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妖怪 王  作者: 真桑瓜
6/67

鎌鼬(かまいたち)

山寺からの帰り道、寂れた辻堂の前で槇草が何者かに襲われた。

山林整備計画と何らかの関わりがあるとみた平助は、王と槇草を伴って辻堂に向かう・・・

鎌鼬かまいたち


「う〜寒ぶ・・・」

羽織った上着の襟を合わせて呟いた。

「美希と小太郎はもう寝たかな?こんなに遅くなるなんて思わなかったからなぁ」

槇草は夜も更けた山道を一人帰路を急いでいた。師の平助の使いで椿山弥勒寺ちんざんみろくじへ行った帰りに突然雨に降られ、古い辻堂で雨宿りをしていて遅くなったのだ。(因みに小太郎とは槇草と美希の三歳になったばかりの長子である)

今は雨も止んで、見上げると夜空には星が瞬いていた。


「誰だ!」槇草は殺気を感じ飛び退いた。

その瞬間、一陣のつむじ風が槇草の直ぐ横を通り過ぎて行った。

「なんだ、今のは?」

槇草が我に帰ると、左の二の腕あたりが何だかスゥスゥする。

見ると上着の袖が裂け、腕に切り傷が出来ていた。だが痛みはなく血も流れていない。

「え、・・・どうして?」

わけもわからぬまま、槇草は暗い夜道を歩き出した。


「槇草、その傷はどうしたのじゃ?」翌日、使いの報告に来た槇草に平助が訊ねた。

「実は・・・」槇草は昨夜の出来事を平助に語った。

「姿は見えなかったのじゃな?」

「はい、風が通り過ぎただけでした」

「ふ〜む・・・」平助は腕組みをして首を傾げる。

鎌鼬かまいたちの所業じゃ』突然頭の中で声がしたので平助は思わず天井を見上げた。

『王、いきなり人の話に割り込むでない!』

『何じゃ、せっかく教えてやったのに』

『な・・・』

「何か心当たりでも?」平助が言い返そうとした時、槇草が怪訝な顔で訊いた。

「い、いや」平助がためらいがちに続けた。「お前に言っても信じぬかも知れんがな、鎌鼬という妖怪の所業にそっくりなのじゃよ」

「嫌だなぁ、妖怪なんて時代遅れですよ!」案の定槇草が馬鹿にしたような目で平助を見てきた。「僕も子供の頃に爺ちゃんに聞いた事あるけど、今では風の中心に真空ができ、それが人体に接触して起こる現象だと学者も言ってます」

「実験で証明された訳ではあるまい?」平助はムッとして言い返す。

「それでも、妖怪よりはマシです・・・それより、弥勒寺の住職が師匠に御足労を願いたいと仰っていました。例の林道整備の件だそうです」この話はこれで終わりだとでも言いたげに、槇草が住職の伝言を伝える。

「分かった。近いうちに行くとしよう」

「じゃあ、僕はこれで。今日は遅番なので稽古はお休みします」

「うむ、了解じゃ」

槇草は平助にお辞儀をして出て行った。


*************************************************


「槇草君は妖怪の存在を信じてはいないようじゃな」王が天井から降りて来た。既に実体化している。

「現代人は科学を信仰しておるからのぅ」

「科学も妖怪も同じようなものなのにな」王が言った。

「どうしてじゃ?」

「どちらも、分からないものに必死で意味付けしようとしている」

「なるほどな」

「平助、儂も弥勒寺に連れて行ってくれんか?久しぶりに慈栄じえい殿にお会いしたい」

王は生前日本に来た事がある。平助に連れられて弥勒寺を訪れた時、寺には結界が張ってあって、あやかしの類は入れぬようになっていた。今では王も妖である。(平助と王 日・台爺い絵巻 8話 弥勒寺の怪 参照)

