賽の河原
銀鬼を倒した凛は、救護室で銀鬼と言葉を交わした。
そのとき黒鬼教官長がある知らせを持って入ってくる・・・
「気がついた?」凛が訊いた。
「ここは?・・・ああ、俺は負けたのか?」
銀鬼は薄目を開けて天井の照明を見た。
「そうなるわね」
「お前、どこであんな技を覚えた?」
「現世の武術道場よ、信じられないくらい強い爺ちゃん達がいるの」
「爺ちゃん達?一人じゃねぇのか?」
「お弟子さん達も、きっと私より強い」
「俺が現世にいた時に、そんな奴らと会いたかった」
「いつか会わせてあげるわ」
「そうしたいのは山々だが、そうはいかねぇ」
「どうして?」
「俺はここから出ていく、あのリングはお前の物だ」
「私はリングなんか要らない、武術はどこででも教えられるもの」
「それはダメだ、俺は負けた、負けた奴は去る、これが俺たちの流儀だ」
「ここは冥界よ、そんな流儀は通用しない」
「男の面子ってもんだ」
「そんなものなんの足しにもならない。それよりも、もう少し鬼達に優しく接してあげたら?」
「あいつらは、亡者たちを虐め殺そうとしてるんだ、いやそれよりもっと悪い、亡者はもう死ねねぇから地獄の苦しみが永遠に続くことになる」
「教官長が言ってたわ、人間の本性は鬼より怖いって。そんな人間をやがては現世に送り返してやるためにやっているんだって」
「ふん、そんな詭弁誰が信じるか」
「信じなきゃそれでもいい。でもあなたが私に負けたのは事実よ。なら私の言うことを聞くのが筋ってもんじゃない?それが嫌だから出ていく、なんて言ってるんだったらそれこそ負け犬の遠吠えだわ」
「ちくしょう、痛いとこついてくるじゃねぇか、じゃあどうすりゃいいんだ」
「あなたは今まで通り、あのリングで鬼の生徒達に武技を教える。ただし、もう少し優しくね。そして時々私と手合わせする。そうすれば私がここで武技を指導するっていう命令も果たせるわけ」
銀鬼は複雑な表情で腕を組み、凛の言葉を頭の中で反芻した。
「おっ、気が付いたか?」
その時、救護室に黒鬼が入ってきた。
「教官長か・・・」
「どうだ、娘っ子に負けた気分は?」
銀鬼は一瞬嫌な顔をしたが、黒鬼の顔を見て言った。
「ふん、悪かねぇ」
「ほう、どうしてだ?」
「自分が最強だと思っていた時には常に不安だった。いつ何時、俺より強いやつが出てくるかもしれねぇ、と思ってな。だが、実際に負けてみると、上には上がいるもんだと、逆にやる気が出てきたぜ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ、お前もなってみりゃわかるさ」
「ふん、しょってやがる」
黒鬼はニヤリとほくそ笑んだ。ひょっとしたら最初っからこれが目的だったのかもしれない。
「ところで216号・・・」
「凛と呼んで、その方が嬉しい」
「そうか、じゃあ凛、局長から指令が来ている」
「指令?」
「そうだ、賽の河原で脱走した二人組の亡者が暴れている、それを取り押さえてこいと言う事だ」
「なんで私が?」
「思うに、お前ぇは局長の駒になったと言うことじゃねぇのか?そのためにお前ぇをフリーにしてここに派遣した」
「私騙されたの?」
「いんや、そうしなけりゃお前ぇを死神局に戻してやる事が出来なかったんじゃねぇか?局長の親心だ。それでも納得がいかねぇと言うのなら、断ってもいいんだぜ?」
「・・・」
「どうだ、やるか?」
凛はキッと黒鬼を見返した。
「やる、このまま、また現世に送り返されたら、どんな顔をしてみんなに会えばいいの」
「その『みんな』とは誰だ?」
「現世でお世話になった武術道場の人たち、挨拶もしないで出て来たから一人前の死神になってなきゃ合わせる顔がない」
「じゃあ、いいんだな?」
「うん」
「よし、それじゃあ早速行ってくれ」
「待て、俺も連れて行ってくれ」銀鬼が言った。「暴れている二人組の亡者というのは俺の兄弟達かもしれねぇ」
「お前ぇ兄弟がいたのか?」
「いや、盃を交わした義兄弟だ。俺たち三人はニューヨークの地下闘技場で知り合った」
「そうか、顔見知りならちょうどいい、行って来な」
「有難い」
