仙狐
仙狐に昔の夢を見せられた平助と王。
突然現れた平安貴族に苦戦を強いられるが・・・
高雄の駅からバスに乗り、沢山の渓谷を渡った。
目的の場所に着いた時には、太陽が真上に輝いていた。
「少し登るぞ」王が言った。
剥き出しの岩肌に、緑が申し訳程度に張り付いている小径を二人で登った。
頂上に着くと丸く開けた平地があった。
「ここでよかろう」王が振り返った。
覗き込むと遥か下に川が流れている。
「落ちたらひとたまりもないな」
「最後の対決の場所にこれほど相応しい場所は無い」
互いに稽古着に着替えると王が言った。
「始めよう」
戦い始めてどれくらいの時間が経過したのだろう。もう陽が西に傾いている。
これからは陽を背にした方が有利だ。今はその位置に王がいる。
眩しさに目が眩んだ時、まんまと王に組み敷かれた。
王は勝利を確信した事だろう。
王が勁を発した一瞬の隙をついて蹴りを放った。
王は崖を滑り落ちた。
「王!」
王の姿はどこにも見えなかった。
「ここだ・・・」王の声が聞こえた。
オーバーハングした崖の窪みに王は引っかかっていた。
空手着の帯を解き、必死に王を引き上げた。
月が煌々と東の空に輝いている。
草に寝転がって月を見ていた。
「人は必ず死ぬ・・・それだけは変えられん」
「長かったような短かったような」王が感慨深げに言った。
「長いと思えば長い、短いと思えば短い」
「良い人生じゃった」
「それも思いかた次第じゃ」
「お前にかかれば身も蓋もない」
「人はただ、淡々と生きて淡々と死ぬ」
「人生に意味は無いというのか?」
「違う、生きている事に意味は無いという事じゃ。人生の意味など後から他人が付けるものじゃ」
「ははは、叶わぬな」
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「先生、王先生!」
「師匠!起きてください!」
槇草とメイメイは空狐を倒した事を報告しようと、平助たちの寝ている居間の前で声をかけた。
が、いくら呼んでも中から返事が無い。
訝しんで障子を開けると、安らかな寝息を立てて二人の爺さんが眠っている。
「どげんしたとね?」
眠い目を擦りながら熊さんが起き出してきた。
「どうしたの?」
天井裏から凛もやってくる。
「師匠たちが目を覚さないんだ」槇草が言った。
凛が枕元から声をかける。
「お爺ちゃん目を覚まして、ほらほらほら!」
凛がペチペチと二人の頬を叩く。
「師匠、師匠、冗談もほどほどにせんね!」
熊さんが二人の躰を乱暴に揺さぶったがなんの変化も起きなかった。
「いったいどげんしたとじゃろ、呼んでも揺すぶっても起きなはらんが」
「見て、笑ってる」凛が言った。
「夢を見ているんだわ」メイメイが寝顔を覗き込む。
その時、居間の電話がけたたましい音を立てて鳴り出した。
「なんじゃろ、こげん夜中に」
熊さんが立って受話器を取った。
「私です御子神です!」電話の向こう側に慌てた声が聞こえてくる。
「なんね神主さんじゃなかね、いったいどげんしたと?」
「それがお久から連絡があって、そちらの上空に銀色の狐火が浮かんでいると言うのです。何か異変はありませんか?」
「それじゃ!」
「え、なんです?」
「ありがたか連絡じゃ、急ぐでまた連絡すっ!」
急いで電話を切った熊さんが玄関に向けて駆け出した。
「凛、弓ば持て!」
外に出ると、なるほど神主の報告通り屋根の上で狐火が燃えていた。
「あれか!」
「あの狐火が先生たちに夢を見せているのね」
「熊さん持ってきた!」
凛が弓を手渡すと、熊さんが矢を番えてキリキリと引き絞る。
狐火に狙いを定めて矢を放つ。
ヒョウ!
