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妖怪 王  作者: 真桑瓜
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ひょうすべ

雷獣が宮崎の山奥に出現したとの情報を得た平助たちは、槇草の運転する三輪トラックで現地に向かう。

市房山で遭遇したひょうすべから聞いた話は驚くべきものだった・・・


雲外鏡がボウッと明るくなった。

「神主殿、雲外鏡が光り出しましたぞ」平助が御子神の後ろに目をやった。

「おや、早速反応がありましたね」

「その雲外鏡には大雪山でのズゥーとの戦いの折にも世話になった」

「またお役に立てて雲外鏡も本望でしょう」

雲外鏡に映った影が徐々に鮮明になっていく。

「どうやら筬火(おさび)のようです」

「筬火とな?」

「宮崎県の妖怪です。昔、(おさ)(機織りの道具)を貸した返したで争っていた二人の女が、三角池に落ちて死に、その怨念が人魂になったもので、今でも雨の日に二つ並んで現れるそうです」

雲外鏡に二つの人魂が映し出された。火の中に目玉が怪しく光っている。

「雷獣を探しているのはあんたかい?」

「雷獣を探しているのはおまえかい?」

声がシンクロしている。

「この人は私に聴いたんだ」

「いいや違うね、私に聴いたのさ」

「なんだい、文句があるのかい」

「あんた、やる気かい」

二つの人魂が喧嘩を始めた。

「ちょっとお待ちなさい、私はお二人に尋ねたのですよ」御子神が(なだ)めるように言った。

「そんなら私が先に答えるよ」

「いいや、私が先だ」

「ちょっと待って!困った方たちだ・・・」

「そんならこげんしまっしょ」熊さんが言った。「おいと槇草さんが腕相撲をすっで、勝つ方を当てた方が先に答えんね」

「ちょっと熊さん!何勝手なことを・・・」

「こん前の道場での勝負、まだ決着のついとらんやったでっしょ。いい機会じゃっでここでハッキリさせまっしょ」

「それは良い、長年の因縁に決着がついて一石二鳥じゃ」平助が囃し立てた。

「お爺ちゃんはどっち?私は熊さんに賭ける!」

「おいおい、なんか目的がずれてないか」槇草が不満げに口を尖らした。

「妙心館の皆さん今はそんな・・・」

「わかった、もういい!」右の筬火が苛立たしげに叫んだ。

「人間の争いは醜いもんだね。私らだけはああはなりたくないもんだ」

左の筬火が呆れて雲外鏡からこっちを見ている。

「では右の筬火さんからお答えください」ここぞとばかり御子神がクイズの司会者のように手で指した。

神主もなかなかノリが良い。

「私は市房山で雷獣を見た、あそこは修験道の聖地だよ」

「では左の筬火さんどうぞ」

「私は桑原山で見たよ、あの山は神楽と民話の山だからね」

「ふ〜む、どちらも椎葉地方の山ですね」

「ああ、雷獣は黒雲に乗って二つの山を行き来していたのさ」

「だけど変だよね、雷を落とすのは決まって市房山の方だ」

「そうだ、そうだった、何でだろうね?」

「私にはわかんね」

「私もわかんね」

筬火たちは首?を傾げて黙ってしまった。

「お二人ともありがとうございます、それだけ分かれば十分です」

「そうかい、役に立ったかね」

「またなんかあったら私らに尋ねな」

「はい、本当にありがとうございました」

雲外鏡が少しづつ曇って、光を失った。


「神主殿、今の話をどう思う?」雲外鏡が元に戻るのを待って平助が尋ねた。

「そうですね、二人の意見は違っていましたがどちらも雷獣を見たことは間違いなさそうです」