「しかし、寺には結界があってお主は入れぬぞ」

「炭焼き小屋があるではないか」王が寺の裏手にある小屋の事を言った。

「おお、そうじゃった。寺の外なら問題はあるまい」

「槇草君も連れて行ってはどうじゃ?」

「何、お主槇草に正体を明かすつもりか?」

「他の弟子ならともかく、一番弟子の槇草君に黙っておるのも気が引ける。何より槇草君の腕が欲しい。これからどのような妖怪が現れるか分からんのじゃからのぅ。

「槇草の奴、きっと腰を抜かすぞ」

「荒療治だが仕方ない。いずれバレる事じゃ」

「ふむ、それもそうじゃな。このままでは何とも都合が悪いし・・・」平助が思い切ったように王を見る。「では、槇草も連れて行く事にしよう」


*************************************************


槇草の非番の日に合わせて、平助は弥勒寺へ赴いた。王は姿を消して付いて来ると言う。

石段を登り山門の前に立つ。

『儂は炭焼き小屋で待つ』頭の中で王の声が聞こえた。

平助は軽く頷いて、槇草と庫裏くりに向かった。


「頼もう、ご住職はご在宅かの」

「無門先生お久しぶりです!」玄関に現れたお手伝いのよっちゃんが元気の良い声を上げた。「槇草さん、この前はお疲れ様でした」

「いえ、こちらこそお世話になりました」

「さあ、どうぞお上がりください。住職がお待ちかねですよ」

よっちゃんはエプロンで手を拭きながら、二人を奥へと案内した。


「平助さん良くいらっしゃいました。槇草さんもご苦労様」

弥勒寺の住職慈栄は柔らかに微笑んで二人を迎えた。ちなみにここは尼寺である。

「いえ、今日は師匠のお供ですから気楽です」

慈栄は二人に座布団を勧めながら言った。

「今日は珍しいお客様がお見えです。お二人に是非会って頂きたいのですが如何ですか?」

「ほう、どなたじゃな?」

「東京の大学教授で、趣味で虫捕りに見えている方です」

「虫捕り?」槇草が呟いた。

「変わったお人のようじゃな。槇草、お主はどうじゃ?」

「僕は師匠が宜しければ構いません」

「そうか、では会ってみよう」


庫裏の応接間(と言っても庭に面した廊下なのだが)のソファーから男が立ち上がった。

養父直志ようふなおしと言います」半白の髪を豊に湛えた壮年の男が言った。レトロな丸眼鏡をかけている。

「無門平助です。この男は弟子の槇草」平助は槇草を紹介した。

「槇草です」槇草は軽く会釈をする。

「無門先生のお噂は予々《かねがね》住職から聞いております」

「噂になるような事は何もしておりませぬが?」

「武術の達人と聞いております」

「達人などその辺にはいて捨てるほどおります」

平助の答えに満足そうに頷いて養父は言った。

「私は、脳と躰の関係について興味があるのです。住職の話から推察致しますに、先生のような躰の使い方が出来る方はそうはおられないと思いますが?」

「住職が何を言ったか知らぬが、昔の日本人なら当たり前に出来た事じゃ」

「そちらのお弟子さんもそれを継いでおられる?」

「まだ未熟ですが」槇草が答えた。

「その伝承のメカニズムにも興味があります。いずれゆっくりとお話を伺いたいと思います」

「お役に立つか分かりませぬが」

「その時はよろしくお願いいたします」養父が頭を下げた。

「ところで、本題は?」

「平助さん。養父先生は毎年この時期になると此処に虫捕りに来られるのですよ」

慈栄が静かに言った。。

「寒くなると本州には虫が少なくなります。此処ならばまだ活動していますので」

「虫の研究はご趣味ですかの?」

「はい、しかしそのお陰で山の事情にも詳しくなりました」

「今日はそのお話も聞かせていただけるのですな?」

「大した事はお話出来ませんが」

「住職の策略にまんまと嵌ったと言う訳じゃ」訥々(とつとつ)

