虫喰い穴を探せ
校長室に飛び込んだネン・ネンは必死に異変を報告した。
校長は水鬼事件を解決した王と陳に相談しようと、ネン・ネンを連れて王武館に向かう・・・
「校長先生、大変です!」
ネン・ネンは校長室に飛び込むなり大声で怒鳴った。
「ん?ネン・ネンじゃないかどうしたんだねそんなに慌てて、また水鬼でも出たのかね?」
「ち、違います、ででででもそれとおんなじくらい、いやもっと大変な事が起こったんです!」
「何が起こったって?」
「チャン先生がいなくなって、それで僕とノラが職員室に呼びに行って、そしたらヤン先生がいて、音楽室に行ったら空き教室でヤン先生とノラが鬼に攫われて・・・!」
「う〜ん、さっぱり要領を得んなぁ・・・もっと落ち着いて話してみなさい」
「だだだ、だからノラと先生が鬼に攫われて・・・ウ、ウワ〜ン!」とうとうネン・ネンが泣き出した。
「困ったなぁ・・・まぁひとまずそこのソフぇに座りなさい、今飲み物を持って来てあげるから、それを飲んで落ち着いてから詳しく聞かせてもらおうか」
校長は備え付けの冷蔵庫からジュースを取り出して、ソファに座ったネン・ネンに持たせた。
「さあ、飲みなさい」
ネン・ネンはジュースを一気に半分ほど飲んで息を吐き、ようやく人心地を取り戻したようだった。
「落ち着いたかね?」
ネン・ネンはコクリと頷いた。
「じゃあ、ゆっくりとでいいから話してみなさい」
「はい・・・最初は三時間目のチャイムが鳴ったんです、でもチャン先生はなかなか教室に来なかったんです」
「チャン先生が遅刻?そりゃ珍しいな」
「はい、僕もそう思ったんですがそのうち来るだろうと思っていました、でも五分経ち十分が過ぎても先生が来ません」
「うむ・・・」
「みんな最初は大人しく自習をしていたのですが、そのうち男子が遊び始めて、ノラが注意したら遅刻した先生が悪いんだって・・・それで僕に先生を呼んでこいって・・・」
「それで君が呼びに行った・・・と?」
「ノラも一緒に来てくれました。職員室に行ったけどチャン先生は居なくって、居残りのヤン先生が一緒に探してくれる事になりました」
「ヤン先生が?」
「なんでも、プールに穴が空いたとか」
「あ、そうだった、今修理を頼んでいるんだったな」
「チャン先生が忘れ物を取りに行ったのをノラが思い出して、みんなで音楽室に行きました」
「そこにもいなかったんだね?」
「はい、だから僕とノラは隣の理科室を探してヤン先生は空き教室を探しに行きました。理科室にもいなかったからヤン先生の所へ行ってみたんです、そしたら・・・」
ネン・ネンの顔が何かを思い出したように恐怖に引き攣った。
「そしたらなんだね?」
「床から毛むくじゃらの手が出て来てヤン先生とノラを床に引き摺り込んだんです」
「まさかそんな事が・・・」
「本当です、嘘なんかじゃありません!」
「分かった分かった・・・水鬼の件もあるし信じるよ」
ネン・ネンがホッと息を吐いた。
「最後にノラがおじいちゃんと王先生に知らせろって・・・」
「おお、そうか、確かにあの二人ならなんとかしてくれるかも知れん」
「校長先生・・・」
「よし分かった、今から王武館に行ってみよう」
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「今日もいいお天気ね、こんな日は仕事サボって温泉にでも行きたいあるよ。それなのになんで朝から王先生と陳老師は喧嘩してるあるか、朝飯の揚げパンの大きさなんかたいして変わらないよ、いい加減にしてほしいあるね、少しは大人になってよ・・・」
包がブツブツ言いながら道場の前を箒で掃いていると、目の前でタクシーが停まった。
ドアが開いて降りてきたのは見覚えのある子供だ。
「あれ?ネン・ネンこんな時間にどうしたね?」
「包さん王先生と陳老師いる!」ネン・ネンが勢い込んで訊いた。
「いるにはいるけど・・・」
