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妖怪 王  作者: 真桑瓜
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穏やかな日

メイメイに敗れた死神216号は、凛々という名を貰って穏やかな日々を過ごしていた。

ある日、平助、熊さんと夕食を摂っていると、居間の電話がけたたましく鳴った・・・


「凛・・・凛はおらんね、晩飯の材料ば仕入れに行くけんついてこんね?」

あ、熊さんが呼んでる。熊さんは髭面で(いかめ)しい顔をして、いつも剣道の稽古着みたいなのを着ているちょっと変わったおじさんだけど、とっても優しい。今日も「ここの居候になるなら料理の一つも出来んといかん」って、私を買い物に連れて行ってくれる約束をしてる。

「は〜い、今行きま〜す」

メイメイさんから貰った名前『凛々』は気に入ってる。最初は熊さんも凛々って呼んでくれてたけど、めんどくさいって最近は凛て呼ばれてる。それも私は嫌じゃない。子供の頃は名前で呼ばれていたような気がするの、それも愛称で。もうずっと前の話だから忘れちゃったけど、とっても懐かしい・・・私は通気口をパカっと開けて屋根裏部屋から道場に飛び降りた。


「今晩はイワシの梅煮ば作るけん、柳橋の連合市場に行くばい」

熊さんは道場の入り口に買い物籠を持って立っていた。

「わぁ、市場って初めて行くわ。なんだか楽しみ!」

「じゃっどん、そん大鎌は置いていかんね、買い物客がビックリするけん」

「ああ、これ縮むのよ」

凛がフッと息を吹きかけると大鎌が手のひらサイズに縮まった。凛はそれをスカートのポケットに入れる。

「ほう、便利かもんやね、孫悟空の如意棒んごたる」

熊さんは目を丸くして見ている。

「さあ行きましょ、買い物籠は私が持つわ」


**************************************************


市場は街中の川の近くにあった。昔は船で魚や野菜を荷揚げしていたのだろうが、今では三輪トラックが道端に駐車して荷下ろしをしている。

その合間を抜けて、買い物客が狭い路地を行ったり来たりして品定めをしていた。

「熊さん、今日はいいアジが入っとるよ、晩飯のおかずにどうね!」魚屋が声をかけてくる。

「今日はイワシの梅煮ば作るけんそっちのザルに入っとるやつばくれんね・・そう、五匹で百四十五円のやつたい」

「お、なかなかお目が高い。こりゃさっき港に上がったばかりのイワシたい。今日は特別に一匹おまけしちゃる」

「いつもすんもはんな、師匠が喜びなさる」

「無門先生はお元気かい?」

「はは・・相変わらずですたい」

「よろしく伝えてくれや」

「了解じゃ」

「ねえ熊さん、そっちの赤い魚が美味しそう!」凛が台に並んだたくさんの魚の一角を指さして言った。

「そりゃ鯛じゃなかね。値段ばよう見てみ、一匹四百円もすったい。イワシが14〜5匹は買えるばい」

「ふ〜ん、それって高いの?」

「うちの道場の収入じゃ滅多に口に入らんしろもんたい。凛も早う物の値段ば覚えんな、一人で買い物にも出せん」

「おや、熊さんその可愛いお嬢さんはお連れかい?」魚屋の親父が訊いた。

「そうじゃが?」

「あんたも隅におけんね、いつそんな娘を引っ掛けた?」

「めめめ、滅相もなか!こん娘は・・・ええと・・・そうじゃ、こん娘はおいの姪たい、兄貴の娘じゃけん変に勘繰っとはやめんね!」

「なんば慌てとっとね、わかったわかったもうなんも聞かんけん、またご贔屓(ひいき)に!」

熊さんはそそくさと凛の手を引いて市場の雑踏をすり抜けた。

「凛、早よ物の値段ば覚えちくれ、おはんと一緒におっと変な誤解ばされそうじゃ」


**************************************************


「ああ、面白かった!熊さんの慌てぶりったらなかったわ!」

妙心館の台所で買い物籠からイワシを取り出しながら凛が言った。

「からかうっちゃなか、そいよか今からイワシば捌くでよう見とき!」

熊さんは動揺を隠すように、イワシをまな板の上に乗せて包丁を握った。

