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妖怪 王  作者: 真桑瓜
53/67

剣山


徳島駅に着いた。

改札で駅員に切符を渡し、駅舎の外に出た時にはもう陽は西に傾き始めていた。

「やっと着いたね」

凛が大きく伸びをする。

「さて、これからどうする?」王が訊いた。

「これから向かっても剣山に着く頃には真夜中になっておろう。今日はこの辺りで宿を取るか・・・」

「王先生、無門先生、お久しぶりのす」

声をかけられて振り返ると見知らぬ男が立っていた。腹の突き出た中年の男で、顔がどことなく狸を思わせる。

「はて、初めてみる顔じゃが、そなた儂らを知っておるのか?」

「わかんねのも仕方ないのす、前にお会いして時は狸の姿でしたのっす」

「あっ!お前は五百三番!」王が驚いて目を丸くした。

「あんときゃ遅れてすまねかったのす」

「そうかあの時の、いやこっちこそ世話になった、お陰で時間泥棒から住民を救えたわい」平助が礼を言う。

(当作品ep5『いそがし』参照)

「お主変化(へんげ)の術が得意であったの。で、まだ名前はないのか?」

「お陰さんで百八番まで出世したのす。五十番まで行けば名前ば貰えるのす」

「で、なぜここにいる?」王が訊いた。

隠神刑部(いぬがみぎょうぶ)様のご命令でお二人をお迎えにあがりましたのす。今からこのタクシーで剣山までお送りするのす」

百八番が指差した先を見ると黒いタクシーが路上に停めてあった。

「このタクシーも変化の術で出したのではあるまいの?」

「まさかのっす、変化の術で出したタクシーでは走れないのっす」

「ではこれは・・・」

「ちょっと運ちゃんば騙して拝借したのっす。用が済めばすぐ返すのっす」

「その運ちゃんは難儀しておろう」

「なんのなんの、今頃おらの渡した木の葉の札で競輪でもやってるっす。明日までに返せば問題ないのす」

「それならば良いが・・・」

「平助爺ちゃん、その人だれ?」凛が顔を顰めて訊いた。「なんか獣の匂いがするんだけど?」

「凛は鼻が効くのぅ、これは四国狸の総元締め、隠神刑部の麾下八百八狸のうち五百三番・・・いや今は百八番か、いずれにしても化け狸じゃ」

「化け狸はひどいのっす、せめて妖狸と呼んで欲しいのす」

「すまんすまん、儂が悪かった気を悪ぅせんでくれ」

「いえ、慣れとりますけん・・・で、その娘っこは先生方のお連れさんですか?」

「そうじゃ、凛と申す」

「お久さんからはお二人と聞いておったけんども」

「急遽連れて来ることになったのじゃ。凛は元死神での、今回の騒動の元と見做される玉藻とは深い因縁がある、きっと役に立つはずじゃ」

「そんなら問題なかでっしょ、なら早速出発しますけん車に乗って欲しいのす」

「うむ、世話をかけるの」


王と平助は後部座席、凛は助手席におさまった。

車は国道192号線を吉野川に沿って西に走りはじめる。

「あの右に見えるのが第十堰なのす」百八番が吉野川河口にある美しい堰を指差して言った。「江戸時代徳島藩が築造したもんで青味がかった石はこの近くで採れる石なのす。おいはあの堰が大好きなのす」

「狸のおじちゃんさっきはごめんね」凛が運転する百八番の方を向いて言った。

「何の事のす?」

「獣臭いとか言っちゃって」

「いいのすいいのす、姿は変えられても匂いまでは変えられないのっす」

「おじちゃんも番号で呼ばれてるの?」

「もう少し修練を積めば名前を貰えるのっす」

「私も216号って呼ばれてたわ、今は凛々って名前を貰ってるけど」

「よかったのっす、名前がないのはなんだか寂しい気がするのっす」

「そうだよね・・・」凛がしんみりと頷いた。

「ではこの四人だけに通じる名前を決めようではないか。百八番では話がし辛いでの」王が粋な提案をする。

「あ、賛成!」

「タヌ衛門なんてどうじゃ」

「王爺ちゃんネーミングセンスゼロ、平助爺ちゃんは何かない?」

「そうじゃな、黒岩将監はどうじゃ?威厳があろう」

「そりゃどっかで聞いたような名前のっす。それにそんな立派な名前で呼ばれたらなんだかこそばゆいっす」

「じゃあ・・・そうだメロスがいい!」稟が手を叩く。

「なんで洋風なんじゃ?」

「だって剣山に着くまでなんだし、今だって車を走らせてるんだから『走れメロス』でしょ。どう、おじちゃん?」

「おいは構わんのっす。メロスなんて新鮮でいいのっす」

「じゃあ決まり!」

「メロスか、なんだか釈然とせんがまぁいいじゃろう」平助が渋々首肯した。

「ところでメロス、剣山までの距離はどのくらいじゃ?」王がなんの躊躇(ためらい)いも無く訊いた。

ノーセンスの割にはノリが良い。

「そうのすなぁ、大体100キロくらいなのす。休まずに行って3時間位かかるのす」

「そうか、疲れたら休み休み行くのじゃぞ」

「大丈夫のす、運転は慣れてるのす」

鴨島町を過ぎた辺りでまたメロスが右を指した。

「あの赤い橋を渡れば善入寺島のっす。吉野川にある広大な中洲のっす」

「あれは島なのか、陸地にしか見えんが?」平助が訊いた。

「あの陸地に見えるところの向こう側にも細い流れがあるのっす。橋を渡らねばいけないのっす」

「ふむ、それじゃやっぱり島なのじゃな」

妙なところで感心している。

暫く走ると穴吹町に到着した、『剣山登山口』の表示が見える。ここで国道を離れて南へ向かった。

今度は穴吹川沿いに上流へ向かう。

山間の道でカーブが多く、すれ違いも困難な場所がある。冬などは凍結してとても通れそうもない。

メロスの運転の腕は確かで、危なげなく見ノ越(剣山登山リフトの駅)に着く。

「ここからは歩きになるのす」

「もう大分陽が落ちてきたが大丈夫か?」王が訊いた。

「今から提灯小僧を呼ぶっす。道はついて行けば間違いないのす」

「メロスはいかんのか?」

「おいはタクシーを返しに行くのす。またお会いするのっす」

「メロスのおじちゃんありがとね」稟が寂しそうに言った。

「気をつけて行くのっす」

「うん・・・」

メロスがタクシーを反転させて走り去ると、あたりは急に暗くなってきた。

山道を上の方から小さな灯りが近づいて来る。

灯りがすぐそばまでくると、今まで見えていなかった姿が現れた。

頬をホウズキのように染めた小さな小僧が提灯を持って立っている。

「わぁかわいい!」稟が声を上げた。

提灯小僧は軽く頭を下げると無言で踵を返し山道を登り始めた。

「ついてこいと言うことじゃな」平助が言って小僧の後について行く。

王と凛もその後に続いた。










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