再び日本へ
メイメイから電話を受けた台湾の王。
死神が妙心館に現れたと聞いて、急遽飛行機に飛び乗った。
空港のロビーでメイメイと落ち合い、タクシーで妙心館に向かったのだが・・・
「王先生、日本から国際電話あるね」
ここは台湾、高雄の王武館道場。使用人の包が食堂に入ってきて告げた。
「何、日本から?」
「若い女の人あるね、早く出ないと先方さんの電話代上がっちゃうよ」
「分かった」
王は急いで椅子から立ち上がり廊下に出た。
道場に続く廊下の隅に受話器を外した状態で電話が置いてある。
王は急いで受話器を取った。
「もしもし」
「王先生、私ですメイメイです」
「メイメイか、元気にしておるか?」
「はい、先生こそお変わりありませんか?」
「うむ、龍宮で『鉄の鯨』と戦って以来、とんと面白いことがなくてな。毎日退屈しておったところじゃ」
「それは良いところにお電話致しました」
「良いところ?」
「実は先生のお命を狙う死神の娘を妙心館で預かっているのです」
「なに、ほんとか!」
「黒いセーラー服のお団子頭に覚えがありませんか?」
「た、確かワシが股を潜った死神じゃ」
「やはりそうでしたか。あの死神はまたいつ先生のお命を狙うか知れたものではありません。今のうちに排除なされてはいかがです?」
「排除と言ってもなぁ・・・ワシはいまだに申し訳ないと思っておるのじゃが」
「いえ、あの死神は危険です。逆恨みをして無門先生や熊さんを死の世界へ誘うかも知れません」
「なに、平助たちをか?」
「今は従順に大人しくしておりますが、いつ牙を剥くか私心配で心配で・・・私ではとても歯が立ちませんから」
「わ、分かった。すぐに日本へ飛ぶ。それまで妙心館から目を離さないでくれ」
「承知いたしました。ではお待ちしております」
ガチャリ・・・ツーツーツー
「急がねば平助が危ない・・・」
王は弟子の李子龍への挨拶もそこそこに、台北から飛行機に乗ため高雄駅に急いだ。
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時は平安末期、場所は京のはずれ。
私はまだ『九尾の狐』として完全な力を持たぬ若き妖であった。
人の姿を借り名を玉藻と偽って暮らしていた。
私はある夜、病人を救うため祈祷に来た若き陰陽師、藤原圓と出会う。
純粋で穏やかでどんな妖の気配にも恐れない男。
だが、圓はすでに“短命の星“の元に生まれついていた。
病に倒れ日々魂が削られて行く。
私は圓を救うため禁呪の術を使った。それは人の命を延ばす『延命の術』・・・それは本来死神の領分。
祈りの夜、私の前に現れたのは真っ黒い巫女の装束を纏った娘、手に大鎌を携えた死神だった。
「その男の命は定められているわ」
「やめて・・・彼はまだ生きたいと願っているの」
「お前は妖よ、死に触れる資格は無いわ」
怒りと悲しみに駆られ、私は死神に挑んだ。
九つの尾が揺れ炎が夜空を焦がす。
けれど死神は無言で鎌を振い、圓の魂を連れ去った。
「圓を返して・・・」
私は泣いた、でも頬を伝ったのは涙ではなく金色の狐火だった・・・
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「凛ちゃんいる〜?」
妙心館の玄関をガタガタいわせながらメイメイが声をかけた。
「メイメイさんじゃなかね、凛は師匠のたばこば買にでとうばってんもうすぐ帰って来っころたい。ちょっと上がって待っとかんね」
居合の一人稽古をしていた熊さんが、刀を鞘に納めながら言った。
「じゃあそうさせて頂きますね」
メイメイは靴を下駄箱に入れて道場に足を踏み入れた。手に買い物かごを持っている。
「そん買い物かごはなんね?」
「あ、これ?実は今日の仕事が急にキャンセルになっちゃったんです。陽さんも出張でいないからこの機会に私が皆さんに回鍋肉を作って差し上げようと思って」
「回鍋肉、そりゃ中華じゃなかね!ほんにありがたか〜、近頃はイワシばっかりで辟易しとったとこですたい」
「まぁ、そうなんですの?」
「凛のやつ、イワシ料理ば教えたらそればっかし作りよる。馬鹿の一つ覚えじゃ」
「ひどいわ、凛ちゃん一所懸命なのよ、可愛いじゃない」
「そりゃそうばってん・・・」
「いいわ、今日は私が凛ちゃんに中華の手解きをしてあげる」
「そりゃ良か、凛のレパートリーが増えりゃおいも楽んなる」
「その代わりと言ってはなんですが・・・」
「ん、なんね?」
「玄関の建て付けなんとかなりません?」
「ああ、あれか。おいもなんとかせんばならんと思うとったところじゃ。二人が料理ば作っちょる間に直しとくけん」
