精螻蛄(しょうけら)
補習授業の帰り道、葛城カナは大きな髑髏に攫われそうになった赤い着物の娘を助けたが、髑髏はカナの家まで追ってきた。
娘を守るため、父はゴルフクラブを握り締め、髑髏の前に立ち塞がったのだが・・・
精螻蛄(しょうけら)
葛城カナは元ソフトボール部の高校三年生。
メイメイの強さに憧れて押しかけ弟子となった。
幻想作家秦龍三との縁で織姫と戦い一蹴されてしまったが、メイメイはカナの才能を高く評価している。
(拙著 梅見坂奇譚 1話 葛城カナ 参照)
「いえ、特段なにかする訳ではありません。ただジッと窓の外から覗いているんですよぅ」
カナは公園での朝稽古が終わった後、メイメイに相談を持ちかけた。
「窓の外って貴方のお家は公団の四階でしょう、ベランダか何かあるの?」
「ベランダはありません、その気持ち悪い生き物はヤモリみたいに逆さまに窓に貼り付いているんです」
「どんな姿をしているの?」
「そうですねぇ・・・大きさは小さいお爺さんくらい。真っ黒でうねうねしていて白い髪がちょっとだけ生えてて、なんだか爬虫類みたい」
「分かりにくいわねぇ。そんな生き物日本にはいないでしょう?」
「外国にだっていませんよ・・・あっ、アマゾンの熱帯雨林にならいそうな感じです!」
『いないいない』メイメイは腹の中でツッコミを入れながら王の事を頭に浮かべていた。
「分かったわ、変な生物に詳しい人に心当たりがあるから訊いてみるわね」
「お願いします。このままじゃ気味が悪くって夜もおちおち眠っていられません」
「その割にはあまり怖がっていないみたいだけど?」
「う〜ん、なんていうか・・・危険なものを感じないっていうか・・・」
『充分危険だと思うけど・・・』
メイメイは喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。
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「う〜む、その情報だけで判断するにはちと無理があるが・・・」王は妙心館の床に数冊の妖怪本を広げてメイメイに言った。「大きさや、うねうねしている事、爬虫類っぽいという特徴は妖怪図鑑の『しょうけら』と似ている。が、真っ黒なところと白い髪がちょっとだけ生えているところは、こっちの妖怪図巻の『しょうけら』と似ている」
「先生、本の数が増えてる、また図書館から無断で借りてきたのですか?」
「い、いや、返そうと思って図書館に行ったのじゃが、つい面白そうな本を見つけてしまっての」
「これって日本に数冊しかない本じゃないんですか?今頃図書館の人困っていますよ」
「まぁ、硬い事を言うなそのうち返す」
「仕方ないですねぇ・・・でもこれってどちらも、しょうけらじゃないですか・・・と言うことはカナちゃんの見たものは妖怪なんですね?」
「分からん。もっとも、妖怪なぞという奴はどんな格好で現れようと誰にも文句を言えたような筋合いのものでもないがな」
『先生もなんですか?』とツッコミを入れたかったが、口にはしなかった。
「ん、今何か言ったか?」
「い、いえ、何も・・・」
「そうか・・・空耳か?」王は首を傾げたが、そのまま言葉を継いだ。「しょうけらは、道教の庚申信仰と深く結びついた妖怪じゃ」
「こ・う・し・ん?」
「庚・申と書く。庚申は十干と十二支の組み合わせでできる六十種類の付合の一つじゃ。十干とは、甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の十種、十二支とは子・丑・寅・卯・辰・巳・午・未・申・酉・戌・亥の十二種、本来はこれを合わせて干支と呼ぶ」
「知らなかった・・・」
「庚申の夜に人が眠りに就くと、体内に住む三尸と呼ばれる虫が躰から抜け出し、その人の罪過を天帝に報告し寿命を縮めるとされておる。つまり、この三尸虫が体外に出た物が『しょうけら』じゃ」
「え、じゃあカナちゃんが何か悪い事をしたと・・・」
「人は誰でも、小さい過ちならいつでも犯しておるよ」
「それは、まぁ・・・そうですけど」
「じゃが、すぐに天に登って行かぬ所が解せん」
