金綾鯉(チンリンリー)
陳とガオのいがみ合いを収束させるため、メイメイはガオの式神金綾鯉と戦い勝利し一時休戦となった。
利害の一致した龍王と王たちはプレステージ・ルームで作戦会議を始めた・・・
水の中で陳とガオが睨み合っている。
勿論、ここはプレステージ・ルームの龍王の間だ。
「ガオ、儂はお前を許した訳では無い。ただ、少しの間お前との決着を先延ばしにするだけだ」
陳は嘗て愛弟子だった男を見据えた。
「俺は今すぐだっていいんだぜ」
ガオは憎しみに燃えた眼で陳を睨み返した。
「どうしたのガオ、なんだか今までのガオと違う・・・」るんはガオの豹変ぶりに驚いた。
「るん、口出しするな。これが本当の俺だ」
「違う、ガオはそんなんじゃない!」
「黙れ!これ以上余計な事を言うとお前もタダじゃおかない!」
「ガオ、何故そう悪ぶる。龍宮でのお前は亀爺を助けるため命を張って戦ってくれたではないか?」
「龍王、俺は行きがかり上仕方なくそうしただけだ。そうしなければ地上へ戻れぬと思ったからな」
「嘘、そんなこと信じないわよ!」
「うるさいうるさいうるさい!みんな勝手に俺の事を決めやがって!誰一人本当の俺を知らないくせに!」
ガオは周囲を睨め回した。
「ガオ殿、この老耄は二度もあなたに救われた。じゃから言うのではないが、あなたは心根の優しいお方じゃ」亀爺が言った。
「そうよ、亀爺の言う通りよ!」
「違う違う違う、俺はそんないいもんじゃないんだ!」
ふぅ〜、とメイメイが大きな溜息を吐いた。
「あ〜あ、めんどくさい人ねぇ」
「なんだと?」
「青い青い、まだお尻の蒙古斑も消えてないんじゃないの?若い時の間違いなんて誰にだってある事じゃない。自分は間違ってないなんてそんな事一度でも考えたら先に進めないわ。自分の非を素直に認めてさっさと謝っちゃいなさい、そうすれば楽になるから」
「なに、アラサーの大年増に何がわかる・・・!」
「まっ!失礼ね!」メイメイが王を振り返った。「王先生、この人少し頭を冷やしてやった方がいいんじゃないかと思うのですが?」
「うむ、そうじゃな。で、どうするつもりじゃ?」
「私が鉄槌を下してやりますわ」
「メイメイさん、それは儂の仕事じゃ」陳が言った。
「老師がやったら殺し合いになります。この人がいくら馬鹿でも私を殺しはしないでしょう」
「しかし、もし怪我でもしたら・・・」
「任せて下さい、これでも王先生の二番弟子なんですから」
「俺を甘く見るな!今度はこの前のようには行かんぞ!」
「せいぜい頑張りなさい。でもここでは狭すぎるわ、屋上へ行きましょう」
「よ、よし、覚悟しておくんだな」
「あなたが・・・ね」
メイメイはガオの敵愾心を煽るように片目を瞑った。
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屋上には海からの強い風が吹いていた。
メイメイの長い髪が風に煽られて逆立ち、まるでメドゥーサのようだ。
「あんたは拳法家だろう?」
「そうよ」
「俺は道士だ」
「だから?」
「まともにやっちゃ俺に勝ち目は無い、だからこれで相手をさせてもらう」
ガオは掌の上に小さなトカゲのようなものを乗せた。ただ、トカゲと違っているのは後頭部から背中にかけて硬い金の鱗に覆われている点である。
「それは何?」
「『金綾鯉(センザンコウ)』俺の飼っている式神だ。俺の命令通りに動く」
「いいわ、その代わり私が勝ったら陳老師との決着はお預けよ」
「いいだろう」
ガオが掌の金綾鯉にフッと息を吹きかけると、忽ち2メートルほどの怪物になった。
「金綾鯉、その女に痛い目を見せてやれ、ただし殺すんじゃないぞ」
