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妖怪 王  作者: 真桑瓜
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円山大飯店の怪

日本に嫁いでから初めて台湾に里帰りしたメイメイは、懐かしい職場『円山大飯店』通称『竜宮城』に泊まった。

昔の上司、王大人との対話中客室係から連絡があり、9階のプレステージ・ルームに同行する。

そこで見たものは・・・


『王総支配人、お話しがあるのですが・・・』

電話の向こうで男の声が言った。客室係のそんである。

「なんだ、またクレームか?」

『そ、それが・・・』孫はモゴモゴと口籠った。

「どうした、話があると言ったのはお前だぞ、ハッキリ言わなければわからんではないか?」

『は、はい、8階のお客様が天井から水漏れがするとおっしゃるのですが・・・』

「見に行ったのか?」

『はい、確かに部屋の天井から水滴がポタポタ落ちておりまして・・・』

「上の階は確かプレステージ・ルームの筈だが?」

『はい・・・』

「そっちは見たのか?」

『・・・』

「なんだ、見たのかと訊いている!」

『み、見れないんですぅ〜!』孫の絶叫に総支配人は思わず受話器を耳から離した。

「見れないとはどう言う事だ!」

『と、とにかく9階まで来ていただけないでしょうか!』

「わ、わかった・・・すぐ行く」

総支配人はそう言って受話器を置いた。

王大人ワン・ターレン(大人は敬称)、何か問題でも?」

総支配人室のソファに座ってその様子を見ていた女性が、美しい眉をひそめて首を傾げた。

「メイメイ、せっかく日本から訪ねて来てくれたのに申し訳ない。9階で何かトラブルが起こったようだ、悪いがしばらくここで待っていてくれないか?」


ここで説明しておこう。

メイメイ、本名 李梅リ・メイは東洋一のホテル円山大飯店の総支配人、王大人の元秘書である。彼女は縁あって日本の空手家に嫁ぎ現在は日本に住んでいる(第四部河童に詳細あり)。そして彼女は王武館の現館長、李子龍の妹なのである。そしてそして、王大人はこの物語の主人公、妖怪王の実の息子なのであった(拙著、『平助と王 日台爺い絵巻』参照)。


「もしご迷惑でなければ私もご一緒してよろしいでしょうか?」

「それは構わんが・・・」

「久しぶりに現場の空気を吸いたくなりましたの」メイメイが立ち上がりながら言う。空気がフワリと動いた。「日本に戻ったら西南グランドホテルのフロント係兼通訳として働くことになっておりますの、最近は中国や台湾からのお客様も多くて」

「おお、槇草君のところか相変わらず仕事熱心だな・・・ところで、無門先生や槇草君はお元気か?」

「はい、みなさんお元気にしておられますわ」

「それは良かった」王大人がデスクの椅子から立ち上がる。「それじゃ少し付き合ってもらうとするか」

「ええ、参りましょう」

二人は部屋を出てエレベーターに向かって歩き出した。

円山大飯店は14階建てであるが、10階より上はラウンジや式場などが入っている。王大人は9階のボタンを押すとメイメイを振り返った。

「懐かしかろう、メイメイ?」

「ええ、三年前のホテルマンズミーティングの時、槇草さんをお泊めしたのがプレステージ・ルームでしたわ。台北市内が一望に見渡せる総ガラス張りの部屋に、目を丸くしておられたのを覚えています」

