鬼の最期と魔神仔のサヨナラ
鬼の名は金城武士、生前は沖縄空手の達人だった。
王は最後に武人としての決戦を挑む・・・
陳達を見送った王は鬼に向き直った。揺れは少し小さくなっている。
「さて、これからは武人同士の戦いとなる・・・そうじゃろ?」
「どう言う事だ?」
「儂等は妖怪や鬼に身を窶したとは言え、生前は武の道を極めんと修練して来たはずじゃ」
「ふん、そう言えばそんな事もあったか」
「どうじゃ、ここでもう一度武人に戻って、最後の戦いをして見ぬか?」
「この洞窟もそう長くは持つまい・・・いいだろう、お前の誘いに乗ってやろう」
「そうか」
「だが、お前といい道士の爺いといいおせっかいな奴らだ」
「ふふふ、爺いの習性よ・・・儂は王浩然、高雄で武術の道場を開いておった、今は弟子が継いでおるがな」
「俺は金城武士、沖縄で宮城剛順先生について修行した」
「あの、名人と謳われた宮城剛順の弟子か・・・道理で」
その時、また洞窟が揺れた。
「そろそろ始めるか?」
鬼、否、金城が吐息と共に爪先を内八字に締めて腰を落とす。さっき陳に対した時に取った構えと同じだ。
王はことさら構えるでもなく静かに立った。王ほどの達人になれば、どのような形を取ってもそれが構えとなり、動けば即技となる。
こうして見ると、小柄な王の身長は金城の肩あたりまでしかない。
間合いはニ間、先に動いたのは王だった。
歩むように間合いを詰めると、正面から蹴りを放った。なんの変哲も無い前蹴りである。
金城の躰がユラリと揺れた。
王の蹴りは空を切り、同時に金城の拳が王に迫る。
払うでも無く、王の手が金城の拳に軽く触れた。
途端に金城の躰は硬直し、王の放った掌底打ちに顎を打たれて転がった。
だが、金城は何のダメージも受けなかったように立ち上がった。
「さすがじゃの、掌底の決まる前に自分から転がったか」
「俺の動きを誘ったな」
「攻防一体は基本じゃからの」
「次はそうはいかん」
「なぁに、今のは小手調べじゃ、お主の力量は知れた」
「俺を焦らせようとしても無駄だ」
「ふむ、そうか・・・なら」
再び王が先手に出た。
躰ごとぶつかるように前に出て拳を連打する。
拳を両臂で受けながら、大きな躰を畳み込むようにして金城が沈んだ。
横から王の両足を刈るように払う。足を掬われて王は宙に舞った。
そこに金城の後ろ蹴りが炸裂する。王は腕を交差して受け止めたが洞窟の壁まで吹っ飛んだ。
横転しながら受け身を取り何とか壁に激突するのを避けた王は、壁を背にして立ち上がる。
「凄い威力じゃの、小柄だとは言え儂をここまで蹴飛ばすとは。しかし、それがお主の命取りになった」
「何だと?」
「ここまで距離が開かなければ、お主はすでにとどめを刺せた筈じゃ」
「ぬぬ・・・」
「さて、これからどうする?」
「空手に先手無し・・・しかしそれは敵の攻撃を待つと言う意味では無い」
「ほう・・・」
「今度はこちらから行かせてもらう!」
金城の動きは速かった。躰を投げ出すように前傾すると、その体制を保持したまま地を這う蛇のように距離を詰めた。
「なにっ!」
あっという間に間合いを詰められた王は、なす術もなく立ち尽くしていた。
「これで終わりだ・・・」
金城の鉄拳が王に向かって伸びて行った。
拳に十分な手応えがあった。王の顔面は柘榴の実の如くに潰れたはずだった。だが、金城の鉄拳は洞窟の壁にめり込んで、石片を弾き飛ばしただけだった。
金城の目の前に王の顔がある。まるで接吻でもしそうな距離だ。
王の両掌は金城の胸骨の下に置かれている。『成仏しろ』王の声が聞こえたような気がした。
ハッ!と言う呼気と共に一瞬で爆発した王の勁は、金城を洞窟の天井に叩きつけ、そのまま落下させた。
地面で強かに躰を打った金城は、一度起きあがろうと試みたが力尽きて仰向けに倒れた。
王は静かに金城に近付いた。
「終わりだ」
「ふふ、俺の足運びを盗むとは・・・」
「陳との戦いでじっくりと見せてもろうたからな」
「それが俺の敗因か・・・」
「良い勝負じゃった」
「鬼になる前にお前と逢いたかった・・・」
「なぜじゃ?」
「武を極めると言う目標があったなら・・・死なずに済んだんじゃ無いかと・・今なら思える」
「そうか・・・」
ゴゴゴゴゴ・・・・・・・
その時、地鳴りが聞こえて来た。
「もう行け・・今ので洞窟の崩壊が早くなったようだ・・・」
「うむ・・・」
「地獄で待っている・・・」
「閻魔によろしく伝えてくれ・・・」
「ああ・・・」
王が立ち上がり金城に向かって頭を下げる。
「さらばじゃ、金城」
「王、あ・・・」
金城が最後に何か言ったが岩盤の崩落する音に掻き消された。
王は落ちてくる岩を避けながら中庭の井戸に向かって駆け出した。