「そうなんです。お家だけじゃなく教室の窓や、電車の窓にもくっついているらしいんですよ」
「他の者には見えんのか?」
「私にはあんなにハッキリ見えるのに誰も気が付かない、ってカナちゃんが言ってました」
「ますます妙じゃな・・・よし、儂が行って確かめてやろう」
「本当ですか?」
「ただし、儂が妖怪だと言うことは内緒にしておけよ」
「なぜです?」
「妖怪一匹だけでも戸惑っているじゃろうに、もう一匹増えたんではパニックになりかねん」
「ああ、それもそうですね。いくらカナちゃんが気丈な子だと言っても、まだ高校生の女の子なんですものね」
「その通りじゃ」
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「おるなぁ・・・」ファミレスの窓際の席に座って、上を見上げながら王が呟いた。
「えっ、見えるんですか!」カナが驚いて声を上げる。
「私には見えませんけれど・・・」メイメイが不思議そうに二人の視線を追った。
「・・・って、メイメイ先生こちらの方はどなたですか?」
「あ、紹介するわね妖怪研究家の王先生」
「王じゃ、よろしく頼む」
「いえ、こちらこそよろしくお願いします」カナがペコリと頭を下げた。
ウェイトレスが注文を取りに来たので、取り敢えず三人ともコーヒーを頼んだ。ア《・》レ《・》を観ながら食事もどうかと思ったからだ。
「じゃあ、アレは妖怪なんですね」
王はメイメイにした説明をカナにも繰り返してから尋ねた。
「もう、どのくらいになるのじゃ、アレが出るようになって?」
「そうですねぇ、一週間くらいですか・・・」
「その間、何か変わった事はなかったか?勿論アレ以外にじゃが」
「そうですねぇ・・・あっ、学校の帰りに不思議な女の子を見かけるようになりました」
「ほう、どんな子じゃ」
「それが、赤い着物を着てるんですよ。今時珍しいなぁと思って・・・」
「いくつくらいの子じゃ?」
「四つくらいかなぁ、髪はおかっぱでいつも俯いてるので顔は見えません。古い神社の大きな銀杏の樹の下に立っています、あれって確か御神木だと思うんですが」
「いつも見かけるのか?」
「う〜ん、たまに補習で残されることがあって、あ、別に勉強サボっている訳じゃ無いですよ!」
「そんな事は言うておらん・・・で、何時頃じゃ?」
「夕暮れ時かな、人の顔が見分けられなくなるくらい」
「『誰彼』時じゃな、俗に『逢魔時』とも言って、妖怪の出やすい時間帯じゃ」
「じゃあ、あの子も妖怪なのですか?」
「その可能性はある」
「どうしよう・・・」カナが困った顔をした。
「明るいうちに家に帰る事じゃな」
「そうします」
「ところで、アレがしょうけらなら、呪文で消すことも出来るが?」王が上を指して言った。
「う〜んと、もう少しこのままでいいです。自分の躰から出たと思ったら何だか可愛く思えてきました」
「カナちゃん怖く無いの?」メイメイが目を丸くして驚いた。
「うん、私ゲゲゲの鬼太郎とか好きだから」
『そんな問題か?』とメイメイは一瞬思った。
「では、危なくなったらこの呪文を唱えるんじゃぞ・・・『しょうけらはわたとてまたか我が宿へ・・・・・・』王はカナに呪文を教えた。
「有難う御座います、王先生。じゃあ、私バイトがあるので今日はこれで失礼します!」
カナは王とメイメイにお辞儀をしてから、ファミレスを出て行った。しょうけらもいつの間にか消えている。
「しょうけらは心配あるまい。じゃが、その女の子は気になる」
「私もです、何もなければ良いのですが・・・」
「まぁ、しばらく様子を見るしかあるまい」
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「どうしよう、遅くなっちゃった!」カナは補習の後ソフトボール部の先輩、上野と話し込んでいて遅くなったのだ。
上野は全日本のエースでこの学校の卒業生である。今日はたまたま後輩の指導に来ていてカナと出会ったのだった。
「あの神社の前を通らなければいいか・・・」カナはペダルを漕ぐ足に力を込めた。
次の角を曲がれば、少し遠回りだが神社を迂回して行ける。
角を曲がろうとした時、子供の悲鳴が聞こえた。カナは急ブレーキを掛けて声のした方を睨んだ。