「まぁ、人聞きの悪い。たまたまですよ、たまたま」

「まあ良い。聞かせて頂こう」


「・・・林道を舗装すると途端に虫が捕れなくなります」養父は訥々《とつとつ》と語り出した。

「どう言う訳ですかな?」

「植物が照り返しでやられるからです」

「しかし、道路のお陰で山奥まで入って虫が捕れるのではではありませぬか?」

「道路ができる前はそんな山奥まで入らなくても虫は捕れました。特段道路に感謝するいわれはありません」

「道路が出来て、地元の人は便利になったのではないかな」平助は一応中立の立場で話を聞いてみた。

「それならば、何故過疎になるのでしょうか?」

「うむ」

「便利にして人が入り易くなった筈なのに、返ってその道路を通って人が出て行くのです」

「皮肉な話じゃな」

「舗装されて立派になった道路を走っていると、対向車は一時間に一、二台です。それなのに道路は今も伸び続けているのです。地元民の権益を言うのなら、そのお金をそのまま住民に渡したほうが余程権益を守る事になる。しかし公共の金は紐付きで使い方が決まっているから強制的に道路になるのでしょう」

「寺の近くまで道路が舗装されたお陰で、最近粗大ゴミの不法投棄が目立ちます」慈栄が言った。

「街のドライバーにとって山の舗装された道路脇は、ゴミ捨て場にしか見えないのですよ」養父が慈栄の話を補う。

「道が良くなったおかげでゴミを運び易くなったという訳じゃな」

「地元民の中には、道路よりも森を守りたいと言う人も多い筈です。残り少ない原生林を削って道路にすることには意味がない。道が悪ければそういう道を走れる車を使えば良いのです。車大国のこの国にそれが出来ない筈はない。都市の理論を田舎に押し付けるのは都会人の傲慢です」

養父はそれから一時間程、山の現状について熱く語った。


「・・・最後に、いずれ山林局の役人が住民説明会にやって来ると思うのですが、いくつか気をつけるべき点をお話ししておきます」

「それは我々の心構えの事でしょうか?」慈栄が訊いた。

「はい、知っておいた方が良い事です。彼らは自分の意見を持ちません、故に自分の立場に沿った思考を採用します。そのために必要な話法を身に付けているのです」

「つまり、最初から話し合うつもりなど無いと」

「そうです、だから“説明会“なのです」

「結果は動かせないのですね」

「はい、彼らの話法の規則は沢山ありますが、ここで全部を把握する事は難しいでしょう。そこでキーワードを三つ挙げます」

「キーワード?」

「まず一つ目は『自信満々』。彼らはどんなにいい加減で辻褄の合わないことでも、自信満々で話します。これは自分の意見ではない証拠です。誰か権威のある人の意見ならそちらを優先するのです。自分の意見であれば、むしろ何処かしどろもどろになる筈なのです」

「うむ、卓見じゃな」平助が頷いた。

「二つ目は、『誤解を恐れずに言えば・・・』と彼らが言った時には気を付けて下さい」

「ほう、それはどうしてかな?」

「必ず何か嘘をつこうとしているからです。『誤解を恐れずに・・』と言うことで、『あなたは誤解しようとしていますよ』と暗に言っているのです」

「こちらの思考に釘を刺すのですね?」慈栄が訊いた。

「そう、それから『難解な概念』。彼らは、相手の知識が自分よりも低いと見たらなり振り構わず難解な概念を持ち出します」

「相手をケムに巻こうというのじゃな?」

「他にもありますが、とりあえずこの三点に注意して下さい。それからこれは劣勢に立った時の彼らの常套句ですが・・・」養父はそこで少し間を置いた。「『もし、何々であるとしたら、お詫びします・・・』と言って、逃げようとするでしょう。これは当事者が傍観者に成りすますための語り口だからです」