「よかか、イワシは皮の薄か魚やけん丁寧に扱わにゃならんぞ」

「はい!」凛の目が急に真剣になった。死体?を前にして職業意識が蘇ったのかも知れない。

「まず包丁で鱗をこそぎ落とす、じゃっどんあくまで優しく擦るんじゃ、やってみ」

凛は鎌の扱いには精通しているが包丁は使ったことが無い。要領を得ずにイワシの皮を削ぎ落としそうになる。

「もっとそっとじゃ、肩の力ば抜いて。おはんがメイメイさんと戦った時は躰の力がよう抜けとった。あの感覚ば思い出さんね」

「包丁は握った事がないの」

「道具はなんでん同じたい。自分が道具を使いこなすつもりじゃのうて、道具の動きやすいように我が身を捌くことば心がけんといかん」

「こ、こう?」

「うむ、そうじゃ。なかなか勘の良かじゃなかね」

熊さんに褒められるとなんだか嬉しい。

「次は頭を落とす」

「この辺でいい?」

(ひれ)のついとっで、頭につくように斜めに切ってみ」

「えい!」イワシの頭をストンと落とす。

「良かろう。次は腹じゃが、イワシの腹は(よろい)んごと硬かけん、削ぐんじゃのうて切り落とした方がよか」

「こうね」

「よかよか、そん調子じゃ。そしたら包丁の尻で内臓ば掻き出しんしゃい」

「尻?」

「根本んとこじゃよ。掻き出したらいっぺん水でよう洗うて布巾で拭かんと臭みが残っでな」

「わかった」

凛は同じ要領で六匹のイワシを捌いた。

「よし、ようやった。今日はここまでにしとこ。味付けはおいがやっで後は自由にしとってよかぞ」

「ううん、最後まで見たい。いいでしょ?」

「そうか、なら見とっがよか」


凛は熊さんの動きに目をやりながら、調味料の量などを覚えて行く。料理の勉強か武術の勉強かわからなくなった。


**************************************************


「これは美味い!」平助が皿を持ち上げて言った。

「こんイワシは凛が捌いたとです、なかなか筋がよか」

「ほう、凛にこんな才能があったとはな」

「私はイワシを捌いただけ、味付けは熊さんがやったの」凛が俯いて言った。

「いや、このイワシは形が崩れとらん。下手な奴がやったらこうはいかん。下ごしらえも大事な才能じゃ」

「ほんと、嬉しい!」

「だいぶこの世界にもなれてきたようじゃな」

「はい、でもまだまだ知らない事がいっぱいありそう。お爺ちゃんいろいろ教えてね」

「お、お爺ちゃんというのはやめんか。なんだか気恥ずかしゅうなる」

「だって、平助さんじゃおかしいし、師匠と呼べる仲でもない。やっぱりお爺ちゃんが一番しっくりくるわ」

「むむ・・・しかしじゃな」

「師匠、よかやなかですか、凛は師匠の孫と言うても良か年頃に見ゆっです」

「しかしじゃな、実年齢は儂などとても及びもつかん・・・」

「それを言わないで!あの世はこの世とは時間の進み方が違うの。あの世じゃ私はせいぜい十七の小娘よ」

「そ、そうか・・・仕方ないか」

「じゃあ決まり、これからもよろしくね・・・お爺ちゃん」

「う、うむ」

平助は釈然としない気持ちで頷いた。と、その時、居間の黒電話がけたたましい音をあげて鳴った。

「誰じゃ晩飯時にうるさいのぅ」平助が腰を浮かせて立とうとした。

「師匠、おいが出ますけん座っちょってください」

熊さんが素早く立って居間に入って行ったが、暫くして戻って来ると沈痛な面持ちで平助に告げた。

「一つ目神社の神主からです。明日、是非にも師匠にご足労願いたいと・・・なんと返事いたしましょう?」

「お主のその顔では何か危急な事が起こったのに相違あるまい。わかった、明朝一番で伺うとご返事しろ」

「わかりもした」

熊さんは再び居間に入って行った。

「お爺ちゃん、何かあったの?」

「分からん、じゃが一つ目神社は妖怪に縁の深い神社での。前に妖怪退治に北海道まで行った事がある」

「面白そう!明日は私も一緒に行く!」

「ならん、危険じゃ!」

「妖怪のことなら、私、役に立つわよ」

「うむむ、お主は死神じゃったな」

「元死神だけどね」


結局、凛は平助達と共に一つ目神社に行く事になった。





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