矢は緩い放物線を描いて狐火を射抜いた。
狐火は一瞬パッと燃え上がり、ゆっくりと妙心館の屋根に落ちていった。
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寝転がって月を見ていた王が言った。
「平助、月が落ちてくる!」
「なに?」
見ると先ほどまで東の空で輝いていた月が銀色の光の尾を引きながら落ちてくる。
「なんじゃあれは!」
「今まで月じゃと思うておったが・・・」
銀色の光はみるみる近づいてくると、平助たちの目の前で人の姿に変わった。
「うぬ、油断した!」
悔しげに顔を歪めると烏帽子に刺さった矢を抜き取った。
「平助、あれは日本の貴族では無いのか?」
「うむ、平安時代の狩衣のようじゃな」
夜の闇を思わせる深紫の直衣から微かに香の香りが漂った。
男は二人の前で威厳を繕うと、咳払いを一つして低い声で宣った。
「玉藻様の命によりお前たちの命を頂きに参った」
平助と王はゆっくりと立ち上がる。
「こやつ何を訳のわからぬ事を言っている?」
「いきなり現れてワシらの神聖な戦いの余韻を邪魔しようというのか」
「お主、何者じゃ?」
「儂の名は仙狐、玉藻様の直属の部下だ」
「さっきから玉藻玉藻と言っておるが玉藻とは誰じゃ?』
「くっ!ボケ爺いが、自分の置かれている立場を解らぬと見える。少し術が深かったか・・・」
仙狐はイライラと言い募る。
「立場・・・とな?」
「はて、さっぱり解らぬが?」
「ええい面倒だ!解らぬなら解らせてやろう!」
仙狐は腰に佩いた太刀に手を掛けた。
「王、どうやら戦いはまだ終わっておらぬようじゃ」
「平助、ワシの余命お主に預ける。好きに使ってくれ」
「分かった、こやつはどうみたって妖の類に相違ない。お主の冥土の土産に一つ退治してやろう」
「最後に一花咲かせようぞ!」
王と平助はサッと間合いを取って構えた。
平助は正中線上に左右の拳を乗せた右半身。王は両手の手刀を鎌のように曲げた蟷螂の構え。
仙狐は抜いた太刀を右手でまっすぐ上空に突き上げると、左手で印を切って呪を唱え始めた。
「疾!、出でよ烈風刃!」
「うわっ!」
王と平助の立っている地面から無数の刃が飛び出してきた。
かろうじて刃を躱し大きく飛び退いた。
「疾!」
仙狐が太刀を下ろすと刃が地面に収納された。
「疾!」
また太刀を突き上げると刃が飛び出してくる。まるで地獄の針山だ。
「だめだ、これでは危なくて近寄れん!どうにかならんか平助!」
地面を飛び跳ねながら王が訊く。
「儂にもわからん!こんなのは初めてじゃ!」
同じく飛び跳ねながら平助が答えた。
「刃が飛び出してくるのは柔らかい地面の上だけだ!ひとまず岩の上に逃れよう!」
「そうじゃの!」
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「見て!お爺ちゃんたち苦しそう!」
見ると二人の爺いが苦悶の表情を浮かべている。
「どんな悪い夢を見ているのでしょう?」
「この二人を苦しめるなんて、よっぽど怖い夢なんだ」
「じゃっどんどげんかならんとじゃろうか?」
「面白いからもう少し様子を見てみましょう」
槇草の無責任な言葉が、皆の顰蹙を買った。
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「奴の腕の動きと連動しておるようじゃの」
小さな岩の上に飛び乗って王が言った。
「然り、儂が囮になる、奴の腕が下がった時一気に飛び込むのじゃ」
やっと立てるくらいの小石の上で平助が答える。
「ちょこまかと逃げおって、往生際の悪いやつらめ」
平助が目を瞑って呼吸を整えると、「やっ!」と気合を発して飛び上がった。
「疾!」仙狐の腕が上がる。
真下から刃が飛び出した。
ガキッ!刃先が石を突いてぽきりと折れた。
平助の足の指に先ほど立っていた小石が握られている。
「疾!」仙狐の腕が下がった。
「今じゃ!」
王が小岩を蹴って飛んだ。飛びながら両掌を仙狐に向けて伸ばす。
仙狐が腕を上げる前に渾身の勁を放った。
仙狐の躰が崖っぷちまで吹っ飛んで行った。
「やったか!」
「なかなかやるな・・・」
仙狐がふらりと立ち上がる。
「少し距離が遠かった!」
「王、トドメを刺すんじゃ!」
「無駄だ・・・」仙狐が印を切る。
地面から生えた刃が一斉に飛び上がって宙を舞う。
刃が縦横無尽に飛び交って、まるで生き物のように二人を切り刻もうと襲ってくる。
体を躱しながら逃げ惑った。
「武器が欲しい・・・」
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「平助爺ちゃんが何か言ってる!」