「師匠、僕は今日、目から鱗が落ちました」養父が帰った後、槇草が感想を漏らした。「大学の先生にも、真剣に自然のことを考えている人がいるのですね」

「うむ、立派な先生じゃったな・・・じゃが、驚くのはまだ早い」

「え、どう言う事ですか?」

「もう直ぐわかる・・・」

平助はニッと笑って槇草を見た。


*************************************************


「無門先生、お久しぶり!」副住職の慈恵じけいが帰って来た。

「おお、軍曹元気じゃったか?」平助は慈恵を親しみを込めて軍曹と呼ぶ。自らも軍隊時代軍曹として戦った経験があり、その立ち位置が福住職という役職と重なったからである。(拙著 『死神 凛』 7話 夢の精霊の後半 参照)

「見ての通りですよ!」

「そうか、なら安心じゃ」

「慈恵さん、今夜は炭焼き小屋で晩ご飯にしましょう」慈栄が言った。

「それは良い。無門先生、寺で漬けた梅酒で飲み比べしよう!」慈恵がはしゃいで手を叩く。

「儂はもう歳じゃ、勘弁しろ」

「え〜、あれ?槇草君、どうした浮かない顔して?」

「うん、なんだか嫌な予感がするんだ」槇草はさっきの平助の言葉が気に掛かっている。

「気の所為だよ。そんな顔しているから余計にそう思うんだ。よし決めた、今日の相手は槇草君だ!」

「ええ、俺?」

「そうだよ、観念しな!」

「お、お手柔らかに・・・」槇草はガックリと項垂れた。


「槇草、囲炉裏に火を入れよ」炭焼き小屋に入ると平助が命じた。

「はい、今夜は冷えそうですね」

槇草は囲炉裏に火を起こし、自在鉤に鉄瓶を掛けて湯を沸かす準備をしながら訊いた。

「師匠、僕が驚く事って何ですか?」

「まだじゃ、役者が揃うまで待て」

「役者ってこの寺の三人ですか?」

「そうじゃ、その方がお主のショックも和らぐ」

「そんな怖い事言わないで下さいよぉ!」

「もうじきじゃ、楽しみにしておれ」

「やっぱり嫌な予感がする・・・」


食事も済んで、槇草と慈恵の飲み比べも佳境に入った頃、おもむろに平助が口を開いた。

「慈栄さん。実はお前さんに会いたいと言う人を連れて来ておるのじゃが」

「まあ、もう外は真っ暗ですよ。何処にお待たせしているのですか?」

「それが、もうこの小屋の中におるのじゃ」

「え、どこにも姿が見えませんけれど。私の知っている方ですか?」

「うむ、良く知っておる」

「無門先生、私も知っている人かね」盃を持ったまま慈恵が訊いた。もう顔が真っ赤である。

「うむ、知っておるぞ」

「私は?」よっちゃんが平助を見た。

「知っておる」

「ぼ、僕は・・・」槇草が恐る恐る訊く。槇草の顔は青ざめていた。

「勿論じゃ!」

その時、囲炉裏から一筋の煙が立ち上ったと思ったら、霧のように小屋中に広がった。

モクモクと上がる煙の中から人影が現れ、次第にその姿を鮮明にして行く。

「まあ!王先生、お亡くなりになったと聞きましたが!」慈栄が驚愕の声を上げた。さすが仏門の徒、驚きはすれど正気を失いはしない。

「うむ、死んだ」

「台湾のおりいちゃん、本当に死んじゃったんら。あんらに強かっらのにね」慈恵が呂律の回らぬ口で言う。

「お主には叶わぬよ」王は呆れて言った。もうちょっと驚いて欲しかったようだ。

「キャハハハハ!本当に王先生だ、お久しぶりです!」よっちゃんも慈恵と槇草の飲み比べに付き合って、だいぶ出来上がっている。

「よっちゃん、覚えていてくれたか」

「当たり前ですよ。誰が忘れるものですか!」

「うう、生きていてよかった・・・じゃなかった、妖怪になって本当に良かったわい」王はしみじみとした口調で言った。

「槇草君、槇草君、あれま、どうしちゃったんだろう?ピクリとも動かないよ」慈恵が仰向けに倒れて泡を吹いている槇草を指で突いた。

