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妖怪 王  作者: 真桑瓜
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間に合った!

鬼の身の上に同情した陳は、短剣の切先を外し立ち上がる。

鬼は肩を震わせて泣いた・・・否、その震えが大笑に変わった時、洞窟が崩れ始めた・・・


王と陳が鬼に遭遇した頃、ヤンとノラとチャン・チュンが洞窟に入った。

三人は薄暗い中を足音を忍ばせて進んだ。

「チャン先生足元に気をつけて、この辺は石がゴロゴロしている」

ヤンが振り向いてチャン・チュンに注意を与えた。

「本当だ、足を取られそうね」

「私、石につまずいてもう少しで鬼にやられるところだった」

ノラが言うとチャン・チュンが神妙な顔で頷いた。

「ヤン先生、鬼がいたのは次の角を右に曲がったところだったわ」

「そうだ、とりあえず石を持って行こう、何も無いよりはマシだろう」

「そうね」

三人は手頃な石を拾うといつでも投げられるように構えて曲がり角に向かった。

「止まれ、俺が様子を見て来る」

ヤンが壁に沿って曲がり角の手前まで進んだ。用心深く首を伸ばして分岐の奥を覗き込む。

「大丈夫だ、誰もいない」

ヤンが角を曲がろうとすると、ノラが止めた。

「どうしたノラ?」

「しっ・・・」

ノラは耳の後ろに掌を当てて神経を集中した。

「あれ、なんの音?」

「なに?」ヤンが目を瞑って耳を澄ませる。

「確かに音がする、それも大勢が争っているような音だ」

「私にも聞こえる・・・」チャン・チュンが言った。

「おじいちゃん達が鬼と戦っているのかもしれない」

「おじいちゃん!」

ノラが叫んで駆け出した。

「待てノラ、先に行っちゃ危ない!」

ヤンが止めたがノラはどんどん先に行く。

「俺たちも行こう!」

二人はノラを追って駆け出した。


*************************************************


王は陳を助けようと足を踏み出した。

「動くな!動くと爺いを一突きだぞ!」

軍帽の鬼は陳に馬乗りになって短剣を喉に突き付けている。

「うぬ、何処からそんなものを!」

王は動けなくなった。

「貴様達二人を相手にするのは少々分が悪い、使いたくは無いが仕方あるまい」

「卑怯な!」

「何とでも言え。俺たち北支那派遣軍の日本兵は山西省太原で国民党軍の兵士として共産党軍と戦った。だが戦争が終わり、やっと日本に帰れると思ったら今度は旗色の悪くなった国民党軍に台湾まで連れて来られて、日本兵としての資格を剥奪されたのだ。国にも帰れず、家族にも会えず俺たちは存在そのものを抹消された。この怨みはこのくらいの事では晴れはせん!」

「お主達の立場には同情する。じゃが、こんな所に巣食っておって何とする?もう時代は変わったのじゃ」

「ふん、俺たちは強力な鬼となり、いずれこの国を恐怖のどん底に叩き落としてやるつもりだった。だが、お前たちのお陰でそれも無に帰してしまった。こうなったらお前達を喰らって、最強の鬼となり、俺一人で戦友達との約束を果たす!」