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「だからぁ、あの穴は潰れてしまったんだけど・・・」
小学校の中庭にある枯れ井戸から現世に戻った一行は、一言魔神仔に文句を言ってやらねば気が済まないと言うチャン・チュンに連れられて空き教室に向かった。
魔神仔は空き教室にいた。
チャン・チュンはひとしきり文句を言っていたが、言い疲れたのか言っても無駄だと悟ったのか段々と語尾が尻すぼみになって行った。
「そう、『虫喰い穴』は無くなったのね・・・」魔神仔は残念そうに言った。「この辺りでは異次元世界へ続く唯一の通り道だったのに」
チャン・チュンを異次元に連れて行った事には、全く罪の意識は感じていないようだった。
「嘘、あなた私を連れて行った時、あの穴は通らなかったわ、他に道があるんじゃないの!」
チャン・チュンの怒りが再燃した。
「いいえ、あなたは気付かなかったかもしれないけれどあの道は通ったわ、まやかしの術をかけただけ」
「え、そう・・・だったの?」
「チャン先生、もうそれくらいで許してやってはどうじゃ?魔神仔にとってはただの悪戯だったのじゃから」陳が言った。
「私も凄い経験が出来たわ、怖かったけど面白かった!」ノラが興奮して言った。
「僕も行きたかったなぁ」ネン・ネンが羨ましそうだ。
「ネン・ネンは鈍臭いから鬼に食べられちゃったかも」
「何だよノラ、僕だって・・・」
「鬼だけじゃ無い、百歩蛇だっていたんだぞ」ヤンが腕を蛇のようにくねらせて言った。
「や、やっぱり行かなくて良かった・・・僕、蛇嫌いなんだ」
「ははは、それより魔神仔、これからどうするつもりじゃ?」王が訊いた。
「そうそう、私も校長として聞きたい、この部屋に居座るつもりなのかい?」
校長が、できればそれはやめてもらいたい、と言った。
「そうねぇ、『虫喰い穴』が無くなったんじゃ、ここにいる意味がなくなったわ」
「じゃ、じゃあ出て行ってくれるのかい?」
「そうね、ただし条件がある」
「じょ、条件って?」
「あの井戸を埋めて、狒々爺の祠を作って欲しいの」
「祠?」
「狒々爺は悪戯も子供も好きだったから、きっと子供達と一緒にいたいと思うの。きっとこの学校を守ってくれるわ
はずよ」
「あ、ああ、お安いご用だ・・・他には?」
「それから、この子達・・・」魔神仔は教室の後ろ、古い机が積み重なっている辺りを差した。「この子達はここから動けないの、たまに悪戯するけど許してあげてね」
鬼が見えているのは陳と王の他にはノラだけだった。
「そ、そこにいるのかい?・・・わ、わかった、善処しよう」
「ありがとう」
「あなたは何処へ行くの?」チャン・チュンが訊いた。
「さあ・・・今度は台北辺りで『虫喰い穴』を探すわ」
「『虫喰い穴』と言うものはどこにでもあるものなのかい?」ヤンが訊く。
「さあね、でもここの穴が無くなったから、他にできる可能性はあるわね」
「魔神仔、お主黄泉の国に戻る気は無いか?」陳が訊いた。
「私のような中途半端な妖怪は、現世がお似合いよ」
「そうか、戻る気はないか・・・」
「じゃ、私行くね・・・バイバイ」
赤い服の女の子は、一瞬で全員の前から姿を消した。
「さて、これで万事解決じゃな」
「おじいちゃん、私道士になる。弟子にして!」ノラが陳に詰め寄った。
「いや、まだ早いんじゃ無いのか、せめて卒業してからでも遅くは・・・」
「いいえ、またどんな妖怪が現れるか分からないし、おじいちゃんだっていつまでここにいるかわからないでしょ?
「それはそうだが・・・」
「陳、良いではないか、ノラなら良い道士になるのは請け合いじゃ」
「わ、王、お前まで何と言うことを・・・」
「決まったわね」
「私も応援するわ!」チャン・チュンが言った。
「俺も!」
「僕も!」
「私も応援するよ、ノラちゃん・・・だってこの部屋には鬼が残っているんだろ?」
「校長先生臆病ね、おとなしい鬼達なのに」
「陳、これで引くに引けなくなったな」
「ううむ・・・仕方がない」
「ヤッタァ!おじいちゃん大好き!」
ノラが抱きついたので、陳は目を白黒させている。
「でも、あの異次元の私はどうしたかしら?」チャン・チュンが首を傾げた。
「向こうで自分に会ったのか?」
「夏虹僑女史に廊下を走っているのを見つかって校長先生と一緒に教育局に呼び出されてた」
「あの意地悪ばぁさんか、そりゃきっと今頃こってり搾られてるぞ」
「あぁ〜可哀想!」
「いいさ、もう関係ない世界だ。こっちの世界でチャン先生がいじめられていたら俺が庇ってやるよ」
「ヤン先生・・・」
「ん、んん、ヤン先生チャン先生、生徒の前ですよ」校長が渋い顔をした。
「さあさあ、今日は大変な一日じゃったな。皆帰って寝るとしようか」
「さんせ〜い!」
王と陳、ノラとネン・ネン、チャンとヤン、それに校長は薄暗くなった中庭を後にした。