「槇草の奴・・・情けない」平助が小さく溜息を吐いた。


槇草が目を覚ました時、宴は最高潮に達していた。その異様な光景に、槇草はまだ夢の中にいるのだと自分を納得させようとした。

慈恵とよっちゃんがおかめの面を被り、平助と王はひょっとこの面を被って卑猥な踊りを踊っていた。慈栄がそれを見て笑っている。

「し、師匠!なんですか、その踊りは!」

「お、槇草気が付いたか。お前も一緒に踊れ!」

「こ、これは夢だ!」

「何が夢じゃ。これは儂の故郷の夜神楽の舞じゃ!」

「槇草君!」王が面を取って槇草の目を覗き込む。

「わっ!」槇草がズルズルと後退り、ドンと壁に背中をぶつけた。

「信じられんじゃろうが、儂は妖怪になって戻ってきた」

「う、嘘だ!妖怪などこの世にいるものか!」

「槇草君、まだそんな非科学的な事言ってるのか?」慈恵もそばに来て座った。

「非科学的って・・・どっちが?」

「だって、目の前にいるじゃないか!自然科学でも、いる事を証明するよりいないことを証明する事の方が難しいんだ。目の前に証拠がある、こんな確かな事はないだろう?」

「そうですよ槇草さん。事実は素直に受け入れなくっちゃ!」よっちゃんも座る。

「槇草、観念せい!これが今日のハイライトじゃ!」平助がひょっとこの口から火を吹いた。

「う〜ん、悪夢だ・・・」

槇草はまた意識が遠退くのを感じた・・・


*************************************************


翌朝槇草が目を覚ますと、小屋の中には誰もいなかった。

「あ〜頭がガンガンする・・梅酒を飲み過ぎたか」槇草は頭を抱えた。「待てよ、してみるとやっぱりあれは夢だったのか・・・」

その時、小屋の戸がガラガラと開いて王がひょっこりと顔を出す。

「目覚めたか槇草君!」

「わ、王先生!・・・う〜ん」槇草はまた気が遠のいた。

「待て!そう何度も気絶するんじゃない!儂はここにおる、まだ信じられんのか!」王が怖い顔で迫って来た。

「わわわ、し、信じます!信じます!だからそんなにそばに寄らないで下さい!」

槇草は取り敢えずこの現実を呑み込むことにした。

「失礼な奴じゃ・・・」王は槇草の態度にプリプリと怒っている。

「と、ところで何処へ行っておられたのですか?」

槇草が機嫌を取るように訊いた。

「ふん、君が襲われたと言う辻堂じゃ。まだ妖気が残っておったぞ」

「妖気?」

「妖怪の残留思念じゃよ。鎌鼬はあの辻堂を棲み家にしておるのかも知れん」

「師匠は?」

「尼さん達と一緒に里に行った。同じような被害に遭った者が居ないか確かめにな」

「よ、妖怪だとしたらどうするのですか・・・?」

「奴らは人を驚かせたりはするが、訳も無く傷つけたりはせん。まず、理由を確かめる事が先決じゃろう」

「理由か・・・」

「兎に角、平助達の帰りを待とう」

「そ、それがよろしいようで・・・」槇草は不安そうに王を見た。


夕方になって、平助と尼僧二人が戻って来た。

「どうであった?」王が訊いた。

「おったぞ、この一週間ほどで五人やられておる」

「理由は何か見当が付いたか?」

「うむ、被害にあったのは林道整備計画推進派の連中じゃった」

「このような怪異の噂が寺に聞こえてこなかったのはその為でしょう」慈栄が言った。「寺は反対派の拠点ですから」

「つまり、自然を破壊して道路を作る事に鎌鼬が怒っていると言う事か?」王が訊いた。

「そう考えるのが妥当じゃろう」

「私だって怒りますよ。道路が出来て以来、鹿や猪に寺の畑が荒らされますからね」慈恵が口を尖らせた。

「里でも同じだそうです。農作物が軒並み被害にあっているそうですよ」

「山に餌が少なくなったという事じゃな」

