鉄の鯨
龍宮の姫るんは、突如現れた『鉄の鯨』を見に、鯱将軍の精鋭部隊の後に隠れて城を飛び出した。
鯱将軍が『鉄の鯨」を撃退したかに見えた次の瞬間、『鉄の鯨』から吐き出された物体が大爆発を起こし、るんの意識は徐々に遠のいて行った・・・
(るん主観モード)
私はるん、えっ、誰かって?龍王の娘。龍王って誰?ですって?ああ、めんどくさい、そのうち分かるわよ。
私今忙しいの、亀爺が勉強しろってうるさいからお父様の玉座の後ろに隠れている所。亀爺?それもそのうち分かるわよ。
あっ、玉座の間に誰か入って来た。なんだかひどく慌てているみたい、あれは確か門番の海月だわ。いつもゆらゆらぐにゃぐにゃ頼りないのに今日はやけにシャキッとしてる。
「龍王様また鉄の鯨が現れました!」
「なに、今月はこれで何度めだ!」
「はっ、三度目でございます!」
「くそっ!あ奴は何者なのだ!言葉を解せぬのか何を尋ねても返事をせぬうえ、鰭も水掻きも無いのに泳ぎ回る、いったいあ奴の目的は何だ!なぜこの龍宮に現れる!なぜこの龍王の命令に従わぬ!」
あらら、お父様が慌ててる、そんなに鉄の鯨が怖いのかしら?いつもこの海の帝王は儂だって威張ってるくせに。ほら、海月が呆れて俯いちゃった。
「あなた、落ち着きなされませ」
「妃よ、これが落ち着いておられようか、わしが龍王になって千有余年、こんな事は一度もなかったのだぞ!」
「何事にも始まりというものはございましょう、そんなにお慌てになっては家臣どもに示しがつかぬのではありませんか?」
「う、ううむ、それはそうじゃが・・・」
やっぱりお母様の方が肝が据わってる、お父様が沈黙しちゃった。
「とにかく斥候をお出しになっては如何です、あ奴の目的が何なのか探ることが先決にござりましょう?」
「そ、そうじゃな・・・よし、鯱将軍を呼べ!」
畏まって門番の海月が飛び出して行っちゃった。お父様はイライラと玉座の周りを歩き回ってるし、申し訳ないけど何だかワクワクしちゃう。
「龍王様、お呼びでございますか?」
早っ!鯱将軍もう来ちゃった。いつもながらの金ピカの鎧、眩しっ!
「鯱将軍また例の鉄の鯨が現れた、斥候を出して奴の目的を調べよ!」
「はっ、既に鮫准将の一隊を現場に向かわせておりますれば、間も無く報告が参ると存じます」
「そ、そうか・・・」
「龍王様、ご案じめさりますな、この鯱将軍鉄の鯨などに遅れをとるものでは御座りません、今度こそはキッチリと白黒つけてご覧に入れましょうぞ」
「う、うむ、頼もしい言葉じゃ、屹度あ奴めを討ち果たせ!」
「御意!」
さすが鯱将軍、頼もしい事を言うわね。お父様も少し落ち着いたみたい。あら、何だか廊下が騒がしいこと、何かしら?
「只今鮫准将の伝令が到着致しました!」
あれは虎魚じゃない、もう一人の門番ね。
「おお、来たかここへ通せ!」
「それが・・・」
あら、虎魚が項垂れちゃった。
「如何した、何故命に従わぬ!」
「伝令は門に着くなり血を吐いて倒れました」
「なに、どう言う事だ!」
えっ、何、何が起こってるの!伝令が倒れるなんて只事じゃないわ。
「龍王様、私が見て参ります」
「将軍頼んだぞ。しかし、呉々も気をつけて行け」
「精鋭を五十騎ばかり引き連れて行きますれば、ご心配には及びませぬ」
「うむ」
「では!」
鯱将軍は龍宮随一の将軍よ、鯱将軍が出れば一気にカタがついちゃうんじゃない?