包が道場を振り向いて困った顔をする。
「折り入ってお二人にお頼みしたい事がありまして・・・」
続いてタクシーから降りてきた中年の紳士がネン・ネンの背後に立った。包が初めてみる顔だ。
「どちら様あるか?」
「これは申し遅れました、私はこの子の学校の校長をやっております謝と申します」
校長がネン・ネンの肩に手を置いた。
「ひえっ、校長先生あるか!」
「お取り継ぎ願えませんでしょうか?」
「も、もちろんある、先生たち喧嘩している場合じゃないね!」
包は箒を放り投げて建物に駆け込んだ。ネン・ネンと校長は置き去りだ。
「なんともそそっかしい人だ・・・」
「校長先生、入ってようよ」
「いや、そういうわけには・・・」
躊躇しているとバタバタと包が戻って来た。
「ささ、入って入って、王先生と陳老師会う言ってるね」
ネン・ネンと校長は互いに顔を見合わせて笑うと、タクシーを待たせたまま玄関に向かった。
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「校長、久しぶりじゃな」王が校長に挨拶した。
「王先生、その節はお世話になりました」校長が頭を下げる。
「陳、お主は初めてじゃったな、ノラの小学校の校長、謝先生じゃ」
「あなたがノラ君のお祖父様ですか?」校長が訊いた。
「いかにも、ノラの祖父陳傳と申す」
「実は誠に申し上げにくいのですが・・・」
校長はネン・ネンから聞いた話を掻い摘んで二人に話した。
「な、なに!ノラが鬼に連れ去られたと言うのか!」
応接室のソファから立ち上がって陳が叫んだ。
「正確には連れ去られようとしたヤン先生を助けようとして一緒について行ってしまったようですが・・・」
「僕、目の前で見ました、毛むくじゃらの猿のような手が床から生えてきて二人を連れ去ったんです」
「それでお二人に消えた三人の捜索をお願いしたくて参ったのです」
陳の拳がブルブルと震えた。
「おのれ許せん!すぐに行ってそいつをとっ捕まえてノラたちを救い出さねば!」
「まあ待て」
王がいきりたつ陳を宥めた。
「ネン・ネンお前は水鬼に攫われた事があるからわかるだろうが、何か変わったことはなかったか?」
動揺した陳に代わって王が訊ねた。
「そう言えばノラが机の下に首のない鬼がいるって言ってた、水鬼のおじさんの時にはそんな奴いなかったと思う」
「そうか、鬼は一体では無いのだな・・・」
王はウ〜ンと唸って腕を組んだ。
「王、儂はノラを助けに学校へ行くぞ!」
「待て、これはチャン・チュン先生の失踪とも関係があるかもしれん。床という無空間に引き摺り込まれたと言うことはあるいは・・・」
「なに!お主ノラが死んだとでも言いたいのか!」陳が王に噛み付いた。
「落ち着け陳そうではない、三人は異次元空間に連れて行かれた可能性がある」
「異次元空間・・・とはなんじゃ?」
「冥界には躰は連れて行けぬ、躰がここにないと言うのなら三人がいるのは冥界では無い、この世界と同じレベルの別の次元がすぐそばにある筈じゃ」
「な、なるほどな・・・王、お主なかなか博識ではないか」
「ふん、揚げパンの大きさにとやかく言うお主とは格が違うわい」
「な、なにっ、それを言い出したのはお主ではないか!」
「馬鹿言え、あれはお主が先に・・・」
包が二人の間に割って入った。
「ふ、二人とも、そんな事で喧嘩してる場合じゃないよ!」
「そ、そうじゃった」
「王、儂は何があってもノラを助ける、手伝ってくれるか?」
「当たり前じゃ、水臭いことを言うでない」
王が陳の肩を叩いた。
「タクシーを待たせてあります」校長が言った。
「よし、行こう!」
王と陳、校長とネン・ネンの四人を乗せたタクシーは全速力で学校に向かった。
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「誰も私を見てくれない・・・」
チャン・チュンは放心状態で校舎を徘徊した。