「あの神社の方だわ!」カナは反射的に自転車の向きを変えた。「あの子かも知れない・・・」
カナは一つ目神社と書かれた鳥居の前に自転車を駐め鳥居をくぐる。
銀杏の木が見えたが女の子はいない。
「気のせいかしら・・・」カナは銀杏の木の下に立った。
銀杏の実が一つ足元に落ちて、何気なく上を見上げたカナは驚愕した、巨大な髑髏が赤い着物の女の子を横抱きにして、木の股に立っている。
カナは呆然と立ち尽くす。と、髑髏は女の子を抱いたまま木から飛び降り、通りに向けて走り出した。
「待ちなさい!」我に帰ったカナが叫んだ。女の子はぐったりして動かない。
髑髏は振り向きガチガチと顎を鳴らした。カナは姿勢を低くして髑髏に突進した。二メートル手前でスライディングして髑髏のスネを蹴り上げる。
途端に髑髏はガラガラと音を立てて崩れた。
カナはうつ伏せに倒れている女の子を抱き上げ自転車に駆け戻った。そして、女の子を前のカゴに乗せるとスタンドを蹴って走り出した。
チラッと振り返ると髑髏は磁石でくっつくように、元の姿に再生しようとしていた。
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「ここまで来れば大丈夫」家の近くまで全力疾走したカナは、団地の駐輪場で自転車を駐めた。
「怖かったわね。もう大丈夫よ」カナは女の子に声を掛けた。
「お姉ちゃん、有難う・・・」
「きゃっ!」振り向いた女の子を見て、カナは小さく悲鳴をあげた。
その子の顔には瞳が一つしかなかった。それもドーナツ大のが真ん中に。
「びっくりしないでね、私は一つ目族の村長の娘、お久」
「あ、あなたは妖怪?」
「人間はそう呼ぶわ。でも、私達から見れば人間は目が二つある妖怪よ」
「まぁ、そうだわね。世の中には目のない生き物だって沢山いるわ」
「そう」
「なんで髑髏に捕まってたの?」
「私を拐おうとしたの」
「でも、どうして?」
「私を人間に売ろうとしたの。お祭りの見世物小屋に出す為に、香具師の親方が買うのよ」
「まぁ、酷い!」
「あれはガシャ髑髏といって、野原で行き倒れになった人間の怨念が集まって出来た妖怪。私達一つ目族は野原を棲み家にしているの。だから、昔からガシャ髑髏とは仲が悪いのよ」
遠くから、ガシャ・・ガシャ・・という足音が聞こえて来た。
「いけない、あいつが来た!」カナはお久を抱いて急いで団地の階段を上った。「今日は私んちに泊まりなさい」
カナは静かに玄関のドアを開けると、真っ直ぐに自分の部屋に向かった。
「カナちゃん、帰ったの?もうすぐお父さん帰ってくるから先にお風呂入っちゃいなさい」台所から母の声がした。
「は〜い」カナはお久に言った。「いい、ここに居るのよ。お風呂入ったらすぐに戻ってくるから。後でご飯も持って来てあげる」
お久はコックリと頷いた。
カナは窓の方を振り返って言った。「いい、この事は誰にも言っちゃダメだからね」
窓の外にはしょうけらが貼り付いていた。
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父が帰宅して夕飯がすむと、カナは音を立てないように台所でおにぎりを作った。
「ごめんね遅くなっちゃって、お腹すいたでしょ?」
カナがおにぎりとお茶をのせたトレーを差し出すと、お久は小さく頷いておにぎりを手に取った。
「おいしい・・・」
おにぎりを平らげてお茶を飲み終えると、お久はポツポツと語り出した。
「それでも昔は良かったんです・・・広い草原があったから、ガシャ髑髏とは棲み分けが出来てた。でも、開発が進んで草原が狭くなると争いが起こり始めたんです」
「そうよね、人間の世界でもある事だわ」
「ガシャ髑髏は私達を人間に売って、その代わり人間に土地を買って貰って草原を守ろうとした」
「手段は間違ってるけど、目的は合ってるわね」
「でも、その人間が近頃草原を切り売りし出したの。妖怪って元々頭が悪いもんだから、草原を守るためにはもっと私達を売らなきゃなんないと思ったわけ」
「許せない、悪いのは人間じゃない!」
「でもって、私に白羽の矢を立てたのね。もう、村には子供が少ないもの」