「暗くなったら、もう一度辻堂に行ってみるか・・・」王がポツリと呟いた。

「儂らも行くぞ、良いな槇草!」

「は、はひ!」槇草はもう、どうにでもなれと思った。


*************************************************


「おるぞ・・・気を付けろ」辻堂の手前で王が立ち止まる。「強い妖気が漂っておる」

「誰だ・・・」半分壊れかけた辻堂の扉の中から獣の唸り声に似た声がした。

平助と槇草を手で制して、王が前に出た。

「弥勒寺に縁の者じゃ。ちと尋ねたい事があって参った」

「人間に要は無い、帰れ!」

「儂はお前と同類じゃ」王が言った。

「何?そう云えば匂いが違うな・・・」辻堂の中がボウッと明るくなった。「なぜ人間と一緒に居る?」

「ついこの間まで人間だったからじゃ。妖怪としては駆け出しじゃ、お主のように名のある妖怪では無い」

「王のやつなかなか世辞が上手い」平助が槇草に囁いた。

「ほう、俺はそれほど有名か?」

「それはもう。日本人で知らぬ者はおるまい、鎌鼬殿」平助が調子を合わせる。

「ふむ、そうか」辻堂の中から満更でも無さそうな返事が返って来る。

辻堂の扉がゆっくりと左右に割れると、中から一陣の風が吹いた。

「入れ・・・」

最初に王、続いて平助、最後に槇草が入った。中には小さなつむじ風が巻いており、その中心に鎌の手を持ついたちが居た。

「なんとも、妖怪図鑑で見た鳥山石燕描く所の『窮奇』《かまいたち》そのままじゃな」王が言った。

「なんじゃと、儂には三匹に見えるぞ?飛騨の山奥では鎌鼬は三匹いる筈じゃ」平助が怪訝な顔をする。

「僕には漫画のように見えます」槇草が言った。

「お主は水木しげるの見過ぎじゃ!」爺い二人の声が重なった。

三人にはそれぞれ別な見え方をしているらしい。

「俺は元々『構え太刀』という姿のない妖怪だった。だから見る者のイメージによって見え方が違う。どう見ようと構わんが、全部人間が勝手に描いたものだ。人間は姿の見えぬものに恐怖を覚えるらしいからな。何か形を与えて安心したいのだろう」

「それが人の性と言うものじゃ」平助が言った。

「ふん、勝手なものよ・・・それより、用を言え」

「そうじゃった。率直に聞くが、里の人を襲ったのは林道整備計画を恨んでの事か?」

「そうだ」

「なら何で僕を襲ったのですか?僕は林道整備計画には関係ない」槇草が抗議の声を上げた。

「辻堂で雨宿りをして、挨拶もなしに出て行ったからだ」

「そ、そんなぁ・・・」槇草が情けない声を出した。

「まぁ、それは良いとして林道が舗装されたら何故困る?」平助が訊いた。

「俺が困るのではない。山が困るのだ」

「山が?」

「山が困れば、そこで暮らす奴らが困る」

「虫や動物の事か?」

「そうだ、人間は自分達だけが人工物に囲まれて、その中で安心安全に暮らそうとしている」

「それは別段悪い事ではない」

「人間はそれで良いだろう。だがその為に排除されるのは自然だ。人間にとって一番危険で安心できないのは自然だからな」

「人間が自然を排除しようとしている、というのか?」

「ゴキブリを見てみろ。あんな小さくて儚い生きものを、なぜ顔色変えて踏み潰したり大声を上げて逃げ回ったりせねばならん。自分達の造った安心安全の空間に自然が入り込んで来たからだろう?」

「う〜む理屈じゃの・・・」

「林道が整備されれば、山の木はどんどん伐採されどんどん都会に運ばれて消費されていく。そしてその後に残るのは荒れ果てた山だけだ」

「昨日、養父先生が言っておられました。人は身の回りに意味のあるものしか置かない。山に行けば無意味なもので溢れている。それを排除するから人に余裕がなくなるのだ、と」槇草が珍しく良い事を言った。

