気狐
凛を叱って無理やり帰した熊さんは、幻術を使う妖狐気狐に一人立ち向かう・・・
「あの娘を帰しちゃって大丈夫?」
「どう言う意味じゃ?」
「私の仲間が待ち伏せしてるかも知れないわよ」
「なに!」
「あら可愛い、本気にしちゃったのね」
「嘘か?」
「さあね、それを知りたかったらさっさと私を片付けることね」
「言われんでんそうすっつもりじゃ!」
「私は気狐、覚えておいてね。最もあなたが死んじゃったら無駄になっちゃうけど」
「御託はよか、さっさとかかってこんか。こんならこっちから行っぞ!」
熊さんは鬼切丸の鯉口を切ると同時に地を蹴った。音もなく鞘を離れた刀身が目の前の気狐の胴を真っ二つに断ち斬った。
筈だった・・・手応えは確かにあった、地に倒れる地響きも感じた。
だが、声は後ろから聞こえてきた。
「その程度の腕じゃ、空狐だって倒せないわよ」
振り返りかけてふと足元を見ると、石の灯籠が真っ二つになって倒れている。
「おぬし幻術ば使うとか?」
「ほほほ、まだ修行中の身だけどね」
「修行中じゃと?」
「そうよ、さっきの野孤は論外だけど私たちは神や仏や仙人になる修行をしているの」
「何が神や仏や仙人じゃ、ただの妖じゃろうが」
「あら、それは心外ね。人で無いものがその修行をするのは人にはわからない苦労があるのよ」
「そげなもんわからんでよか。おいは凛ば狙う輩を叩き斬るだけじゃっで」
「おお怖い、随分とご執心じゃない。あの娘あなたの何なの?」
「娘みたいなもんたい、そん娘ば親が守っのは当たり前のこっじゃろ」
「ふ〜ん、なんだか羨ましい」
「なんてな?」
「まぁいいわ、今の私は玉藻様の命令通りに動くだけ・・・」
気狐はいつの間にか両手にナイフを持っていた。しかも柄ではなく刃の方を・・・
「長々と御託を並べてごめんなさい。じゃあ、行くわよ」
「こい!」
何の予備動作も無く気狐の手からナイフが飛び出した、熊さんに構える暇を与えない。
咄嗟に躰を丸めて右に飛んだ。
受身をとって立ち上がったところに二本目のナイフが飛んでくる。
躰を捻って躱したが左の肩を掠めていった。
生温かいものが染み出してくる。
どこから出したのか、気狐の手にはまたナイフが光っている。
「キリん無か!」
熊さんは真っ直ぐ気狐に向かって走り出した。
続け様に二本のナイフが放たれる。
一本目を剣で跳ね上げ二本目を身を沈めて躱すとそのまま気狐の前まで転がった。
気狐が驚いて目を丸くした。
その勢いのまま立ち上がり、剣を袈裟懸けに斬り落とす。
ギャン!
気狐は左肩から右の脇腹までを斬り裂かれて崩れ落ちた。
「ご、ごめんなさい、はしたない声を出しちゃったわね」
両手で躰を支えながら気狐が身を起こす。
「よか、斬られりゃ誰でん声くらい上ぐっ」
「その刀よく斬れるわね」
「姑獲鳥にもろうた霊刀たい、借りもんじゃがな」
「そう、なら最後のお願いを聞いてくれる?」
「なんでん言うてみ」
「その刀で私の首を刎ねて」
「そしたらどげんなる?」
「神様のところへ行けるわ」
「わかった、望み通りにしちゃるけん」
熊さんが気狐の横に立つと、気狐は跪いて躰を少し前に傾ける。
「そういや、おいの名ばまだ名乗っちょらんやったな」
「教えてくれるの?」
「前田行蔵」
「覚えておくわ」
「介錯いたす・・・」
鬼切丸が一閃すると、気狐の首は宙に舞い上がり狐火となって夜空に消えていった
飛んだ首が笑っているように見えたのは気のせいだろうか?
夜空を見上げていた熊さんがハッとして我に帰る。
「こげなこつしとっ場合じゃなか、早よ凛ば追わな!」
熊さんは拝殿の前から真っ直ぐ狛狐の間を通り抜けると石の階段を駆け降りていった。
拝殿の上には上弦の月に代わって銀色の狐火が浮いていた。