「なんとかしなくっちゃ。でも、私なんかに何が出来るかしら?」
「取り敢えず、私を草原に連れて行って下さい。それからみんなで話し合ってみます」
「分かったわ、明日の朝一番で連れて行ってあげる。ところで草原ってどこ?」
「あの神社の裏側です」
「ヘ〜、あの神社の裏にそんな草原が残っていたなんて、ちっとも知らなかった」
「神主さんが目立たないようにしてくれたから・・・」
「そうなんだ・・・」
その時、窓の外が急に騒がしくなった。カーテンを開けると、いつもはジッと中を覗いているだけのしょうけらがバタバタと動き回っている。
「どうしたの?」ふと外を見ると、駐輪場に白い影が立ってこちらを見ている。
「しまった、見つかった!」
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「王、変なものが来てるぞ」平助が天井を見上げて王を呼んだ。妙心館の窓ガラスに異様な生物が貼り付いている。
「分かった、すぐ降りて行く」王がスルスルと降りて来た。
「どこじゃ?」
「あれじゃ・・・」平助が顎をしゃくった。
「うむ、お前カナちゃんのしょうけらではないか、何故ここにいる?」
しょうけらは、黙って王を見詰めるばかりで動かない。
「あの子に何かあったのか?」
王が訊くと、しょうけらは窓から飛び降りすごいスピードで走り出した。
「平助!儂はアレを追う。お主はメイメイを連れてカナちゃんの家へ来い、場所はメイメイが知っておる筈じゃ」
「なにか知らんが火急の事のようじゃの、了解した」
それを聞いて王の姿が煙のように消えた。
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「お父さんあれを見て!」リビングに飛び込んで窓のカーテンを開けるとカナが叫んだ。
父はカナの慌てぶりに驚いて窓際に駆け寄った。
「な、なんだアレは!」
「ごめん、私が連れて来ちゃったみたい!」
「し、しかしお前、ありゃ骸骨じゃないか、なんだってあんなものを・・・」
「カナ、説明しなさい!」母が金切り声をあげる。
「お母さん今はそんな暇は無いの、後でゆっくり話すから!」
カナは玄関に向かって走り出した。
「待てカナ、父さんが行く!」
「母さんも行くわ!」
「有難う、二人とも。でも私でなくちゃ話ができないの!」
カナが玄関を出ると、両親も後を追った。その後にお久が続いたのを両親は気づかなかった。
カナが駐輪場に着くとガシャ髑髏が立っていた。改めて見るとかなりデカい、優に二メートルは超えている。
「あなたは騙されているのよ!お久ちゃんを拐っても、もう草原は広くならないわ!」
勇気を振り絞って、カナはガシャ髑髏に言った。髑髏はほんの僅か首を傾げたようだった。
「諦めて草原に帰りなさい。あとは私がなんとかするから!」
根拠は無いが方法は後で考えよう。
ガシャ髑髏がカナに向かって右足を踏み出した。どうやらカナの説得は届かなかったようだ。
「カナ、退がっていなさい!」父がゴルフクラブを握り締めてカナの前に出た。
「お父さん危ない!」
「子を守るのは親の務めだ!」
「あなた頑張って!」母が後ろから応援した。
父がゴルフクラブを振り上げ、思いっきりガシャ髑髏の鎖骨を叩いたが髑髏は微動だにしない。
『おかしい、私が蹴った時にはガラガラと崩れたのに』カナは首を捻った。『角度が悪かったのかしら、それとも・・・』
続いて第二撃目を父は髑髏の頭蓋骨に敢行した。が、結果は同じだった。
「お父さんスネを狙って!」
「スネ?」
「そいつの急所はスネよ!」
父が行動を起こす前に、髑髏の右の橈骨が父を横に薙いだ。父は駐輪場の鉄の柱に頭をぶつけて昏倒した。
「あなた!」母が駆け寄って抱き起こす。
「お、おまえ・・・」
「良かった、生きてたのね」
「よくもお父さんを!」カナはガシャ髑髏の前に立った。『もう一度スネを蹴るしかない!』
しかし、ガシャ髑髏は大きすぎてとても間合いに入れない。『あの時はタイミングが良かったのね』
カナはメイメイが稽古の時言っていた言葉を思い出した。『大きな相手と戦う時はね、カナちゃん。自分が小さくなるのよ』
