嵐の予感
一つ目神社の神官御子神から電話を受けた妙心館の面々は、凛を連れて神社に向かう。
そこで神官から受けた依頼は、世にも奇妙なものだった・・・
「し、死神〜〜〜!!!」
非番の槇草は、朝早くから妙心館に呼び出された。
眠い目を擦りながら建て付けの悪い玄関を開けると、見慣れぬ女の子が立っている。
真っ黒なセーラー服に髪をお団子に結い上げた女の子は槇草を見て丁寧にお辞儀をした。
傍らで平助と熊さんがニヤニヤ笑っている。
「し、師匠・・・そ、その女の子は?」槇草は恐る恐る尋ねた。
「初めて紹介するな、この娘は凛々・・・死神じゃ」
ここで最初の槇草の絶叫となった。
「よよよ妖怪やゆゆ幽霊ならなんとか我慢できますが、ししし死神は許容範囲を超えてますぅ〜!!!」
これには流石の凛もカチンときた。
「なんで妖怪や幽霊が良くて死神がいけないのよ!それって差別じゃない!」
「そそそそんなこと言ったって、ぼぼぼ僕には妻や子が・・・まだ死にたくないぃぃぃぃぃ!」
「心配するな槇草、凛は元死神じゃ」
「え、元?」
「槇草さん、そげんおどろかんでよか。凛は王先生に股の下ば潜られて死神をクビになったとですよ。もうあの世にもこの世にも行くとこのなかとです。そげんな可哀想な娘ば槇草さんは追い出さるっですか?」
「えええ・・・ぼぼぼ僕は追い出すなんて一言も・・・」
「妙心館師範代の槇草さんが許さんかったら、凛は出ていくしかなかでっしょうが」
熊さんは槇草の性格をよく知っている。こういえば絶対に否とは言わないと踏んでいた。
「ししし仕方がありませんね。どどど、どこにもいくところがないのなら・・・暫くいてもらってもけけけ結構です」
「よう言ぅた槇草、それでこそ儂の一番弟子じゃ!」平助が槇草を持ち上げる。
「そ、そんなに褒められると困っちゃうなぁ」
「凛、聞いたか槇草師範代のお許しが出たぞ。お主からも礼を言え」
凛は再び槇草に向かって深々と頭を下げた。
「ありがとうございます、槇草師範代!」下げた頭の下でペロリと舌を出す。
「ま、まぁそういう事なら大船に乗ったつもりで、この槇草に任せなさいハハハハハ!」
槇草は腰に手を当てて胸を張る。
『単純な男』凛は胸の中で呟いた。
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槇草が出してくれた自家用車に乗って、四人は一つ目神社に向かった。
神社の鳥居の前で、神主の御子神天鬼が平助の訪れを首を長くして待っていた。
「無門先生、急にお呼び立てして申し訳ありません。それに妙心館のお歴々もようこそいらっしゃいました。おや、そちらのお嬢さんは初めてお目にかかる顔ですが・・・」
凛は神主に頭を下げた。この男は槇草のように単純ではなさそうだ。
「凛々と申します」
「失礼ながら、人では無いようにお見受けしますが」
御子神に動揺は見受けられない。
「神主さんには分かるのですか?」
「はい、長年この仕事をやっておりますと、あの世のものとこの世のものの区別くらいはつくようになります」
「神主殿には隠し事は出来まいな」平助はあらためて凛を見た。「この娘は元死神なのですじゃ」
「ほう、死神ですか・・・それは誠に都合が良い」
「都合が良い・・・とは?」
「まぁ、ここでは何ですから拝殿でお話ししましょうか」
四人は御子神に誘われて赤い鳥居を潜った。
四人が拝殿の前に座ると御子神が話し始めた。
「私の知り合いに太宰府天満宮の神職がおります。その神職が最近妙な噂を耳にしたというのです」
「妙な噂とな?」
「はい、曇りでもない晴れた日に、突然真っ黒な雷雲が何処からともなく現れて辺り構わず落雷を落とすそうなのです。先日などは西鉄電車の変電所に落ちて復旧に大変な時間が掛かったとか」
「それと太宰府天満宮と何の関わりがあるのじゃ?」
「ご存知のように太宰府天満宮は菅原道真公の怨霊を鎮めるために建てられたものです」