「12階の『崑崙こんろん庁』でのレセプションで、彼が君のドレス姿を見て息を呑んでいたのが面白かったよ」

「でも、槇草さんにはすでに奥様がおられました。私、どんな方かどうしても会ってみたくって日本にいきましたわ。そして美希さんにはとても敵わないと思った」

「だがそのおかげで君は吉田君と結婚できた」

「もう、昔のお話です・・・」

「ふふ、あの頃は親父も元気だった」

「・・・」メイメイが少し考えるように目を伏せた。「王大人、私その事で大事なお話しがあって参りましたのよ」

「ん?何だねその事とは?」

「話せば長くなります、そのお話しはこの件が片付いてからに致しましょう」

「そうか・・・」

エレベーターの扉が開くと、目の前に孫が待っていた。

「こ、こちらです早く!」

二人が孫について行くと、プレステージ・ルームの前に八卦法衣を着た若者が立っていた。

「この方が中に入れてくれないのです」孫が王大人を振り返る。

王大人は若者の前に進み出て丁寧に頭を下げた。

「私は当ホテルの総支配人王と申します、何かお困りの事がございましたら私がお伺い致しますが?」

「別に困った事など無い」若者は王を見据えてそっけなく言った。

「左様でございますか、しかし、下の階のお客様の部屋で水漏れが発生しているとの事で少しお部屋を点検させていただきたいのですが?」

「断る、この中は今取り込み中だ」

「いえ、お時間は取らせません、水回りを少しだけ見せていただければ・・・」

「断ると言ったら断る、このホテルは客のプライバシーに土足で踏み込むのか?」

「いえ、そう言う訳では・・・」

「無駄なようですね」メイメイが横から口を挟んだ。

「誰だお前は?」

「下の階の客ですの、大事な荷物が濡れて大変迷惑していますのよ、是非お部屋を点検させて欲しいものですわ」

「そ、それは・・・」

若者がたじろぐのを見てメイメイがドアノブに手を掛けた。

「待て!」

若者がメイメイの手首を掴む。

「何か見られては困るような事をやってるの?それはそれで問題ね」

「いいからドアから手を離せ!」

若者が強く引っ張った瞬間、メイメイの躰が沈んだ。どこをどうしたものか、若者は宙で一回転して廊下に転がっていた。

「いててててて・・・」

「あら、ごめんあそばせ、ほほほほほ」

若者は呆気に取られてメイメイを見上げている。

「では、見せて頂くわ・・・」

メイメイがドアを開けた途端雷に打たれたように固まった。声を出す事も出来ず震えている。

「どうした、メイメイ?」

メイメイは静かにドアを閉めた。

「し、信じられない・・・」

「だからやめろと言ったのに・・・」

「何だ、何があった?」

「りゅ、龍宮城・・・」

「龍宮城だと、何訳のわからないことを言っている?」

「ご覧になりますか?」

「当然だ!」

王大人はメイメイを押し退けてドアを開けた。

「これは・・・」

目の前は水の壁だった。その向こうに水族館よろしく小魚たちが泳いでいる。さらにその奥のソファにはお伽話に出てくるような格好をした人間?が三人座っていた。

「龍王と王妃、それにるん姫だ」若者が言った。「俺はガオ、訳あってここにお連れした」

「そ、そんな馬鹿な・・・」

「こうなったら仕方がない、すべて話すから中に入ってくれ」

「中に入れと言っても水の中ではないか?」

「大丈夫だ、龍王がいる限り我々も水の中で生きられる」

王大人は目の前で見た事がまだ信じられないのか、ドアの前につっ立ったままだ。

「ふふふ、怖いか?」ガオが揶揄うように言った。「俺が先に行って見せよう」

そう言ってガオは水の壁の中へ入って行った。

「王大人、入りましょう。このままでは埒があかないわ」

「そ、そうだな・・・」

王大人とメイメイもガオに続いて水の壁を抜けた。


(メイメイ主観モード)

不思議な感覚だった。

水の中だというのに何の抵抗も無い。それどころかフワフワと浮く感覚がある。何よりも呼吸が出来る。私はこれは夢ではないかと疑った。

夢ではないよ、と心を見透かしたように龍王と思しき男が言った。ソファにふんぞり返って何だか偉そう。隣にいるのはお妃だろうか、ただニコニコとこちらを見ている。その横には興味津々と言った顔の女の子、私の顔に何かついてる?

「すまぬな、わしらは良いのだが家臣どもが水の中でなければ生きられぬ」

確かに、周りには鯛や鮃、虎魚や海月などが泳ぎ回っている。龍王の後ろに畏まっているのは海亀ね。

王大人が龍王の前に立って頭を下げた。

「当ホテルの総支配人、王福虎ワン・フゥフゥです」

「龍王じゃ。こっちはさいそっちは我が娘るん・・・そちらの麗しき女性は?」

まぁ、麗しきだって、ふんぞり返ってた割にはいいところあるじゃない。

李梅リ・メイです、以前王総支配人の秘書をしておりました」

「なに、さっきは下の客だって言ってたじゃないか、俺を騙したのか!」

確かガオとか言ったわねこの道士、年下のくせに生意気だわ。私だって今日はお客として泊まってるんだから。

「だって、そうでも言わなきゃとおしてくれなかったでしょう?」

「ガオ、さっきそのお姉さんに投げられてたでしょ?」

「なんだ、るん見てたのか!」

「ドアの覗き窓からね」

この子龍宮のお姫様だったわね、この二人どういう関係なのかしら?