クラスの生徒一人一人の前に立って大きな声で名前を呼んだが誰一人返事をしてくれない。
三時間目終了のチャイムが鳴って廊下に出ると、同僚の先生があちらからやって来た。
行く手を塞ぐように立って手を広げてみたが、ぶつかった途端すり抜けてしまった。
職員室へ行ってみた、戸を開けなくても入る事が出来る。
やはり物理的な接触はできないと言う事か。
女の先輩が二人、自分の噂をしていた。
「ねえ聞いた?チャン先生政府教育局のお偉いさんに目をつけられたらしいの、今校長と一緒に教育局に出頭しているわ」
「まぁ、何をやったの?」
「授業に遅れそうになって廊下を走っていたのを教育局の課長に目撃されたんだって」
「課長ってあの有名な意地悪おばさん?」
「そう、夏虹喬課長」
「夏課長って若くて綺麗な女の先生に特に厳しいそうじゃない、チャン先生大丈夫かしら?」
「いい気味じゃない、近頃チャン先生男の先生達にチヤホヤされて調子に乗ってたみたいだったから」
「それもそうね、少しは痛い目にあった方がいいかもね」
私調子に乗ってなんかいません!・・・と抗議をしてみたが聞こえる筈も無かった。自分がそんなふうに思われていたなんて、少なからずショックだった。
「おい、あんた達、同僚が困っているのにあんまりじゃないのか?」
窓際の一番奥の方から声が聞こえた。最近赴任してきた体育教師だ、名前はえっと・・・
「ヤン先生、それはどう言う事です?」
噂をしていた先輩教師が怖い顔でヤンを睨んだ。
「自分が夏課長に相手にされないからってチャン先生の悪口を言うなんて、中年女のやっかみにしか聞こえないんだがな?」
「なんですって!」
二人が金切り声を上げた時四時間目開始のチャイムが鳴った。
女の教師達は忌々しげにヤンを睨みつけたまま次の授業の為に職員室を出て行った。
「あ〜あ、俺は次の時間も居残りだ、昼寝の続きでもするか」
ヤンは行儀悪く机の上に足を投げ出し顔に教科書を載せると、頭の後ろで手を組んで昼寝を始めた。
そうだ、ヤン先生って言うんだっけ・・・私を庇ってくれたのは嬉しいんだけど、こんな所を夏課長に見つかったらタダじゃ済まないんじゃないかしら?
そう思ったけれど注意することもできないし、これ以上職員室にいても仕方が無い。
チャン・チュンは職員室を出て校庭を彷徨った。
「あ〜もうどうしたらいいのよ!」
髪の毛をかきむしっていると赤い服を着た女の子が目の前に現れた。
「どう、楽しい?」悪戯っぽく訊ねる。
もう、怒る気力も失せてしまった。
「楽しくなんかあるもんですか・・・」
「鬼の気持ちが少しは分かって?」
チャン・チュンは虚な目で女の子、否、魔神仔を見た。
「鬼の気持ち・・・?」
「そう、前触れも無くいきなり躰を奪われて魂だけがこの世に残った。死んだのに冥界へも行く事が出来ず、かと言って生前の家族や仲間からも相手にされない鬼の気持ちよ」
「だって見えないんだもの、どうしてあげる事も出来ないじゃない」
「たまに陰陽眼を持った人間がいるけど、ただ怖がるだけで鬼の話なんか聞いてくれない」
「でもそれは鬼が悪いことをするからじゃないの?」
「そう、そうやって人間は悪い事があったら全部鬼の所為にする・・・自分の失敗を隠す為に」
確かに人間は、都合が悪くなると鬼や妖怪の所為にして誤魔化そうとする。
チャン・チュンは返す言葉を無くして口を閉じた。
「元の世界に戻りたい?」
魔神仔が訊いた。
「もちろん戻りたいわ」
「一つだけ方法があるけど、そこはとても危険」
「教えて、私どうしても戻りたいの!」
「だったら『虫食い穴』を探すことね」
「虫食い穴?」
「そう、異次元空間を結ぶトンネル」
「そんなものどうやって見つければ・・・」
魔神仔はチャン・チュンを無視して踵を返す。
「せいぜい頑張って探してね」
そう言い残して魔神仔は消えてしまった。
チャン・チュンはまた途方に暮れてしまった。