金綾鯉は一声唸ると後ろ足と尻尾で立ち上がる。腕はメイメイのウエストほどに太く太ももの筋肉はその倍ほどもあった。
「まっ、醜い怪物だこと。そんな怪物にレディのお相手が務まるとでも思ってるの?」
「口の減らないおばさんだ、文句は勝ってから言え!」
「おばさんて言ったわね、もう許さない!」
「金綾鯉、行け!」
怪物が動くより早くメイメイが動いた。スカートの裾を翻し鞭の様な蹴りが怪物の太い首筋まで跳ね上がる。硬いヒールの爪先が鱗を避けて首の筋肉にめり込んだ。
「え?」
確かに急所を捉えた筈だった、が、しかし、怪物はびくともせず却って左手でメイメイの蹴り足をムズと掴む。怪物がクルリと振り向いた瞬間メイメイは尻尾に軸足を掬われて宙に舞った。
「金綾鯉、今だ叩き落とせ!」
怪物の右腕が宙に浮いたメイメイの躰に襲いかかる。
メイメイは丸太のような腕を辛うじて十字ブロックで受け止めたが、そのまま屋上の床に叩きつけられた。
「金綾鯉踏み潰すんだ!」
仰向けに倒れたメイメイの上に巨大な足の裏が落ちてきた。
横に回転して辛うじて交わしたが、怪物はしつこく追ってくる。ゴロゴロと転がりながらメイメイは屋上の手摺りのところまで追い詰められた
怪物がメイメイを踏み潰そうと足を上げた瞬間、軸足にヒールの踵を叩き込んだ。
ヒールは怪物の足に突き刺さってメイメイの足から脱げた。
怪物は蹲り、足に突き刺さったヒールを抜こうともがく。
その間にメイメイはようやく立ち上がってもう片方のヒールを脱ぎ捨てた。
ようやくヒールを引き抜いた怪物は、四つん這いになってメイメイを下から睨み上げ恐ろしい唸り声を上げた。
「さあ、いらっしゃい!」
メイメイの挑発に乗って怪物が正面から飛び掛かった。
「よせ、金綾鯉!」
ガオの静止は怪物には届かなかった。
メイメイは後ろ向きに倒れながら右足を怪物の腹に掛け天に向かって跳ね上げる。
怪物は空高く舞い上がりあっという間に手すりを超えて落ちていった。
メイメイがスカートの埃を払いながら立ち上がり、落ちている靴を拾い上げた。
「あ〜ん、お気に入りの靴だったのに・・・」
ガオがガクリと膝をついた。
「俺の負けだ・・・」
「メイメイ、見事だ!」王が歩み寄る。
「日本で習った柔道の技が役に立ちましたわ」
「ほう、誰に習った?」
「陽さん(メイメイの夫)のお友達の警察の方から」
「関心関心、武術修行も怠っておらぬようじゃな」
その時、後方で声がした。
「ガオ、大丈夫?」るんが駆け寄ってガオの前にペタリと座った。
「またお姉さんに負けちゃったわね」
「う、うるさい・・・」
「約束よ、暫くは決着のことは忘れて私たちに協力しなさい」メイメイが言った。
「あ、ああ・・・約束は守る」
「陳老師、それでいいですね?」
「うむ、儂も王に約束した。龍宮の件が片付くまで決着はお預けじゃ」
「決まったな。だったらプレステージ・ルームで作戦会議を始めましょう」王大人が言った。
「ところで、さっきの怪物はどうなったかしら?」メイメイが手摺から身を乗り出して下を覗き込んだ。
「心配ない、今頃はガオの懐の中で傷を癒しておろうよ」陳が項垂れたガオを見遣った。
「良かった、怪物とはいえ殺しちゃったら寝覚めが悪いもの」
「フォホッホ!ガオもメイメイさんにかかったら形無しじゃの」
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「某国の潜水艦が海溝を探しておると言うのは本当か、王?」陳が訊いた。
「うむ、福虎の話では政府高官がそう言っておったそうじゃ。しかし、この近くにはそのような深い海溝はない筈なのじゃが・・・」