「じゃな、じゃがどちらの山に行けば良いのじゃ?」

「私は桑原山が気になります」

「ほう、それはどうして?」

「皆さんは雷から逃げる時『くわばらくわばら』と口にしませんか?」

「確かに訳もわからず口の中で唱えとる」

「あれは道真公の領地だった場所の名が桑原だったからだと言う説があります」

「まさか自分の領地に雷は落とさんからな」

「ですから道真公のペットである雷獣が桑原山をねぐらにしていてもおかしくはありません」

「ふむ、だとしたら市房山には何があるのじゃろう。なにやら目的があっての行動のようじゃが」

「わかりませんが、まずそれを調べるのが先決でしょう」

「うむ一理あるな。ではどうやって宮崎まで行く?」

「方法は二つ、一つは鉄道を使う事です」

「そいならおいがしっちょる」熊さんが手をあげた。「博多から宮崎まで日豊本線で行く。急行『日向』なら8時間20分ほどじゃ」

「ひえ〜結構かかるな!」槇草がすっとんきょうな声を上げた。

「じゃが首尾よく雷獣を捕まえたとしてどうやって連れ帰る?」

「江戸時代、鮫ヶ橋で和泉屋吉五郎という商人が鉄網の籠で雷獣を飼っていたという記録があります」

「だったらトラックで鉄網を運ぶしかないな」槇草が言った。

「鉄網はどげんすっとじゃ?」

「それなら私に考えがあります。私の知り合いに鉄工所の親父がおります、その者に頼めば・・・」

「でも目的を聞かれたらなんて答えるの?」凛が訊いた。

「大丈夫です、昔鉄工所に棲みついた悪霊を払ってやったことがありますから、訳を話せば納得する筈です」

「じゃったら魚屋の親父に三輪トラックを借りるほかなかでっしょ。仕入れのなか土日なら貸してくれまっしょ」

「でもトラックで宮崎までどのくらいかかるの?」

「ほぼ半日、椎葉村まで行くことを考えると2〜3時間は余分に掛かるかと」

「うわ〜夜を徹して走らなければいけませんね!」

「運転は任せたぞ槇草!」平助が言い切った。

「え〜僕がですか!」

「他に運転できるものがおらんじゃろ」

その場の全員がジッと槇草を見た。

「わかった、わかりました、運転すればいいんでしょ、運転すれば!」

「わ〜ステキ師範代!」

「さすがじゃ!」

「うぬ、一番弟子だけのことはある!」

「惚れ直しましたぞ、槇草殿!」

「神主さんまで・・・そんな・・・よ〜しがんばるぞ!」

その場の全員がほくそ笑んだ。


その週の金曜日の夕方、妙心館に全員が集まった。

トラックの助手席には平助が、荷台には鉄網と共に熊さんと御子神が、そしてもちろん運転席には槇草が座る。

凛は空を飛んでついて行くと言った。

「疲れたら荷台に乗せてもらうわ。だってずっと乗ってたらお尻が痛くなりそうだもの」

「じゃあ出発するぞ!」槇草の掛け声でトラックが走り出した。


まず国道3号線で小倉を目指す。戸畑に着くと当時東洋一の吊り橋と言われた若戸大橋を左に見て今度は国道10号線に乗り換える。

それからはひたすら南下して行橋・中津・別府・大分・延岡・ときてようやく宮崎に辿り着く。

途中数度の休憩を挟んだものの宮崎に着く頃は皆ぐったりと疲れていた。

ところが槇草だけは異様に元気だった。体力だけが取り柄の三十路男だ。

「ああ、腹減った!飯食いましょうよ、朝飯!」

「じゃっどんこげな時間に飯屋は開いとるまい。まだ六時前じゃっど」

「ここからは327号線で山奥に入っていかなければなりません。舗装されていない区間も多く、カーブや峠道が続きます。少し待ってでもここで食事を摂っておいた方が良いかと思います」御子神が提案した。

