妖怪会議
四国の『妖会』に参加した平助、王、凛、の三人は、訝る妖怪達を説得して高知に向かった・・・
「どんな妖怪だって狸が化けたことにすりゃ、妖怪なんて一匹もいない事になってしまうんじゃよ!」
高知の山姥が口角に泡を飛ばして怒鳴っている。
「またその話か、全く耳にタコができそうだ」
愛媛の隠神刑部がめんどくさそうに答えた。
「儂らがいくら頑張って驚かそうとしても、四国の人間は『また狸が化けとるんじゃろ』言うて全く怖がらん」
「じゃけんどお婆婆、その話は百五十年前の妖会で決着のついたはずじゃ。儂ら狸は他の種族の妖怪には今後一切化けませんと言う誓約書まで書いたんじゃ」
徳島の金長狸が山姥を宥めるように声をかけた。
「そうだよお婆婆、今日はその事を話し合いに集まったのではない。ここで矛を納めんと話が前に進まんぞ」
香川の天狗金毘羅坊が山姥を諭すように言った。
「じゃが金毘羅坊、今回の責任の一端は狸にあろう。四国は狸の土地じゃけん狐など一歩たりとも足を踏み入れさせんと嘯いておったのは狸じゃないか!」
「そりゃあ、まあそうだけど・・・」
金毘羅坊がやり込められてふと目を逸らすと、洞窟の入り口がボウっと明るくなった。
「来たか」
隠神刑部が立ち上がる。
提灯小僧は皆の目がこちらへ向くと、用は済んだとばかりに消えていった。
「この度は御足労いただき誠に恐縮でござる」
「いや、こちらこそ迎えの車まで差し向けて貰ってあいすまぬのう。初めてお会いする、儂は無門平助と申す」
「私は四国狸を統べる隠神刑部、後ろに控えおるは妖会の各県代表、左から土佐の山姥、阿波の金長狸、讃岐の金毘羅坊です」
皆黙って頭を下げた、どうやらこちらを値踏みしているようだ。
「そうか、よろしく頼む」
「おや、そちらのお二人は人ではなさそうだが?」
「ワシを覚えておらぬか刑部殿、一度メロスを・・・じゃなかった百八番をお借りしに伺ったことがある。
「おお、あの時の・・・確か」
「王じゃ、訳あって妖怪をやっておる」
「百八番は役に立ちましたかな?」
「大いに助かったぞ、あらためて礼を言う」
「それはよかった、で、そちらの娘御は?」
「私は凛、元死神よ」
「元とは?」
「王爺ちゃんを殺し損ねて死神をクビになっちゃった」
「なに、それでは王殿の敵ではないか」
「いやいや、話せば長い事ながら、今は孫娘のような存在じゃ」
「そうですか、それはなんとも・・・」不思議ですなぁ、と刑部は言った。
「それはそれとして、まずは火の周りにお座りくだされ、むさ苦しいところではございますが、酒などは豊富にご用意しておりますので」
「それはありがたい、秋とは言え夜道は冷えるからのぅ」
火を囲み酒も一通り回ったところで本題となった。
「この四国で玉藻が暗躍しておるとか・・・」平助が口火を切る。
「はい、あの女狐が暴れているわけではありませんが、奴にそそのかされた我らの仲間が暴れているのです」
「どのような妖怪が暴れておるのじゃ?」
「うちの爺さんが暴れているのじゃよ!」
今までずっと黙って酒を飲んでいた山姥が言った。
「あの女狐め、絶世の美女に化けおって、爺さんの前に現れおった」
「待て、爺さんとは誰のことじゃ?」
「山爺いさ、普段は気のいい爺さんで木こりや登山客を脅かして喜んでいるんじゃが、あの女が現れてからは、あちこちで木は薙ぎ倒すわ山小屋に火をかけるわ、挙げ句の果ては登山客を追い回し崖から転落させおった。とても正気の沙汰とは思えんのさ」
「怪我人が出ておるのじゃな?」
「ああ、わしはいつか爺さんが、人の命を奪うのではないかと心配で心配で・・・」
「山爺いは何か言っておらなんだか?」
「言っておったぞ、この日本を妖怪の国にするとかなんとか、わしらはこのままが一番幸せじゃと言うのに」
「他には?」平助が火の周りに座る妖怪たちを見回した。
「俺のところでは釣瓶落しが暴れている」金比羅坊が言った。
「釣瓶落としとな?」
「普段は木の上から生首を落として、人をびっくりさせるだけなんだが、最近では噛みつかれたり下手をすると喰われそうになったりという被害が相次いでいる。一度奴を諌めに行ったのじゃが。逆に『お前はこのまま人間の陰に隠れて暮らす事に満足するのか』と諌められた」
「ふむ、それも玉藻に吹き込まれたのじゃな?」
「ああ、多分。そんな事を考える頭などない奴だ、きっと言われた事をそのまま俺に言ったのだろうよ」
「う〜む・・・他にはないのか?」
「我ら狸族にとって狐は天敵だ、あんな女狐に惑わされる奴など・・・」
隠神刑部が言いかけた時、それを遮るように金長狸が割り込んだ。