「お願いしますね」
「おお、まかせんしゃい!」
ガタガタガタ・・・「も〜この引き戸なんとかならないの〜!」
熊さんが大工道具を持って玄関に現れた時、ちょうど凛が帰ってきた。
「お、凛戻ったか、メイメイさんの来とるぞ」
「ただいま熊さん、え、どこに?」
「今台所で料理の準備ばしよんなる。今日はおはんに中華ば教えてくるっちゅう話したい」
「えっ中華、嬉しい〜!」
凛はいそいそと道場を横切って台所に向かった。
「あ、こら、靴ば下駄箱に入れて行かんか・・・ほんにしょんなかやつじゃ」
「久しぶりじゃの、メイメイ」
福岡空港のロビーで王はメイメイを見つけて声をかけた。
「お久しぶりです王先生」
メイメイは丁寧にお辞儀をした。
「姿を消して飛行機に乗るのも骨が折れるわい。ちょうど空席があったからよかったものの、なければ立ち席じゃ」
「それはお疲れ様でした」
「ところで電話で言っておった事は本当か?」
「はい、私が台湾での顛末を無門先生にご報告にあがったとき、天井からいきなり死神が現れて先生の居場所を教えろと迫りましたの」
「それで、教えなかったのか?」
「当然です、先生を危険な目に合わせることなどできませんから」
「それでは死神は納得しなかったろう」
「はい、やむを得ず私が太刀合いましたが、すんでのところで切り刻まれるところでした。そこを無門先生が助けてくださったのです」
「それがどうして妙心館に住み着くようになったのじゃ?」
「その死神は上手く無門先生や熊さんに取り入って、王先生のおられた天井裏に置いてもらうことになったのです」
「なぜワシを狙っていると思ったのじゃ?」
「私にしつこく先生の居場所を尋ねるからです。それも無門先生や熊さんのいないところで」
「むう、それは確かに怪しいな」
「どうか先生のお力で死神をやっつけて頂けませんか。そうしないと私、心配で夜も眠れません」
「そうか、よし分かった。すぐに妙心館へ乗り込もう」
「お願いいたします」
王は歩き出そうとしたが、ふと振り返ってメイメイに尋ねた。
「・・・しかしメイメイよ、少し香水がキツくはないか?」
「あら、そうですか?最近の日本の美容界はこれくらいがトレンドなのですよ」
「トレンド?それはなんじゃ?」
「流行ということです。さ、そんなことはお気になさらず、早速タクシーで向かいましょう」
「そ、そうじゃな。では行こう」
王はメイメイと共にタクシー乗り場に向かって歩き出した。
「肉じゃ肉じゃ!肉の顔を見るのはどれくらいぶりかのぅ!」
平助が歓声をあげた。
「さあ、ようわからんばってん半年ぶりくらいじゃなかろうか」
「まぁ、そんなに?」
「私もここに来てから一度も食べた事ないわ」
「皆さん余程お魚がお好きなのですね」
「そげんこっちゃなか、ただ肉は高うて買えんかっただけじゃ」
「それは儂に対する当てつけか?」
「師匠、そうじゃなかばってん、もっと弟子ば受け入れんにゃ道場経営も破綻すっですばい」
「そうは言うが、最近の若い奴らは辛抱が足りん。儂がちょっと厳しくしたら次の日にはもう来なくなるじゃないか」
「そこはそれ、上手に煽ててですなぁ・・・」
「嫌じゃ嫌じゃ、心にもない事を言うて引き止めるくらいなら辞めてもろうたほうがマシじゃ」
「困った師匠ですなぁ」
「無門先生のお気持ちもわかりますわ。根性のない弟子を教える事ほど不毛な事はありませんもの」
「お爺ちゃん嘘は苦手だもんね」
「わかりました。私が時々今日のように料理を作りに参りますわ」
「わぁ、そしたら私も料理を教えてもらえるから一石二鳥じゃない!」
「い、いやそんな迷惑はかけられん」
「お気になさらずに。最近うちの近所に安いスーパーができましたのよ。でもそこは塊でしか売ってくれなくて。うちは二人ですからいつもあまらせてしまいますし、冷蔵庫(木造で氷を入れて冷やすタイプ)に入れておいても長くは持ちません。皆さんに食べて頂ければそれこそ一石二鳥」
「師匠、お言葉に甘えときまっしょ。恩返しはいつかこん道場が大盛況になった時にすればよか」
「そんな日が来れば良いが・・・」
カラカラ・・・・・・ガッシャン!
「なな、なんじゃ、この引き戸はもっと建て付けが悪かった筈じゃ!」
玄関から慌てた声が聞こえてきた。
「あっ、さっきおいが直しといたけん・・・じゃっどんあん声は?」
「王じゃ!王が来ておる!」
「えっ、先生が!」
「なんだって!私の股を潜ったあのエロ爺いが来たですって!」凛が素早く立ち上がる。「今度こそ絶対許さない!」
「あ、待て凛!」
平助の制止も聞かず、凛は居間を飛び出して行った。




