈夫!」
「李の奴、臆病なのがバレておったのぅ」はっはっはと王が笑った。
ズズズ・・・と音を立ててズゥーが鼻を膨らませた。
「皆さん、気を付けて下さい!黄色と赤の煙を吹きかけられたら獣になってしまいます!」
その途端、鼻から煙が勢い良く噴射された。
皆一斉に散らばりズゥーと距離を取った。武闘派でない秦と御子神は岩の陰に隠れた。
「ウダウダと緊張感のない人間どもダ」訛りのあるくぐもった声が聞こえた。
「おや、人の言葉が話せるのか?」平助がズゥーを見据えながら言った。
「何の用ダ?」
「攫った人たちを返してもらいに来た」
「俺が怖くないのカ!」
「最近妖怪との付き合いが多いからのぅ」
「ぼ、僕は少し怖いです・・・」吉田が言った。
「貴方は、初めて妖怪と戦うものね」メイメイが夫を気遣う。
「そっちの爺いは人間ではないナ?」
「儂はお主と同類じゃ」
「なら何故人間の味方をすル?」
「さて、どうしてじゃろうの」
「ふん、喰えぬ爺いダ!」
「それよりも、拐った人たちは何処にいる?」平助が訊いた。
「俺を倒さぬ限り見えヌ!」
「では、倒すのみじゃ!」
それぞれに武器を手にした七人は、一斉にズゥーを取り囲んだ。
ズゥーの正面に平助と王が立った。
左右に槇草と熊さん。
ズゥーの真後ろには吉田、その左にメイメイ、右に織姫。
「まるで『七人の侍』じゃの」平助が言った。「儂は島田勘兵衛役の志村喬じゃ」
「師匠、古すぎませんか?」
「おいは片山五郎兵衛役の稲葉義雄でごわす」
「熊さんまで・・・」
「黒沢作品は一つ残らず観たぞ。儂は七次郎、加藤大輔じゃ」王の声が響く。
「・・・」槇草は絶句した。
実は槇草も、七人の侍は大好きなのだが今更俺は久蔵だとは言えない。役者の名前も忘れたし。
「もう、いい加減にしてください!」メイメイが怒っている。
吉田は『僕は千秋実が好きです』とは言えなかった。
「ふん、余裕のつもりカ!」
「みんな行かないんなら私が一番に行きます!」
「わ!待て織姫!」岩陰から秦が飛び出して叫んだが間に合わなかった。
織姫は虚空高く跳び上がると思い切り金剛杖をズゥーの後頭部に振り下ろした。
確かに金剛杖はズゥーの頭に命中した・・・筈だった。が、杖は空を切って虚しく地面を叩いていた。
「ふふふ、そんな攻撃が俺に当たると思っているのカ!」
ズゥーの前足が飛んできて、放心した織姫を弾き飛ばす。織姫は岩に激突して気を失った。
「織姫!」秦が素早く織姫を抱いて岩陰に身を隠した。
「せっかちな奴め!」平助が歯噛みした。
「今度はおいたい!」熊さんがズゥーに襲いかかる。刀は正確にズゥーの足を斬ったのだが、またしても手応えが無い。「うぬ!」返す刀でもう一度斬るが結果は同じだった。
その瞬間、ズゥーの右足が熊さんを蹴った。熊さんは鞠のように転がり悶絶している。
あっという間に二人が戦闘不能でになった。
メイメイが動いた。
「待て!間合いを切ってズゥーから離れよ!」平助が叫んだ。
皆、サッ!とズゥーから離れた。
「武器が効かぬ。神主殿の言った通りじゃ!」
「私に任せてください!」
突然、御子神が岩から走り出た。手に魔除けの札の束を持っている。
「危ない!」メイメイが叫んだが遅かった。
無防備に突進した御子神は、ズゥーの吐き出した煙を正面から浴びて蹲る。持っていた札が地面に散らばった。
「ああっ!神主さんが羊にっ!」
御子神は羊に姿を変えていた。
「儂が貼る!」
王が落ちていた札を拾おうとして手に取った瞬間、バチバチと火花が散った。
「ぐぬぬ、儂も妖怪じゃった・・な」王が右手をさすっている。
「しかし、効果は確認したぞ。お主も一応外国の妖怪じゃからな」
「僕が行きます!」吉田が札を拾い上げた。
「俺が援護する、妖刀鬼斬丸なら幾らか役に立つだろう!」
槇草がズゥーの煙を掻い潜って懐に飛び込むと、鬼斬丸をズゥーの腹に突き立てた。鬼斬丸はズブズブと太った腹にめり込んで行く。
「刺さった!」槇草が叫ぶ。
しかし、ぶ厚い脂肪に阻まれて有効な攻撃にはなっていない。恐ろしい唸り声をあげてズゥーが身震いすると槇草は弾き飛ばされてしまった。
「今だ!」吉田が飛び上がってズゥーの額に札を叩きつけた。
ズゥーの動きが止まる。吉田はすかさず二本のサイでズゥーの両目を串刺しにした。
ギャー!!!!ズゥーが目を押さえて蹲る。
「ズゥー、こっちじゃ!」平助が叫ぶと、視力を失ったズゥーはよろよろと立ち上がり、闇雲に突進してきた。
「王、メイメイ、同時に行け!」
平助は刀を構えズゥーを待ち構えた。平助の刀は道場の屋根裏から出てきたものだ。
破っ!王の発勁がズゥーの腹に炸裂した。
同時にメイメイの青龍刀がズゥーの背中を斜めに斬った。ズゥーは倒れてのたうちまわる。