「いや、それがいるのだ刑部」
「なに!」
「いるだろう、わしらの他にも四国の狸を統べる力を持った奴が」
「阿波狸か!」
「そうだ、奴は前からわしやお前を出し抜こうとしておった。だがわしらの力が強うてそれが出来なかったんだ」
「それであの忌々しい女狐と手を組んだというのか?」
「おそらくは女狐の色香に惑わされたのであろうよ。すけべな奴だからな」
「うむむ・・・」
「ほれみろ、だから狸は信用ならんというのじゃ!」ここだとばかりに山姥が口を出してくる。
「まぁ待てお婆婆」金毘羅坊が山姥を抑える。「だとしたら阿波狸の手下どもが我らに反旗を翻す事も考えられるのか?」
「今のところはわしと刑部の麾下の者で押さえ込む事はできる。だが山爺や釣瓶落しのような妖怪が増えると、その混乱に乗じて阿波狸が決起するやもしれん」金長狸が皆を見回した。
「ならば、他の妖怪たちに飛び火せぬうちに山爺と釣瓶落しをなんとかせねばなるまい」
「その通りじゃ平助。狸たちの事は暫く狸たちに任せておいて、ワシらはそちらを鎮めに行くことが先決じゃ」
「行ってくれるか無門殿、王殿、恩に着る」
「待て刑部狸、儂等はまだその者らに助力を乞う事を承知したわけではないぞ、のう金毘羅坊!」山姥が金毘羅坊を振り返る。
「そうだな、狸はそれで良かろうが俺たちはまだその人らを信用したわけじゃない」
「そうじゃ、お主らはあの女狐めとどういう因縁があるのじゃ?」
「うむ、最もな話じゃ。いきなり儂らが来てなんとかすると言うても納得できんじゃろうて」
「私が説明する!」凛が火のそばで立ち上がる。
「私、千年くらい前、京の都で玉藻の恋人をあの世に導いたことがあるの。だってそれが仕事だったから。でも玉藻は怒って私に襲いかかってきたわ。仕方なく応戦して一応やっつける事はできたんだけど、玉藻の怨みは頂点に達した。千年後の今になって私を殺そうと平助お爺ちゃんの道場に現れた」
「ちなみに凛々が死神をクビになった原因を作ったのがワシじゃ」王が口を挟んだ。「それで罪滅ぼしにワシは凛々を助ける事にしたのじゃ」
「儂と王とは竹馬の友、儂も儂の弟子たちも一緒に戦うと誓ったのじゃよ」平助が言い継いだ。
「そうなの、私お爺ちゃんたちには心から感謝しているわ。でも玉藻の妖力は私が戦った千年前とは比べ物にならない程強力になってた。全員で戦おうと決めた時、玉藻がフッと福岡から消えた。それで色々探しているうちに、四国に玉藻が現れたという情報を掴んだの」
「そこで我が、目的を同じくする無門殿らに応援を頼んだと言う事なのだ」刑部が話を引き取った。
「これは想像の域を出んが、玉藻はまず日本を妖怪の国にして盤石の体制を整えてから儂らに復讐を果たそうとしているのではないか。またはその逆に日本征服が本来の目的であり、凛への復讐は二義的なものやもしれぬ。いずれにしても、その手始めが四国だったのではないかと思っての」
「それならば、玉藻の力が強まる前に玉藻を叩いておこうと思ってやって来たと言うわけじゃ」王が話を締め括った。
平助らが話し終えて暫く無言の時が過ぎた。
「なるほどのぅ・・・」山姥がため息をついた。「ならばあながち無関係という訳ではなさそうじゃ」
「お婆婆、狸たちが動けぬ以上我々だけでは荷が重い。この人らに手伝ってもらうのも手かもしれん」
「そうじゃの、ただし一つだけ条件がある」
「なんじゃ?」
「山爺を傷つけんで欲しいんじゃ、爺さんは女狐の術に嵌っているだけで、術が解ければ元の爺さんに戻るはずなんじゃ」
「こちらもご同様、だが傷つけるなとは言わん、釣瓶落しを元の姿に戻してくれたらそれで良い。それでよければよろしく頼む」金毘羅坊が頭を下げる。
「わしもこの通りじゃ」山姥も金毘羅坊に習った。
「うむ、そうなるように全力を上げよう」平助が言った。
「ただし、多少の痛い目は覚悟してもらわねばならん」王が補足する。
「きっと二人を助けるわ、私たちを信じて」
凛が言うと山姥と金毘羅坊が頷いた。
「ではまず山爺を助けに参ろう、婆婆どの案内を頼む」王が言った。
「分かった、では早速出発しよう」
「じゃがどうやって土佐まで行く?」平助が訊いた。
「この洞窟は亜空間へと繋がっておる。そこを通ってそれぞれの棲む山の洞窟に行けるようになっておるのじゃ」
「確か台湾にも同じような場所があったな」王が言った。(当作品ep23『鬼の洞窟』参照)
「四国は霊気の強い場所じゃ、そう行った洞窟は至る所にあるのじゃよ」
「便利なものじゃのぅ」平助が感心している。
「分かったら行くぞ」
山姥が先頭に立ち、洞窟の奥に向かって歩き出した。