「うむ、日本の三大怨霊といえば菅原道真、平将門、崇徳天皇と相場が決まっておるな」
「菅公は宮廷内での政争に敗れ太宰府に左遷されこの地で非業の死を遂げました。その怨みにより度々宮廷内で落雷が発生し複数の貴族が命を落としております」
「ではその落雷は菅公の怨霊が落としたと申すのか?」
「いえ、菅公は雷公とも呼ばれ雷神のモデルにもなったのですが、今は学問の神様として崇められその霊力は完全に封じられております。絶対にそのようなことは起こらぬと神職も断言しておりました」
「はて、一向に話が見えぬが?」
「申し訳ございません、順序立てて話そうと思いますとどうしてもここから話さなくてはならなかったのです」
「そうか、では先を聞こう」
「ありがとうございます。問題は菅公の飼っているペットなのでございます」
「ペットぉ!」平助が驚いて言った。「菅公がペットを飼っておるというのか!」
「信じられぬとおっしゃられれば話はこれまででございます。ですがこれは本当のことなのです」
「ううむ、神主殿がそれほど言うのなら信じぬでもないが、そのペットとやらはどのような生き物なのじゃ?」
「はい、妖獣とでも申しましょうか、伝説では『雷獣』と呼ばれております」
「あっ、それ知ってる!」凛が突然大声を上げた。
「なに!凛、それは本当か?」
「うん、私が死神になりたての頃、道に迷って空をフラフラ飛んでたら、いきなり真っ黒い雲が飛んできて五重塔に雷を落としたの。その塔は火を吹いてあっという間に燃えてしまったわ」
「それはいつ頃の話じゃ?」
「そうね、かれこれ千年くらい前の話になるかな」
「せ、千年か、お主いったい幾つじゃ?」
「まっ、失礼ね。レディに歳をきくものじゃないわ!」
「す、すまぬすまぬ、忘れてくれ」
「でね、その雲に乗ってた獣が雷獣なんじゃないかと思ったわけ」
「その獣の容姿は?」
「そうね、狼みたいな銀色の毛で包まれていたわ。それに尻尾が二本に枝分かれしているの。あっ、それから後ろ足はよく見えなかったけど沢山あったみたい」
「それです、確か後ろ足は四本と聞きました」
「それで神主殿、あらたまっての相談とはその雷獣の事か?」
「はい、その雷獣を捕まえて菅公の元へ送り届けていただきたいのです」
「何だか迷子の猫探しをする探偵みたいな話ですね」槇草が初めて口を挟んだ。
「ただ猫ほど可愛くはありません、大変危険な奴ですのでとても私の手に負えず先生方にご協力願えればと」
「なるほどな、して先ほど死神が都合が良いと言っておったのは?」
「ある地方では、雷獣が現れると長い竹の先に鎌を付けて追い払うのだとか。死神なら鎌くらいは持っておるのではないかと思いまして」
「そりゃ持ってるけど・・・」
「おいは反対じゃ、凛ばそげな危なか目に遭わせる訳にはいきもはん」今まで黙って聴いていた熊さんが言った。
「嬉しい!熊さん心配してくれるのね」凛が胸の前で手を合わせる。
「当たり前じゃ、おんし死神とは言うても妖怪と戦った事はないじゃろ」
「大丈夫よ、死神は滅多なことじゃ死なないわ、ていうか死ねないし」
「じゃが怪我でんしたらどうすっとじゃ、おんしメイメイさんにやられてたん瘤ばつくっとったやなかか」
「もう。それは言いっこなし!これも死神に戻った時の後学のためよ。面白そうだし・・・ね、いいでしょ?」
「熊さん、何だか父親みたいですね」槇草が茶々を入れる。「いいじゃないですか、我々もいる事だし危険な目にはあわせませんよ」
「キャ、槇草さん話がわかる!」
「ふふふ、そうだろ」
やっぱりこの男単純だわ。
「うむむ、師範代がそう言うならしょんなかね。いいか凛、くれぐれも危なかまねばすっとじゃなかぞ」
「うんわかった!」
「話は決まったな。神主殿、その頼み引き受けよう」平助が御子神に告げた。
「ありがとうございます。では早速雲外鏡で情報を集めましょう」
御子神はそう言うと拝殿に置いてある銅鏡の覆いを取った。