「意味のある物とは人工物の事じゃな」

「その通りだ。自然は人間だけのものではない!」鎌鼬が言った。

「分かった。何とかしよう」

「し、師匠!良いんですかそんな安請け合いしちゃって!」

「いざとなったら奥の手がある。しかし今はそれを使わずにやってみよう」平助が言った。「王、槇草、鎌鼬殿と作戦会議じゃ!」


*************************************************


「・・・私は皆さんの生活の利便性また収益率の向上の為に、こうして今日お話に伺った訳です」髪の毛が薄く、でっぷりと太った農林省山林局の役人、池田がスクリーンに映したスライドを指して言った。「この資料をご覧下さい、この道路を今の三メートルから倍の六メートルに拡張し、しっかり舗装すれば、十トントラックも難なく入ることができ、木材の搬出にも大きな力を発揮いたします。また一般道としても活用する事で、災害時の迂回路としても使用することが可能です」

「ばってん、外国産の木材が大量に日本に流入して来ている現在、こん山の木材ば伐り出す事にそげん利益があるとは思えんばい」林道整備反対派の村人が口を開く。

「そんな事はありません」そう言って池田は次の資料をスクリーンに映した。

「これは東京大学経済学部の、山岸修教授がお集めになったデータを参考にして作成したグラフであります。このグラフによりますと、日本の木材の価格も順調に回復しており、十分に採算が取れる結果となっております」

「しかしですなぁ・・・」

()()()()()()()()()()!これは将来を見据えた計画なのであります。今現在の事より、将来若者達が戻って来た時のための投資だと思って頂きたいのです」

「そ、そげんたいねぇ・・・子供達のことば考えるならそれもありかもしれまっせんなぁ・・・」

池田は内心ほくそ笑んだ。

「経済学には『希少性』を前提とする大原則があります。これはどういうことかと申しますと、熱力学の第二法則を認めると言う事です。つまり、永久機関は作れないということなのであります」池田は一気に捲し立てた。

「え、永久機関・・・て何な?」

「更に言えば!」住民の質問を無視して進める。「経済学では、たくさんの選択肢の中から、自分の予算の範囲内で、最も良い組み合わせを選び出す、というような『最適化』を経済人がやっていると想定しております。その経済学のプロである東大の先生が言っているのです。こんなに確かなことはありません」

