結界を出る
気狐を倒して一つ目神社に駆け戻った熊さんを、銀色の狐火が空から見ていた。
敵の動きを誘うため、自ら結界を出た平助たちは一度妙心館に戻る事を決意する・・・
一つ目神社の拝殿にすごい勢いで熊さんが飛び込んできた。
「凛、無事じゃったか!」
「あ、熊さん無事だったのね!」
「途中誰かに襲われんじゃったか?」
「ううん、何事もなかったわ」
「気狐という奴が仲間が待ち伏せとるなんぞと言うから心配しておったんじゃ」
互いの無事を確かめ合って二人が胸を撫で下ろすなか、平助が熊さんに訊いた。
「凛から話は聞いた、やはりあの神社にいたのじゃな?」
「じゃっどん、おいたちが見たのは野孤と気狐ちゅう二匹だけじゃっで、後は確かめられんかったとです」
「その二匹は倒したのじゃな?」
「なんとか・・・じゃっどんほんに危うかったですたい、槇草さんの鬼切丸がなけりゃやられとったかも知れん」
「それはよかった、鬼切丸をお貸しした甲斐がありましたよ」
「ほんに凄か刀じゃ、灯籠を真っ二つにしても刃こぼれ一つついておらん」
「え〜灯籠をぶった斬ったんですか、もっと大切に扱って欲しいなぁ」
「師範代のケチ!こうして熊さんが無事帰って来たんだからいいじゃない」凛が口を尖らせる。
「まぁ、そうだな・・・でも鬼切丸が妖狐に有効だと言う事はわかった」
「ですが相手は妖狐、油断はできません」メイメイが話を戻す。
「二匹がいたと言うことは他の奴らも居たと思って間違いはなさそうじゃな」
「無門先生、私もそう思います。あの辺りに他に潜む場所はありませんから」御子神が言った。
「だが敵にもこちらが気づいた事を知られた訳だ」王が表情を引き締める。「凛々、熊さん誰かにつけられなかったか?」
「さぁ、私夢中で飛んで来たから・・・」
「おいも凛が心配で駆け戻って来たけん、後ろばみる余裕のなかったたい」
「そうなるとこの場所を知られた可能性がある・・・」
王が言った時、雲外鏡が怪しく光り出し、皆の視線がそこに集まった。
「皆さんお久しぶりです」
鏡面に映ったのはおかっぱ頭の一つ目の女の子だった。
「あっ、あなたはお久ちゃん!」メイメイが声を上げた。
お久は一つ目神社裏の草原に棲む、一つ目族の族長の娘である。(当作品ep8『精螻蛄』参照)
「その節はお世話になりました」雲外鏡の向こうでお久が頭を下げる。
「ワシを覚えておるか?」
「忘れるはずはありません王先生。命を救ってもらった御恩はどれだけ感謝しても足りるものではありませんもの」
「そうかそうか、ワシも頑張った甲斐があったと言うものじゃ」王が懐かしそうに目を細める。
「無門先生もありがとうございました。土地の権利書を神主さんに預けていただいたお陰で、一つ目族は安心してここに棲み続けることができます」
「それは良かった。儂も嬉しいぞ」
「それでお久、今日は何の用ですか?」御子神が訊いた。
「その事ですが、この神社の上空に銀色の狐火が二つ浮かんでいるのが見えるのです」
お久がいるのはこの神社の裏の草原だ、本殿の屋根がよく見える。
「う〜む、やはりつけられておりましたか」御子神が唸る。
「しまった、もっと気をつけるんじゃった!」
「構わん、いつかは知れる事じゃ。それよりもお久、その狐火は何をしておるのじゃ?」平助が訊く。
「さあ、別に何もしておりません。ただじっと社殿を照らしておりますが」
「この神社は結界で守られており、この神社に災いを及ぼす者の侵入を許しておりません」御子神が言った。
「それで入ってこられんのじゃな」
「平助、ワシが行って確かめてこよう」王が言った。
「先生、それは弟子の務めです」メイメイが立ち上がる。
「嫌だなぁ、それじゃ僕の立場がないじゃないですか。僕が行きますよ」槇草も立ち上がった。
「じゃっどんこうなった責任はおいにあるたい。おいが行っのが筋じゃっで」
「それを言うなら原因を作ったのは私よ、私が行くわ!」
皆自分が行くと言って後に引かない。
「まぁ待て、お主ら困った奴らじゃのぅ、ただ自分が戦いたいだけではないのか?」
平助の言葉に全員が押し黙った。
「これでは埒があかん。こうなったら仕方がない、儂が行こう」
全員の冷たい視線が平助に注がれる。
「何が仕方ないじゃ、お前がやりたいだけではないか!」王が抗議の声を上げる。
「そうですよ師匠、ずるいなぁ」
「まぁまぁ皆さん、敵は暫く入ってこられないわけですから少し冷静になって作戦を練り直しましょう」御子神が大人の意見を宣った。
「あ、皆さん狐火が引き上げていきます」お久の声が雲外鏡から聞こえた。
「なに!」
「結界があるので諦めたのではないですか?」
「そうかも知れんな。じゃがこのままではどちらも動きようがない。一度妙心館に戻ろう」
「そうか、結界を出て敵に隙を見せるのですね」
「そうじゃ、装備を整えて敵を迎え撃つ」
「では私はここで情報を集めます。お久、あなたも手伝ってくれますね」御子神が言った。
「わかりました、何か分かり次第またご連絡いたします」
お久の姿が雲外鏡から消えた。
槇草が立ち上がった。
「では皆さん、妙心館に戻りましょう。車に乗ってください」
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「野孤と気狐が功を焦ってやられてしまった。空狐、仙狐、あなたたちならどうしますか?」
十二単を纏った玉藻は拝殿の床に座すと二匹の妖狐に尋ねた。顔は相変わらずメイメイのままだ。
「あの二匹は所詮未熟者。私らのように自在に神通力を操れるような存在ではありません」僧形の空狐が答えた。
「あの二匹がやられたとて、何の痛痒も感じませぬ。それどころかあの二匹にやっとのことで勝ちを得た敵の実力など知れたもの。奴らなど空狐一人で十分でありましょう」平安貴族に借体した仙狐が薄笑いを浮かべる。
「しかし、あの神社の結界は破れなかったのでしょう?」
「はははははは、無理に破ろうとしなかっただけです。亀のように甲羅に閉じこもった相手をいたぶるのは我々のような格の高い者たちのする事ではありません」
「そうですか、では空狐に任せることに致しましょう」
「ありがたき幸せ、あんな奴らなどあっという間に叩き潰してご覧に入れましょう」
「ただ一つ、良いことを教えて差し上げましょう」
「何でございます?」
「敵は一つ目神社を出ております」
「何ですと!それで何処に・・・」
「妙心館と言う武術道場に拠点を移しました。自ら結界を出たのです、よほど自信があるのでしょう。それとも巧妙な罠かも知れません」
「奴らが何を仕掛けてこようとも、この空狐に通用するわけはございません。安心してお任せください」
「そうですか、それではお行きなさい」
「御意!」
「ふふふふ、奴ら自ら破滅の道を選んだか。あの神社に隠れて居れば少しは命長らえたものを」
空狐は一人ほくそ笑んだ。