「ふ〜む、龍王よ何か心当たりは無いか?」陳が龍王を見た。
「無い事も無い・・・」
「何、あるのか?」
「我が龍族の祖先が眠る龍廟が龍宮の地下にあるが、光も届かぬ海の底にて何人たりとも行くことは叶わぬ」
「それじゃ!某国は何らかの方法であの海域に深い海溝があることを探知し、それを探しておるのじゃ!」
「いや、龍廟は龍族の御霊が守っておる故、誰にも見つかる事はない」
龍王には何千年とその存在が知られる事の無かった龍廟が、そう簡単に見つかるとは信じられなかった。
「龍王様、近年の科学技術の進歩は目覚ましゅうございます。今まで見つからなかったことの方が不思議なのです」王大人が言った。
「其方は必ず龍廟が見つかると申すのか?」
「もはや時間の問題かと・・・」
「よ、よしや龍廟が見つかったとして、彼奴らは何をしようと言うのじゃ?」
「全世界を滅ぼす兵器をそこに隠そうとしております」
「なに!」
「事は龍宮一国に留まりません、この世界の存亡に関わっているのです」
「しかも、この事を表沙汰にする事はできぬ。今、悪戯に某国を刺激してはどのような暴挙に出るやも知れぬ。事は秘密裏に処理する必要がある」王が言った。
「何で俺たちがやらなけりゃならないんだ?」ガオが不貞腐れて言った。「そんな事は、軍の奴らにでもやらせておけばいいんじゃないのか?」
「ガオ、考えてもみろ、軍が民間人の不確かな情報で動くと思うか?ましてや、龍宮城の事など持ち出しては気狂い扱いされるだけじゃ」
「それに、もし信じてくれたとして、龍宮城の事が公になったら龍宮城が今のままでいられるとは思えない」メイメイが言った。
「そ、それは困る!」龍王が焦りを露わにした。
「そこでじゃ、利害の一致した我々が共同戦線を張るのじゃ。如何かな龍王?」
「わ、わかった。して、どうすれば良い?」
「今、龍宮に残った戦力は?」
「鰯の軍隊が三万余り」
「う〜む、それだけじゃあまりに心許ない・・・」
「鯱と鮫の軍隊がいるじゃないか」
「何を言っておるガオ、その軍隊は鉄の鯨に全滅させられたではないか?」
「その死体は龍宮の墓地に葬られているんだろう?」
ガオが意味深に北叟笑む。
「ガオ、お前まさか!」陳が叫んだ。
「死体を蘇らせればいい」
「お前、自分が何を言っているのかわかっているのか!」
「老師、あんたも世界を救いたいんだろう?なら俺たちでやるしか無いじゃないか?」
「お、お前・・・」
「待て陳、ガオの言う事にも一理ある」
「王、お前まで・・・」
「倫理道徳も大切であろう、しかしそれが通じぬ相手には非常手段を用いてでも戦わねば罪なき人にまで害が及ぶ」
「しかし・・・」
「私も戦う!」るんが大きな声を出した。
「るん、お前・・・」
「龍宮城を守る為だもの、私も海蛇に変身して鰯の軍隊と共に戦うわ!」
「るん、よくぞ言いました、それでこそ私の娘。及ばずながら私も龍となって戦いましょう!」
今までほとんど口を開かなかった龍妃が立ち上がった。
「妃よ本気なのか?」龍王が唖然と龍妃を見上げる。
「あなた、こうなったら覚悟をお決めなさいませ!」
「しかし、今度我々が龍になったら龍宮城は・・・」
「今がその時ではありませんか?」
「ム、ムウ・・・」
「どうした龍王、何か不都合な事でも?」
「い、いや、その事は後で良い・・・よし、分かった私も戦おう」
「それぞれ思うこともあろう、じゃが事は一刻を争う。細かい事はこの際目を瞑ってこの戦力で今できる事をやろうではないか」
「仕方がない、儂もやる」陳も心を決めたようだ。
「よし決まった、ではこれから作戦を立てる」
それから数時間、全員が額を寄せ合って話し合った。