「・・・・・???」

そこで池田はやや声のトーンを落として言った。

「もし、この度の計画が十分な結果を導き出す事ができなければ、私は土下座して皆さんにお詫び致します・・・」


説明会の行われた公民館から、住民がゾロゾロと出て来た。その中に慈栄の姿を見つけて平助は歩み寄る。

「どうじゃった、住民説明会は?」平助が訊いた。

「見事に養父先生のおっしゃった通りになりました」慈栄が悔しげに答えた。

『ならば平助、お主の計画を実行するまでじゃな』王が頭の中で囁いた。この声は槇草にも聞こえたようだ。

「僕は寺に戻って必要なものを持って来ます」

「うむ、頼んだぞ」


*************************************************


「どうだ、うまく行っただろう?」池田が賛成派の住人、浜岡に言った。

「さすがは池田事務官、見事なお手並みですな」浜岡が持ち上げる。

「あの話法を身に付けておけば怖いもの無しだ」

「今度私にも教えて頂けませんかな?」

「お安い御用。そうすればあんたの懐にも金が・・・ワハハハハ、みなまで言うまい」

その後、浜岡の自宅で賛成派の住民達に接待を受けた池田は、良い心持ちで玄関を出た。辺りはもうすっかり暗くなっている。

「次は測量の時に」見送りに出た浜岡が言った。

「ここまで来れば問題はないでしょう」

「では、よろしくお願いします」

池田は黒塗りの車に近づいた。後部座席のドアを開けて運転手が待っている。

その時、突風が吹いて池田は目を閉じた、小さな悲鳴が起きて人が倒れる音がした。

「どうした、何があった!」ようやく目を開けて周りを見ると全員が蹲って躰のどこかを押さえている。

「山田、どうした!」池田は倒れている運転手に向かって叫んだ。

「わ、分かりません、急に衝撃が走って・・・あっ、脛が切れている!」

見ると山田のズボンの裾が切れて白い肉がのぞいていた。不思議な事に血は流れていなかった。

「な、何だぁ!」池田は慌てて車に乗り込もうとした。すると目の前で座席のシートが切り裂かれた。同時に鋭い金属音がして、黒い車のボディに無数の傷が刻まれて行く。

「あわわわわわわ!」池田は走って車から離れた。「ど、どこか安全な場所は・・・」

また突風が吹いた。池田はそれから逃れるように目の前の竹林に飛び込んだ。


竹林の中は静かだった。枯れ葉を踏む自分の足音だけが聞こえる。

風はもう追って来ない。

「何だったんだ、あれは?」池田は独り言を呟いた。

「お主!」頭の上で声がした。

「わっ!」

「いったいいくら貰った?」今度は右の林から聞こえる。

「な、何を?」

「賄賂だよ」左の林からだ。

「わ、私は賄賂など貰ってはいない」

「嘘をつけ、既に工事業者から受け取っておろうが」上の声が言った。

「御用学者の捏造したいい加減なデータを使って住民を黙らせ」右の声。

「訳のわからん難解な概念でケムに巻く」左の声。

「お主の常套手段じゃろう!」

「ち、違う、私はただ私の役目を果たしただけだ。自然破壊が悪いことは分かっている、だが日本の社会では自分の信念など何の役にも立たないんだ」

「だからと言って、住民を騙してまでやることではあるまい」

「奴らだって補償金が出て、結果的に良い目に合うのだ。同じ穴のむじなじゃないか!」

「そうか・・・ならば仕方がない」右の声が言った。

「な、何だ、何をするつもりだ?」

一陣の風が吹き、ざわざわと竹藪が揺れたと思ったら左右の竹が倒れて来て、次々に池田に襲いかかる。池田は慌てて飛び退いた。

「わっ!」不意に足元を掬われて池田は転倒した。途端にびゅっ!と頭の上で風が鳴りハラハラと髪の毛が風に舞った。

「あ〜残り少ない髪の毛がぁぁぁ!」池田の悲鳴がこだました。

ペタリ、と何かが露出した頭皮の上に貼られた。手で触ってみると大判の絆創膏である。

「計画から手を引け、さもなくば次はこの程度では済まんぞ!」

その声を最後に、竹林は静かになった。池田が見てみると、竹の切り口が鋭利な刃物で斬られたようになっている。

「何だったんだ、今のは?」池田は茫然とその場に立ち竦んだ。


*************************************************


妖怪『鎌鼬』が出た、と言う噂が広がった。それと反比例するように林道整備計画は小さくなり、やがて中止になった。

村は平和を取り戻した。賛成派の連中も祟りを恐れて何も言わなくなった。


「なぜ平助さん達が鎌鼬のふりをしたのですか?」首を傾げて慈栄が訊いた。

「鎌鼬の鎌では、人にかすり傷を負わせるのがせいぜいじゃ。それでは迫力が足りん」

「でも三人と言うのは少々大仰では?」

「なぁに、儂の知っておる飛騨の鎌鼬は三体セットでな、一体が人間の足に噛みつき転ばせ、もう一体が鎌で斬りつけ怪我をさせる。そして最後の一体が薬を塗って行く。じゃから出血が無いのじゃと言われておるのだ」

「ふ〜ん、そうなのですねぇ・・・」

「それよりも、よく寺に刀があったのぅ」

「あら、寺には曰く付きの刀が良く持ち込まれるのですよ。もちろんお祓いしてお返しするのだけれど」

「なに!お祓いは済んでおったのじゃろうの?」

「さあ・・・どうだったでしょうか?」慈栄は悪戯っぽく笑った。





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