「姫様こんな所におられたのですか」
あ、見つかっちゃった。
「ささ、お勉強の時間でございますよ、お部屋にお戻りください」
「亀爺、私たちも見に行ってみましょう」
「と、とんでもない!危のうございまする姫様!」
「ま、意気地の無い亀爺だこと、一体何年生きてるのよ?」
「さ、さて、龍王様と同じくらいかと・・・」
「その間にこんな面白い事があって?」
「お、面白い事と言えば、昔私めが人間の男を一人この龍宮へお連れした事くらいか」
「ほらご覧なさい、千年も生きて面白い事と言えばそのくらいの事。ここの生活はそれくらい退屈なのよ、この機会を逃してなるもんですか!」
「し、しからば龍王様にお許しを得て・・・」
「お父様がお許しになる筈ないでしょ!今なら鯱将軍の出陣に乗じてこっそり抜け出せるわ」
「・・・」
亀爺困ってるわね、でも私が行けば亀爺は必ずついてくる筈・・・
「行くわよ亀爺!」
「ま、待ってくだされ姫様、行きます行きます行けば宜しいんで御座いましょう・・・」
ふふ、やっぱりね。
出陣のどさくさに紛れてうまく屋敷を抜け出せたけど、鯱将軍の隊は物凄い早さで現場に向かってる。見る間に後ろ姿が遠ざかって行くわ。
「亀爺、遅れないように着いて行くのよ!」
「む、無理でございます・・・この老体ではこれ以上早くは・・・」
「あっ!亀爺、ストップ!」
「ヒェッ!どどど、どうしたのでございますか急に?」
「見て、あそこ!」
大きな岩場の向こうに何かがぷかぷか漂ってる、鯱将軍の進軍も止まっちゃった。きっとあの先に鉄の鯨がいるのね。亀爺が首を曲げてこっちを見てる、何か言いたそうだ。
「姫様、この辺に隠れて見ておりましょう」
「ダメ、ここじゃよく見えない、鯱将軍の後ろの岩場まで行って!」
「で、でも姫様、それはあまりにも危険でございます!」
その時、鯱の兵士達が何かに向かって突進して行くのが見えた。
「早く、いいところを見逃しちゃうわ!」
「しかし姫様」
「鯱の精鋭部隊があれだけいるのよ、いくら鉄の鯨が強くても敵う訳はないわ、いいから私のいう通りにして頂戴!」
「は、はい・・・」
亀爺が渋々泳ぎ出したわ。もう、臆病なんだから。
でも、近寄って見て驚いた。ぷかぷか漂っていたのは鮫の部隊の兵士達だ。鯱将軍の横でグッタリしているのは鮫准将ね、何だか怪我してるみたい。鯱将軍、早く仇を取って!
私達は鯱将軍の陣取る岩場の後ろに隠れて、鯱の兵士達が次々に鉄の鯨に体当たりを喰らわせているのを見ていた。すると鉄の鯨がゆっくりと方向を転じ始めた。
「亀爺見て、鉄の鯨が逃げて行く!」
私は思わず手を叩いたわよ。
「追撃やめ!戻って鶴翼に陣を張れ!」
執拗に体当たりを繰り返していた鯱の兵士たちを将軍が呼び戻したわ、やむを得ないわね兵士達にも疲れが見え始めているんだもの。
鯱の精鋭達は次々に戻って来て岩場の前に鶴が羽を広げるように布陣した。「どう亀爺、私の言った通りだったでしょ?」
私はウットリと見ていたんだけど、兵士達の中からざわめきが起こっている。何だか様子がおかしい。
「あれ?」
「どうしました姫様?」
「あれを見て、鉄の鯨がまた反転を始めたわ!」
鉄の鯨が頭をこちらへ向けると動かなくなっちゃった。なんか不気味。
「皆の者慌てるでない、ただのハッタリじゃ!」
鯱将軍が兵達の動揺を抑えるように言ったけど、ざわめきはなかなか収まらない。
その時、海水が低い振動音を伝えて来た。
「なんだあの音は?」
「あわわわわわわ!!!」
「どうした鮫准将?」
「さ、さっきはこの音の後に凄い爆発が起きて・・・!」
「なに!」
「お、俺は逃げる!」
「鮫准将!敵前逃亡は極刑だぞ!」
「い、嫌だここにいたら死んじまう!」
私の目の前で鮫准将が凄い勢いで陣を離脱した。
「あっ、鮫准将が逃げた!」
「姫様あれを!」
亀爺が前足で指した先に、流線形の黒い塊が海中に白い泡の軌跡を残して近づいて来る。
「何あれ!」
何か分からないが禍々しさは半端ない。私は亀爺の甲羅にしがみついた。
「爺!」
「姫様、しっかり捕まっていなされ!」
「だ、誰かあれを止めろ!」
鯱将軍の悲痛な叫び声が聞こえた途端すごい衝撃が私を襲って、意識がだんだん薄れていった・・・