「それが良かろう。これから何が起こるかわからん、十分に英気を養っておこう」

「わあ、宮崎のお料理楽しみ!」凛がはしゃいでいる。

そもそも死神は食事を摂る必要はない。しかし一度その味を覚えると食べずにはいられなくなる。

「私、死神に戻れないかも」

「好きなだけここにおっがよか」

近くのドライブインが開くまで待って九時過ぎに出発した。

市房山に着いたのは、太陽が真上に差し掛かる少し前だった。一行は離合用のスペースにトラックを止め、車を降りた。

周りは鬱蒼とした森が取り囲み、真昼だというのに薄暗く。時々葉の間を通り抜けてきた光がチラチラと地面で踊っている。

目の前の渓流は河辺川の支流耳川だ。

鳥の声と川のせせらぎの音以外何も聞こえない。

ただ異様なのは、落雷で裂けた杉の木があちこちに点在していることだった。


ヒョウヒョウ・・・

「なんの声かしら?」突然聞こえて来た鳴き声に凛が耳を澄ます。

ヒョウヒョウ・・・

「皆さん気をつけてください、私の記憶が正しければ、あれはひょうすべの鳴き声です」御子神が言った。

「ひょうすべとな?」

「はい、宮崎県に棲む河童の一種です。基本おとなしい妖怪なのですが勝手に人の家に入り込み風呂を毛だらけにするので、この辺では嫌われています」

「じゃあ、それほど怖がらなくてもいいんじゃないですか」槇草が能天気に言う。

「いえ、ひょうすべの笑いに釣られて笑うと死んでしまうという伝説もあります。奴が現れても決して笑ってはいけませんよ」

全員が急に顰めっ面を作った。

ガサガサ・・・

谷に続く獣道のあたりで笹の葉の擦れる音がした。

「誰だ、勝手に俺の縄張りに入ってくるのは?」

身長140センチくらい、禿頭で毛むくじゃらな猿に似た生き物が姿を現した。目は真っ赤に充血している。

「あなたはひょうすべですね?私は一つ目神社の神主です。最近この辺りに雷獣の目撃証言があってそれを確かめに来たのですが。何か心当たりはありませんか?」

ひょうすべは一瞬きょとんと御子神を見たが、(おもむ)ろに口を開いた。

「隣の家が垣根ば作ったって」「へ〜」

「ん、なんじゃ何かの小話か?」平助が怪訝な顔をする。

「ダメか・・・そんなら」「ばあちゃん、今日は何曜日ね?」「そうだね〜だいたい水曜日」

みんながシンと静まり返る中、突然槇草がプッと吹き出した。

「槇草さん笑っちゃダメ!命を取られるわ!」

元死神がいうから間違いはない。槇草が慌てて口を押さえる。

「こら、邪魔をするな!」ひょうすべが凛を睨む。

「あんたのギャグ面白くないわ。そんなんじゃ誰も笑わないわよ!」

「なんだと、じゃあお前やってみろ」

「私?」凛が人差し指を自分に向けた。「そうね〜」

「じゃあいくわよ覚悟して聞きなさい!」

「裏山に熊が出たってね〜」「そりゃクマった・・・」

「・・・」

「布団が吹っ飛んだ〜!」

一瞬冷たい空気が流れる。

「ふふ・・・ふはははははは・・・わははははははははは!!!!!!」

ひょうすべが笑い転げている。一体どこが受けたのやら、ツボにハマってなかなか笑いが止まらない。

「フハフハフハ・・・ハァ」やっと止まった「お前なかなかやるじゃないか!」

充血した目から涙まで流している。

「でしょ!」

「どっちもどっちじゃと思うが・・・」熊さんが呆れ顔だ。

「よしわかった、お前に免じて話してやろう」ひょうすべが言った。

「凛、よくやった。怪我の功名じゃ!」

「お爺ちゃんひどい!」

「まぁ、何はともあれひょうすべの話を聞きましょう」御子神が茶番を遮った。


『ひょうすべよ 約束せしは忘るなよ 川立つをのこ 跡はすがわら・・・』

「なんじゃそれは、また笑い話か?」

ひょうすべがいきなり話し出したので平助が戸惑うように聞いた。

「違う!」

「無門先生、これはひょうすべが菅原道真公の恩を忘れぬ為の呪文なのです」御子神が説明する。

「そうなんだ、我ら河童族は昔道真公に助けられたお返しとして、菅原一族には手を出さぬ事を約束したんだ」

「またしても菅公か、その事が今度の事と何か関係があるのか?」

「雷獣は俺を狙って雷を落としてるんだよ」

「なぜじゃ?」

「奴は俺が約束を破って菅原一族に手を出したと思っている」

「どういう事じゃ?詳しく申せ」

ひょうすべは一瞬ためらったが、まもなく話し始めた。

「俺は椎葉村の民家で風呂に入っている時、もちろん無断で拝借しているわけだが、居間のテレビから流れてくる『菅原洋吉』の『今日でお別れね』という歌が大好きになったんだ」

「菅原洋吉、あの演歌の星じゃな」

「それで、延岡のキャバレーに菅原洋吉が巡業にきた時、矢も盾もたまらずキャバレーに忍び込んでこっそりステージを見たんだ」

「なんだ、覗き見か」槇草が言った。

「人聞きの悪い事を言うな!俺は止むに止まれずにだな・・・」

「もう良い、続きじゃ」

「えっと、どこまで話したかな・・・そうだ、それでステージに感動した俺は、よせば良いのにキャバレーの地下にある楽屋まで押しかけた」

「それで会えたのか?」

「うん会えた、菅原洋吉も最初は目を丸くして驚いていたが、そこは菅原氏の一族、俺の気持ちをわかってくれた」

「さすがに大物じゃな」

「それで俺もつい嬉しくなって、笑い話を連発したんだ」

「さっきのやつか?」

「そうだ、ああ言うのを10連発でサービスしてやった・・・そしたら」ひょうすべが少し間を置いた。「菅原洋吉の笑いが止まらなくなって、死にそうになったんだ」

「なに、あの程度のギャグでか?」

「爺さんにはわからなくても、わかる奴にはわかるんだよ!」

「すまぬすまぬ、続きを話せ」

「幸いマネージャーが飛んできて事なきを得たが、その話が道真公の元に届き、雷獣がそれを聞いた。道真公は笑って許してくれたが、雷獣は腹の虫が収まらなかったらしく桑原山に巣を構えて毎日のように俺を襲いにくるんだよ」

「う〜む、なんとも珍妙な話じゃな」

「しかし、椎葉村の村民に被害が及ばぬうちにやめさせねばなりません」御子神が言った。

「そうじゃな、発端はどうであれ無関係な人々を巻き込むわけにはいくまい。槇草、武器は持ってきたか?」

「はい、道場にあるやつはあらかたトラックに積み込んであります」

「よし、今夜はここに野宿して作戦会議じゃ。決行は明日早朝、こちらから桑原山に乗り込む」

「おう!」


そこにいた全員が拳を突き上げた。














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