「なんじゃと?」
凛が平助の口に耳を寄せる。
「武器・・・武器って・・・」
「武器っていったい何が欲しいんですか!」槇草が大声で訊いた。
「刀・・・」
「ワシは柳槍・・・」
「刀と柳槍だって」
「きっと先生たち夢の中で戦っているのよ」
「じゃっどん刀はあるばってん柳槍はなかぞ」
「日本の槍でいいでしょう、贅沢は言ってられない」
「よし道場から取ってこよう」
槇草が立ち上がった。
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「王、儂はそろそろ限界じゃ!」
逃げながら平助が弱音を吐いた。
「お前らしくもない、諦めるのか!」
「お主と一緒にあの世に行くのも悪くないと思ってな!」
「バカな!儂の余命は決まっておるのじゃ。お前はまだ生きられる、最後まで諦めるんじゃない!」
「そうはいってもな、もう足がヘロヘロじゃ!」
「実はワシもなのじゃ・・・」
「そろそろ終わりにしよう・・・疾!」
仙狐が腕を振り回すと、刃が勢いを増して襲ってきた。
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「これでいいかな?」
槇草が鬼切丸を平助の腕に抱かせた。
「柳槍じゃ無いけど我慢してね先生」
メイメイが王に槍を持たせる。
「届けばいいけど」凛が心配そうに呟いた。
「大丈夫じゃ、あん二人のこつやけん心配せんでよか!」
熊さんが言い切った。
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「なんじゃこれは!」
突然手の中に現れた刀を平助は訝った。
「平助、考えている暇はない!」
王の手には槍が握られている。
「その通りじゃな」平助がニヤリと笑う。
「王、決着をつけようぞ!」
「もとより、そのつもりじゃ!」
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「見て、お爺ちゃんたち笑ってる!」
「そうか、届いたんだな」
「よかった!」
「ふう、これでもう心配なしじゃな」熊さんがホッと胸を撫で下ろす。
「あれ、熊さんさっきは自信たっぷりだったじゃない」
「ありゃ、から元気たい。ばってんこの武器が届いたなら鬼に金棒じゃけん」
「さあ、安心して高みの見物と洒落込もう」
またしても槇草の失言に、全員が呆れ返ってため息を吐いた。
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「撓らんからやりにくいぞ」
笑いながら槍を振るう王は、左手を支点にし右手で槍尻を持って円を描くことで、穂先を高速回転させ、仙狐が操る刃を払い叩き打ち落とす。
「柳槍ならもっと上手くやれるのに残念じゃ!」
「文句を言うな、得物があるだけ御の字じゃろうが」
鬼切丸を手に、次々と刃を跳ね返している平助が王を諌めている。
どうやら形成逆転、爺いたちは戦いを楽しむ余裕を見せ始めていた。
「くそっ!なぜ武器が奴らの手に・・・」
仙狐がわけがわからぬと言った顔で呟いた。
「仙狐とやら、そろそろ刃も尽きるが言い残すことはないか?」
平助が二本の刃を同時に打ち落としながら言った。
「平助、其奴はワシに任せてくれ」
王が最後の刃を穂先で跳ね上げると、槍を大きく回転させて上から叩き落とした。
刃はキンと高い金属音を発し、地に落ちて動かなくなった。
仙狐は太刀を上段に引き上げると、柄頭の下から王を睨みつけた。
「もう勝った気でいるのか?」
「ワシはもうすぐ死ぬる身じゃ、命など惜しゅうはない。じゃが朋友との神聖な勝負を汚したお前は絶対に許さん」
「そんな事は勝ってから言え!」
「よかろう、かかって参れ!」
王は槍を仙狐に向けて構えた。
仙狐は太刀の柄から左手を離すと口元で印を切った。
「疾!」
途端に黒い霧が湧き上がり仙狐の躰を覆い隠して行く。
王は静かに目を閉じた。
心を澄ませて気を槍の穂先に込める。
真っ黒い霧は王の姿も平助の姿もすっかり飲み込んでしまった。
風の動く気配がした。
「そこじゃ!」
王はカッと目を開き、渾身の力を込めて槍を突き出した。
ケーン!
狐の断末魔の叫びが黒い霧と一緒に消えて行く。
「やっと終わったな」平助が王に歩み寄る。
王の足元には狩衣を着た六尾の狐が横たわっていた。
「そろそろ帰ろう」
「みな心配しておるじゃろうな」
「最終のバスは何時じゃ?」
「もう間に合うまい」
「そうか、ではターミナルの待合所で一夜を明かして明日の朝一番のバスで帰ろう」
「平助、お前と出会えて良かった」
「儂もじゃよ・・・」