「凛もそれでいいな?」
「いいわ」
そういう訳で、凛と銀鬼は賽の河原に向けて出発する事になった。
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「やめてください、後一つ積めば終わりなんです、それで天国に行けるんです!」
ここは獄卒教場よりさらに百層ほど下がった地の底だ。俗に賽の河原と言われている。
世の中で最大の親不孝は親より先に死ぬ事だ。その罪を償わなければ成仏する事は出来ない。
ここでは親より先に死んだもの達が、河原の石を拾い集めて石塔を築いていた。そして最後の石を積み上げれば成仏できると言われている。
「そんなこたぁ知ったこっちゃねぇ、お前ぇらだけ天国に行かせてたまるか!」
スキンヘッドで身体中に蛮族の刺青をした男が凄んだ。
「お願いです、我々大人はかまいません。でも、ここには子供の作った石塔もあるのです。後少しで完成という時に壊されたのでは子供達が可哀想です」
「子供がどうした?俺たちゃ地獄で散々鬼達に虐められてきたんだ、この苦しみを一人でも多くの奴らに味合わせてやらなけりゃ気がすまねぇ!」
熊のような大男が拳を振り上げて怒鳴ると、その拳を目の前の石塔に叩きつけた。
石塔はガラガラと音を立てて崩れ去った。
抗議をしていた男は、呆然と立ち尽くした。
「次はどれを壊そうか」
熊男が辺りを見回す。河原で石を積んでいた者達は、戦々恐々として二人の荒くれ者を見ている。
「おっ、兄弟あれはどうだ?」スキンヘッドが指差した。
「おお、それがいい、もう少しで完成しそうじゃねぇか」
二人が一つの石塔に歩み寄る。
「やめて、お願い!僕が成仏しなきゃ、お父さんとお母さんが悲しむから!」
「ふふふ、それを聞いちゃ益々ほっとけねぇな」
スキンヘッドが足を高くあげた。
「やめろ!」
その時、川の下流から声が飛んだ。
「誰だ!」
あげた足を下ろしてスキンヘッドが振り返る。
「おや、裏切り者じゃねぇか。こっちから出向く手間が省けたぜ」
「銀狼、俺たちを裏切って鬼の仲間になっておいて、挨拶もなしか?」
熊男が銀鬼を睨みつける。
「い、いや俺は・・・」
「おっと、言い訳は無しだ。俺たちはお前に復讐するために、地獄の鬼どもを叩きのめしてここまで来たんだ。ここで暴れてりゃ、いずれお前が出てくるだろうと思ってよ」
「そのためにこんな酷い事をやっていると言うのか?」
「まぁ、お前が出て来なけりゃこっちから出向くつもりでいたんでな。遅かれ早かれお前は死ぬことになってただろうよ」スキンヘッドが言った。
「ずいぶん勝手な言い分ね」
銀鬼の後ろから凛が現れた。
「お前誰だ?」
「死神局216号、凛よ。私はあんた達を地獄に連れ戻すために来たの」
「おい銀狼、お前はこんな小娘に助っ人を頼んだのか?」
「現世じゃ無敵の銀狼と呼ばれていたお前が、なんてザマだ」
「俺はこの娘に負けて悟ったんだ、俺たちは狭い井戸の底で戯れあっていただけの蛙だったんだ、ってな」
「嘘だろ?そんな小娘にお前が負けただと?」
「嘘じゃない。世の中は広い、お前達も地獄で頑張って改心すれば、また現世に戻ってやり直せる」
「笑わせるな!忘れたのか、金持ちの俺たちを見る目を。まるで闘牛場の牛か競馬場の馬か何かのように俺たちを値踏みし見下していやがった。あんな奴らと、どうやり直せってんだ?」
「そんな奴らは無視すりゃいいんだ、俺たちは奴らの駒じゃ無い」
「それが出来りゃ、地獄なんかに堕ちやしねぇ!」
「銀鬼、この人たちにいくら言っても無駄よ。力尽くで地獄に連れていくしかないわ」凛が言った。
「銀鬼?そうか今じゃそう呼ばれているのか。面白い、鬼と死神、まとめて始末してやるぜ!」
「腑抜けたお前なんざ、俺たちの敵じゃねぇ!」
スキンヘッドと熊男が足場を確かめるように移動した。
凛と銀鬼もそれに応じるように二手に分かれる。
スキンヘッドと凛、銀鬼と熊男。それぞれに対峙して睨み合う。
「死ねっ!」
熊男と銀狼が同時に地を蹴った。二つの巨体がぶつかり合う。
それを合図のように、凛とスキンヘッドも一気に間合いを詰めた。