その時陳の目が微かに開いた。

「ウ、ウウム・・・」

「陳、気が付いたか!」王が叫んだ。

「突け・・・」陳が馬乗りになっている鬼を見上げた。

「なに?」

「それでお主の気が済むのなら、儂をその短剣で突くが良い」

「何を言っている、陳!」

「此奴も戦争の犠牲者じゃ、あの忌々しい時代を生きた儂らは皆その犠牲者でもあり責任者でもある。誰もその責任から逃れる事はできぬ」

「じゃからと言って・・・」

「そんな戯言に俺が怯むとでも思っているのか?」鬼が陳を見据えた。

「戯言では無い。さあ、一思いにやれ」

「そうか、ならお望み通り!」

鬼が短剣を持つ手に力を込める。

「おじいちゃん!」

その時、ノラの声と共に石が飛んで来て鬼の背中に当たって落ちた。

「ノラ・・・」陳が微かに頭を浮かすと短剣の切先が喉に触れた。

「助けに来たわ!」

鬼が首だけで振り返る。

「ノラちゃん、加勢するわ!」

チャン・チュンの投げた石も鬼に当たったが鬼には何の痛痒も与えない。

「どうしよう・・・」

鬼が薄笑いを浮かべた。

「そんならこれはどうだ!」

ヤンが足を高く上げ、右腕を力一に杯撓しならせた。

石塊が唸りを上げて飛んで行く。

「うぬっ!」

鬼が思わず腕を上げて石塊を防いだ時、王が叫んだ。

「今じゃ陳、呪符を使え!」

「なに?」

陳は気を失っていて、呪符を握っていたのをすっかり忘れていたのだった。

「おお、そうじゃった・・・!」

「これでも喰らえ!」

陳が呪符を鬼に叩きつける。途端に鬼の絶叫が上がった。

鬼と陳の立場が逆転した。陳は鬼の落とした短剣を拾って鬼の喉元に突きつけた。

「おじいちゃん!」

ノラが駆け寄ろうとするのを陳が制した。

「ノラ、無事で何よりじゃ。お陰で助かったがまだ近寄るで無い、この鬼の力は計り知れんからの」

陳は鬼に短剣を突きつけたまま訊いた。

「お主の気持ちも分からんでも無い、じゃが事ここに至ってはお主の望は叶えられん・・・どうじゃ大人しく成仏する気はないか?」

「なに・・・?」

「お主にその気があるのなら、儂の祈祷で成仏させてやる」

「本当か?」

「本当じゃ、どうじゃその気になったか?」

「こんな俺を救ってくれると言うのか?」

「戦争はすべての人間を不幸にする。それはどうしようも無いことじゃ。じゃが、死んでなお苦しむ魂を救うのは道士の務めじゃわい」

「陳、よせ!そ奴の言うことを信じるでない!」王が陳を諌めようと足を踏み出した。

「寄るな、王、儂は此奴を信じる!」

「ありがとう、恩に着る・・・」鬼はしおらしく礼を言った。

「ならば・・・立て」

「よせっ!」

王の制止も虚しく陳は短剣を引いた。

鬼はゆるゆると立ち上がると、喉を小さく鳴らして肩を震わせた。

「どうした、泣いておるのか?」

肩の震えは段々と大きくなり、やがて鬼の大笑に変わった。

「甘い奴め、俺は今更成仏する気など更々無い!俺たちの怨みはそんな軽いものでは無いわ!」

鬼が叫ぶと同時に洞窟がグラグラと揺れ始めた。

「なにっ!」

天井にひび割れが走り土砂が落ちて来る。

「この洞窟は俺の気で支えている、こうなったらお前達も道連れだ!」

揺れは益々激しさを増し、拳大の石が落ちてくるようになった。

「陳、其奴は儂に任せて、ノラとその二人を連れて井戸へ戻れ!」

「じゃが、儂の所為でこんなことに・・・」

「迷っている暇は無い、このままでは全員洞窟に押し潰されるぞ!」

「わ、分かった・・・済まない・・王」

「いいから早く行け!」

王は鬼の前に立ちはだかる。

「今度は儂が相手じゃ、儂は陳のように優しくはないぞ」

鬼がニヤリと北叟笑む。

その間に陳はノラの元へと走り寄った。

「ノラ、大丈夫か?」

「うん」

「よし、そっちの二人も付いて参れ!」

「王先生は!」

「王はあんな奴に負けはせん。それよりも王の気持ちを無駄にするでない」

「分かった!」

「手で頭を庇うのじゃ・・・よし、走れ!」

陳は三人を連れて井戸に向かって駆け出した。


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