「ワハハハ、ガオそうだったのか、お主“鉄の鯨“は追っ払ったくせに女には弱いようじゃのう」

「ところで、本日このような仕儀に至った訳をお伺いいたしたいのですが?」

そうだった、さすが王大人、肝は外さないわね。

「私がお話しいたしましょう」

「君は道士のようだが?」

「はい、生前は・・・と言ううべきでしょうが」

「と言うと?」

「信じられないかも知れませんが、私は妖怪となって蘇った者なのです」

「妖怪?」

「驚きませんね?」

「もう驚きはせんよ、この状況を受け入れたのだから」

私は驚いたわよ、別の意味で。思わず声が出そうになって両手で口を押さえちゃった。

「そうですか、それなら話が早い」

それからガオの話す事は、ほんと信じられないくらいぶっ飛んだことだったわ。まぁ、読者の皆さんは既にご存知のことだろうけど。

ガオが話し終わった時の王大人は落ち着き払ってて立派だった。さすが東洋一のホテルの総支配人という感じ。

「お話は分かりました。龍宮城再建までお好きなだけここにおとどまり下さい。ただ、下の階への水漏れは十分お気をつけ下さい」

「分かった、わしが少し気を抜いたのがいけなかったのじゃ、これからは二度とそのようなことが起こらぬよう気をつける」

「では、私どもはこれで失礼させて頂きます。何かご不自由な点がありましたら、何なりとお申し付け下さい」

「うむ、世話をかけるのう」

「では・・・」


外に出ると不思議な事に服も髪も濡れていない。きっと部屋の美品や調度品も濡れずに済むだろう。ドアの外で呆然と佇んで待っていた孫に、この事は他言無用だと口止めをして総支配人室へ戻った。


**************************************************


「王大人さすがですね」

「・・・」

大人ターレン、どうなされたのですか?大人・・・」

ドサッ!

王大人は倒れ込むようにデスクの椅子に腰を落とした。

「王大人大丈夫ですか!」

「あんなのを見せられて大丈夫な訳ないだろう、ホテルマンとしてのプライドだけでここまで歩いてきたのだ・・・」

まぁそうだろう、普通の人なら卒倒していても不思議ではない。

「それより君はよく平気でいられるな?」

「実はその事でお話しが・・・」

「脅かさんでくれよ、これ以上何か聞かされたらわしの心臓はもたん」

「ハァ、しかしぜひお話ししておかなければならないのです」

「さっきエレベーターの中で言いかけていた事だね?」

「はい」

「いいだろう、だがその前にコーヒーを飲ませてくれんか。少し落ち着きたい」

「分かりました、私が淹れて参ります」

「すまないな」

メイメイがコーヒーを持ってきた時には、王大人の動悸はようやく落ち着いたところだった。

王大人はコーヒーを一口啜ってからデスクに置いた。

「聞こうか?」

メイメイはどこから話そうか迷ったが、どこから話しても言う事は一つだ。単刀直入に切り出す事にした。

「実は王先生が妖怪になってこの台湾に戻って来ておられるのです」

「なに!」

王大人は椅子ごと後ろにひっくり返りそうになった。そのおかげで机の上のコーヒーが溢れて置いてあった書類を濡らした。

「あら大変!」

メイメイが置いてあったティッシュペーパーで急いで机の上を拭く。

「あ〜あ、濡れちゃった・・・」

「そ、そんなものはどうでもいい!それよりも今言った事は本当なのか!本当に親父は台湾に戻っているのか!」

「ええ、本当です、今高雄の王武館におられます」

「な、何と・・・」

「この事は王大人には秘密にしておくように言われていたのですが、最近兄の所で色々と妖怪騒ぎが起きているらしく、そのうち大人の耳にも入るだろうから先にお話ししておいた方がいいと兄が申すものですから」

「そ、そんな事が・・・」

「王先生は暫く日本の無門先生の妙心館に居候しておられたのですが、兄に武術の奥義を伝えるために戻られたのです」

「あの無門先生のところへか?」

「はい、私も最初は腰を抜かすほど驚きました。でも、先生と一緒に河童やガシャ髑髏などと戦ううちに、妖怪でもいい王先生にまた会えた事の方が嬉しいと思い始めたのです」

「ううむ・・・」

「さっきのガオという青年も王先生のように蘇ったのだと思います」

「あれを聞いていなければ、今頃心臓麻痺で死んでいるぞ」

「良かった、結果オーライですね」

「そ、そうだな・・・し、しかし今更どんな顔をして親父に会えばいいのだ。親父が死んだ時私は夜も日も明けないくらいに泣いたのだぞ」

「それは兄も私も同じです・・・そうだ良い考えがある!」

「なんだ良い考えとは?」

「日本の諺で『餅は餅屋』と言います、妖怪のことは妖怪に任せるのが一番だと」

「つまり、龍宮の事を親父に相談せよと?」

「その通り!」


王大人は一晩悩みに悩み抜いた挙句、メイメイと一緒に高雄へ赴く事になった。


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