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妖怪 王  作者: 真桑瓜
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山爺

突然起こった大音響、カップルを襲った山爺を連携プレーで倒した三人は、玉藻の行方を聞くのだが・・・


「ねぇ、いいだろ紀子さん?」

「ダメ、こんなところで・・・」

「大丈夫、こんな山の中、誰も来やしないさ」

「でも・・・」

「僕ら結婚するんだよ、君のことは僕が一生守っていくからさ」

「俊介さん・・・」

「だから・・・ね」

「うん・・・」

徐々に俊介の唇が紀子の唇に近づいていった、そして・・・

その時耳をつんざくような大音響が鳴り響いた。

「なな、なんだ!」

「なに今の音!キャア!!!!!」

地面が荒れた海のように揺れ、周りの木が次々に倒れて行く。崖が崩れ大きな岩が谷底に向かって落ちて行った。

「おめらこんなとこでなにしてんだ、神聖な山でそったらことすんじゃね!」

「だ、だれだ!」

「山爺じゃ!」

俊介と紀子の視線の先に小さな老人が現れた。

俊介はフッとため息をつく。

「なんだ(あやかし)か、どうせお前も狸が化けているんだろ。そんなのちっとも怖くなんかないぞ」

「そうなの俊介さん!」

「ああ、都会育ちの君にはわからないかもしれないが、ここ四国では怪異は全て狸の仕業さ」

「じゃあ、これも狸?」

「当然だよ、だから驚くことは・・・あっ!!」

突然目の前の老人の背が伸び、身の丈3メートルはあろうかという巨人に姿を変える。

巨人は一つ目だった。口は大きく、右の口角だけが耳のところまで裂けている。

全身が鼠色の短い毛で覆われ、あろう事か手足が一本づつしかなかった。

巨人は一本足で器用に飛び跳ねた。その度に地面を震わせ俊介と紀子に迫ってくる。

「こっちにくるわよ俊介さん!」

「大丈夫、石でも投げつければ本性を現して尻尾を巻いて逃げて行くさ」

俊介は地面に落ちている手頃な石を拾った。

「僕は元甲子園球児さ、これでもピッチャーだったんだぜ」

華麗な投球フォームから、石は一直線に巨人に向かって飛んで行き正確にその目を捉えた。

「グワッ!」

巨人は大きな手で目を押さえ、片方しかない足の膝をつく。

「ほーら見ててごらん、すぐに化けの皮が剥がれるから」

しかし巨人は顔を上げ俊介を見た。目を手で覆っているので見えるはずはないのだが・・・

よく見ると右手の指の隙間から小さな左目が覗いている。一つ目だと思ったのは間違いで、あまりに左右の目の大きさが異なっていたので気づかなかっただけなのだ。

「ゆるさね・・・」

「えっ・・・」

巨人は立ち上がると目を押さえていた手を離し、倒れていた大木を掴んだ。

「ウオォォォォ!!!!!!」

大木を振り上げて二人に襲いかかる。

「うわぁぁぁ!!!」

「キャァァァァ!!!俊介さん話が違うじゃない!」

「お、おかしいな、そんなはずはないんだけど!」

俊介と紀子が悲鳴をあげて逃げ惑うが、巨人は執拗に追いかけてきた。

「待て!殴り殺してくれる!」

ついに崖っぷちまで追い詰められた二人は、恐怖に引き連れた顔でヒシと抱き合った。

「死ねぇぇぇぇぇ!!!!!!!」

巨人は手にしていた大木を二人に向かって投げつけた。

思わず目を閉じた二人・・・

ガッ!

硬いものが木にぶち当たった音?

二人がゆっくりと目を開けると目の前に大木が二つになって転がっていた。

驚いて視線を上げると、そこには真っ黒なセーラー服の女の子が立っていた・・否・・大鎌を振り上げて巨人を威嚇していた。


「山爺!目を覚まして!」

凛は大鎌を右肩に担ぐように構えた。

「誰じゃ、お前?」

「元死神の凛、お婆婆様に頼まれてあなたの目を覚ましにきたの」

「わしの目を覚ますじゃと、お前こそ寝言も休み休み言え、わしは眠ってなどおらんわい。それにうちの婆さんがそんな事をお前などに頼むはずはない」

「ほんとじゃ爺さん!」

巨人・・・いや、山爺が振り返ると、そこに山姥と見知らぬ爺いが二人立っていた。

「婆さん・・・なぜ止める、わしはこの日本を妖怪の国にしたいだけじゃ。もう人間の影に隠れて生きて行くなんぞまっぴらごめんじゃ」

「バカを言うな爺さん、わしら妖怪は人間あっての妖怪じゃ、わしらは人間が邪な心や恨み辛みを持ち合わせているからこそ、その隙間に現れることができるんじゃないか。わしらが人間を制してなんとする、わしらの生きて行く世界を狭くするだけであろう」

「婆さんこそ、いつまでそんな古臭い事を言っておるのじゃ、これからの妖怪は自主性を持って人間たちを導いてやらねばならんのじゃ。見てみよ、世の中には妖怪よりよっぽど妖怪らしい人間がわんさと存在しているではないか」

「爺さん、あんたいつからそんな理屈をこねるようになった?誰にそんな事を吹き込まれたんだい?あの女狐じゃないのかい?」

「黙れ!玉藻殿は関係ない。これはわしが自主的にやっている事じゃ!」

「玉藻殿・・・じゃと?」

「お婆婆もう良い、お前の爺様は完全に玉藻の術中に嵌っておる、何を言っても無駄じゃ」平助が山姥を止めた。

「こうなったら力尽くで術を解くしかなかろう」王が一歩前に出る。

「頼む、なんとか爺さんを助けてやってくれ」

「心得た」

王と平助が山爺を挟むように移動した。凛は相変わらず山爺の正面にいる。

「笑止、お前らがわしを助けるじゃと?千年早いわ!」

山爺が大きく息を吸い込んだ。

「みな耳を塞げ!早く塞ぐんじゃぁぁぁぁ!!!」

天地を揺るがす大音声が山間に響き渡った。それは人の叫び声とも獣の咆哮ともつかぬ、あえて例えれば、雷神が十張の大太鼓を同時に叩き、十の落雷を同時に落としたようなものだ。