「とどめを刺せ平助!」王が叫ぶ。
「承知!」平助がズゥーに走り寄ったその時、ズゥーの鼻から煙が噴射された。
平助はヒグマに姿を変えられていた。
「無門先生!」メイメイが叫んだ。
ズゥーは声を頼りにメイメイにも煙を吹きかけた。メイメイは鹿になった。
「な、なんという事!」
王が呆然と立ち尽くした時、黒い巨大な影がズゥーに襲い掛かった。
「牛鬼!」
いつの間にか現れた牛鬼が、長い六本の足でズゥーにしがみ付き、鼻に噛み付いた。
雲外鏡で見た美女とは、およそかけ離れた姿をしている。
ズゥーは堪らず牛鬼を抱えたまま有毒温泉に飛び込んだ。
「残りの札を温泉に投げ込むのじゃ!」王が命じた。
「分かりました!」槇草と吉田は声を揃え、札を拾い集めて温泉に叩き込んだ。
湯面に火花が走り断末魔の悲鳴が聞こえた。温泉がゆっくりと血の色に染まって行く。
ズゥーと牛鬼は抱き合ったまま沈んで行った。
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拐われた人達はカルデラ内の洞穴の中で見つかった。入り口には鉄の格子が設えられていた。
警察には吉田とメイメイが報せに向かった。ロープウェイの駅から電話をすれば良い。
登山中、誘拐事件の被害者を見つけたと報告する予定だ。
既に妖怪達は消えて跡形も無い。今更妖怪が犯人ですと言っても誰も信じてはくれまい。
平助達が疑われるだけである。
被害者達に獣に変えられていた時の記憶は無い。ただ、最後に豚の化け物を見たと全員が証言したが、犯人が逮捕される事は永久に無いだろう。
「平助、どうじゃ。ヒグマになった感想は?」王が平助を揶揄った。
「ヒグマか?儂は何も覚えてはおらん。あの後どうなったのじゃ?」
「牛鬼が現れて、ズゥー諸共有毒温泉に沈んだ」
「何!あの美女がか?」
「いや、蜘蛛に鬼の頭が付いた怪物じゃった」
「結局誰がズゥーを召喚したか分からずじまいか?」
「そのようじゃな。牛鬼は反対したと言っておったから、少なからず後ろめたさを感じておったのじゃろうよ」
「鬼の仲間にも操を立てたのか。惜しい妖怪を失ったの」
「何にしても、人間を助けた牛鬼は生きていくことは出来ません。あの血は牛鬼の血だったのです」御子神が言った。
「師匠!」熊さんが駆けて来た。「被害者の中に洋の親父さんのおらしたですばい」
「洋とは一郎の友達じゃな?」
「そうでごわす。吉田さんの言うちょった福岡の捜索願いは、親父さんのもんやったとやね」
「そうか、無事で何よりじゃった」平助がうんうんと頷いた。
「先生、戦いの記録はちゃんと取った?」織姫が秦に訊いた。
「うん、この手帳に詳細に・・・」秦は胸ポケットを叩く。
「警察に聞かれたら、その手帳を見せれば?」
「駄目だよ、気が狂ったと思われる」
「じゃあ、そのメモは無駄じゃない?」
「そうでもないよ。いつかほとぼりが覚めた頃、小説に書いて世間に知らしめる。もちろんフィクションとしてだけど、鬼が人間を助けた事をそれとなく伝えたい」
「そうね、鬼は今、悪者の代表だけど、このままじゃあまりにも可哀想だもの」
「秦先生、妖怪達は世の中の潤滑油なのです。先生の小説が売れる事を期待しています」御子神が秦に頭を下げた。
「は、はい・・・頑張ります」幻想小説家、秦龍三の責任は重い。
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「平助、儂は一度台湾に戻ろうと思う」
事件も一段落してしばらく立った頃、王が真剣な顔をして平助に言った。
「どうしてじゃ、やっと日本の生活にも慣れてきた頃じゃろうに?」
「お前と槇草君を診ておったら羨ましくなっての、李に儂のこの姿を曝け出して、もう一度ちゃんと話し合いたくなったのじゃ」
「そうか、それも良かろう。李君もお主の姿を見れば、喜びこそすれ粗末に扱うことはあるまいよ」
「そうじゃろうか?」
「何せ神じゃもの」
「ふふふ、疫病神にならなければ良いが」
「お主らしくない弱気な発言じゃな」
「また腰を抜かされたらと思うとな・・・」
「心配ない、神主殿のお墨付きじゃろ?」
「そうじゃったな、なら、安心して帰ろうか」
「王武館の人達に宜しゅう伝えてくれ」
「心得た・・・楽しかったぞ」
「儂もな・・・」
「さらばじゃ平助」
「さらば・・・王」
平助が見ている前で、王の姿は次第に薄くなりやがて消えていった。
「また会おう・・・」
妖怪 王 台湾編に続く
王の日本での活躍は、ひとまずこれで一区切りを迎えます。
台湾に戻った王は、弟子の李と共に新たな妖怪との戦いに挑みます。
『妖怪 王 台湾編』どうぞお楽しみに。