カナはできるだけ身を縮めて髑髏の周りを移動した。隙があれば一気に飛び込む。
「カナ!」母の声がして、ゴルフクラブがガシャ髑髏めがけて飛んで行った。
一瞬、髑髏の気が逸れた。カナはその隙を見逃さなかった、一気に髑髏に駆け寄りスネを狙って蹴りを放つ。
ほんの僅か、詰めが甘かった。あと一センチ踏み込んでいれば十分な威力が発揮できていた筈。
そう思った時にはガシャ髑髏の手が目の前に迫っていた。カナは思わず目を瞑った。
「ドン!」
その時大きな爆発音が耳元で響いた。カナは自分が死んだのだと思った。
「良い見切りじゃったが、いかんせん相手が大きすぎたな」
その声にそっと目を開けると、見覚えのある顔が立っていた。
「あ、あなたは妖怪研究家の王先生・・・なぜここに?」
「しょうけらが教えてくれたのじゃ」
「えっ、あの子が?」
「あの子?」
「だって、可愛くないですか?」
「そうかぁ・・・?」王はカナの顔を不思議そうに覗き込んだ。
「あっ、あの骸骨は!」
カナが思い出したように周りを見回す。ガシャ髑髏の骨は、駐車場のアスファルトに粉々に砕け散っていた。
「い、いったいどうして・・・」
「言ったじゃろ、儂は妖怪研究家じゃ。妖怪の急所なぞ先刻承知じゃよ」
「だ、だけど・・・」
「カナちゃん無事なの!」
その時メイメイが駐車場に駆け込んで来た。
「王、間に合ったか!」平助も続いて現れた。
「危ないところじゃった。さて、復活する前に骨をバラバラに埋めてしまおうか」
「おや、その子は?」カナの父がお久に気がついた。
「ごめんなさい、私の為にご迷惑をおかけしました」お久が深々と頭を垂れた。
「何もそんなに頭を下げなくても。さ、顔を上げなさい」
「それではお言葉に甘えて・・・」
「う、うわ〜!」父は本日二度目の失神をした。
『両親には時間を掛けて説明しよう』と、カナは思った。
「王、どうやったのじゃ?」肩を並べて歩きながら平助が訊いた。
「なに、奴の急所に勁をお見舞いしたのじゃよ」
「ふむ、確かに妖怪に発勁は効きそうじゃの」
「フハハハハ、儂のは特別じゃ!」王が勝ち誇ったように笑った。
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「何だ、面白くないじゃないか!」と、王が言った。「なんで平助が出ると一発で解決するんじゃ」
「王先生、仕方ないじゃないですか」すっかり経緯を聞いた槇草が言った。
「仕方ないとはなんじゃ?」
「だって、師匠はこの辺りでは伝説の男なんですよ」
「伝説?」
「昔、師匠が地元のヤクザ同士の抗争をピタリと収めてしまった事があるのです、この辺では有名な話ですよ」
「そうなのか、平助?」
「昔の話じゃ」平助がつまらなそうに答えた。
「あの香具師の親分もそれを覚えていたのですよ」
「ふん、ガシャ髑髏を退治したのは儂じゃぞ!」王が年甲斐もなく拗ねている。
「分かってますよ王先生。先生のお陰で一つ目族は絶滅しなくて済んだんですから」メイメイが必死に取りなした。
「そうか、まぁ分かっとれば良いが・・・」
「しかし、土地の権利書を神社の神官に預けてしまうのは妙案でしたね」槇草が言った。
「いつ迄も保存しておいて欲しいものじゃ」平助が呟いた。
「ところで、しょうけらはどうなったのです?」槇草が王に訊いた。
「うむ、しょうけらはカナちゃんを好いておったのじゃな。じゃがいつ迄もそばにおる訳にも行くまい。カナちゃんには呪文を教えておいたから今頃は消えておろうよ」
「僕にもその呪文を教えて下さい。もし、しょうけらが現れたら唱えて消えてもらいます」
「さては天帝に報告されては困るようなことをしておるな?」
「ま、まさか・・・ただの用心ですよ」
「まぁ良かろう・・・言うぞ。『しょうけらはわたとてまたか我宿へねぬぞねねたかぞねたかぞねぬば』」
「え?もう一度お願いします」
「しょうけらはわたとてまたか我宿へねぬぞねねたかぞねたかぞねぬば、じゃ!」
「も、もう一度・・・」
「面倒じゃ、紙に書いてやるわい!」
「有難うございます」
「カナちゃんは一度で覚えたがな」
「僕には無理です!」槇草はキッパリと言いきった。