「あぁぁぁぁぁ・・・・頭が割れるぅ!!!!!」

「俊介さん、早く耳を塞いで!」

俊介が頭を抱えて地面をのたうち回っている。紀子は俊介に駆け寄って自らの両手で俊介の耳を塞いだ。

「キャァァァァァァ!!!!!」

悲鳴をあげたがそれでも俊介の耳を塞いだ手を離さない。

紀子の耳から血が流れ出した。

凛がゆらりと立ち上がる、歯を食いしばって耳を塞いだ手を離し大鎌を構え直した。

「もう許さない!」

山爺に駆け寄り、一本しかない太い足を横なぎに薙ぎ払った。

フン!吐息を吐いて山爺が跳んだ。一本だが強靭な足がもたらす跳躍力は、人の想像をはるかに超えている。

だがその途端、嵐のような大音声が止んだ。

「ナイスじゃ凛!」

平助が飛んだ。とても爺いとは思えぬほど高く宙に舞い上がった。

昔、松林蝙也斎(まつばやしへんやさい)という剣の達人が、三代将軍徳川家光の前で、袴の裾が屋根の庇に届くほど高く舞い上がったと言うが、それを彷彿とさせる跳躍である。

山爺より高く舞い上がった平助は、折り畳んだ右足を山爺の顳顬(こめかみ)目掛けて蹴り出した。

ガツンと鈍い音がして山爺が落下した。

なんとか片足で着地し、バランスを取ろうとしたが大きくよろめいた。

「今じゃ、王!」

「まかせよ!」

王はよろめいた山爺の前に飛び出した。

「これで終わりじゃ」

両掌を山爺の胸に当て、瞬きの間に、足の底から気を充満させる。

「破っ!」

特大の勁を放った。

山爺はゆっくりと地面に倒れて行った。

さぞや大きな地響きを立てるだろう、と思いきや、山爺は小さな爺さんに姿を変えていた。


「俊介さん大丈夫!」

紀子が俊介を抱き起こす。

「ぼ、僕は・・・?」

俊介は何が起こったのか分からず、辺りを見回した。

「あなたこの人を一生大事にするのよ!」

凛が俊介を見下ろして言った。

「え?」

「この人がいなけりゃ、あんた今頃気が狂って死んでたわ」

「紀子さん・・・」

「なぁに・・・何か言った?俊介さんの声が聞こえない・・・」

俊介は紀子の耳から血が流れているのに初めて気がついた。

「どうしたんだ紀子さん!その耳・・・」

「だからその人はあんたの耳を塞いで庇ったのよ、その結果がこれ」

「そ、そんな・・・僕が守ると言ったのに、僕が守られたのか」

「俊介さんが無事で良かった」

紀子がフッと微笑んだ。

「紀子さ〜ん!!!」

俊介が典子を抱きしめた。

「やれやれ、先が思いやられるわ」

凛は呆れて踵を返し、二人の元を離れた。紀子は若い、いずれ鼓膜は再成されて聞こえるようになるだろう。


「わ、わしはいったい何をしておったのじゃ?」

山爺が半身を起こした。

「爺さん!」

「なんだ婆さん、なぜこんなところにいる?」

「良かった、元に戻ったんだね!」

「なんじゃ、元に戻ったって?」

「あんたずっとおかしかったんだよ、人は襲うわ物は壊すわ大変だったんだから。この人達が居なけりゃ大変な事になっていたんだよ」

山爺が平助たちに視線を移した。

「最後に覚えている事はなんじゃ?」平助が訊く。

「最後?・・・そういえば、山で道に迷った娘御をふもとの町まで案内してやったが・・・」

「どんな娘じゃった?」

「そりゃもう、美しい娘じゃったな・・・」山爺の目がトロンと垂れ下がる。

「玉藻じゃ!」

「爺さん、あんたいい歳をして若い娘なんぞに鼻の下を伸ばしているからこんな事になったんだよ。わかっているのかい!」

「あ、ああ・・・」

「なぁお婆婆、痴話喧嘩はうちに帰ってからゆっくりやってくれ。それより爺さんに玉藻の居場所に心当たりはないか聞いてくれ」平助が言った。

「どうなんだい爺さん?」

「わしゃ知らん、あの娘と別れた後は何も覚えておらんのじゃ」

「全く役に立たない爺さんだよ」

「そうか、それでは仕方がない。次に讃岐の金毘羅坊のところへ行こう」

「みんな悪かったね。そこの男、彼女を大事にしな」

「は、はい!」

いきなり振られてびっくりしたように俊介が答えた。

「それから、あんた達には心から感謝しているよ。土佐に来ることがあったらわしの家に寄っとくれ、最高のもてなしをするからね」

三人はコックリと頷いた。

山姥は山爺を立たせると、後ろから小突きながら山道を降りて行った。

「あれで何だかんだ気の合う夫婦なんじゃろうな」平助が二人の後ろ姿を目で追いながら言った。

「平助爺ちゃん、羨ましい?」

「なな、何が羨ましいじゃ、そんなことがあるものか!」

「おい平助、顔に羨ましいと書いてあるぞ」


凛と王は、不貞腐れた平助を引っ張って、亜空間に続く洞窟に戻って行った。








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