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妖怪 王  作者: 真桑瓜
23/67

鬼の洞窟

首の無い鬼に床の中に引き摺り込まれたヤンとノラは、気がつくと中庭の井戸の底にいた。

ふとした弾みにぽっかり空いた横穴に、出口を探して入って行ったが、そこには旧日本軍の制服を纏った強力な鬼が待っていた・・・


ヤンとノラは中庭の井戸の中にいた。

なぜ井戸と分かったかというと、頭上に空いた穴から太陽の光が届き周囲の様子がよく見えたからだ。元々あった井戸の蓋は、水鬼が投げた所為で割れて使い物にならず、応急処置として金網が張ってあった。

「私たちなんでこんなところにいるんだろう?」

「分からん、空き教室の床に引き摺り込まれた所までは覚えているんだが・・・」

ヤンが頭上を見上げて呟いた。

「とにかくあそこから出るしかないが、この壁は登れんな」

「大声で助けを呼んだらどうかしら?」

「今は授業中だから呼んでも聞こえないだろう」

「授業が終わるまで待つしかないわね」

「だな、まぁもうすぐ終わるだろう。座って待つとするか」

ヤンが枯れ井戸の乾いた地面に腰を下ろし煉瓦積みの壁に寄りかかった。

その途端ぐらりと壁が動いた。

「ウ、ウワッ!」

頑丈な筈のレンガの壁が崩れて、井戸の側面に大きな空間が現れた。

「な、なんだこれは!」

湿った空気が流れ込んで来る。

「井戸の底にこんなものがあったとは・・・?」

ヤンは恐る恐る空間に足を踏み入れた。ノラもヤンの後に続く。

「ヤン先生、ここ何?」

ヤンとノラは暗い洞窟の中にいた。と言っても漆黒の闇ではない、ところどころに穿たれた穴から外の光が差し込んでいる。きっと昔は空気の取り入れ口だったのだろう。

「ここは、人工的に掘られた洞窟だ、おそらく日治時代に造られた軍事施設だ」

「だったら出口があるはずね?」

「そうだな・・・ちょっと待ってろ」

ヤンは人差し指を口に入れて唾をつけると頭の上に翳した。

「あっちの方から風が流れて来る・・・行ってみよう」

ヤンは風の来る方向に歩き出した。

「先生、待って!」

「ん、なんだ?」

「また鬼がいるといけないから私が先に行く」

ヤンには鬼は見えない、いきなり襲われたら今度は無事では済まないだろう。

「そうか、だが鬼がいたらすぐに教えるんだぞ」

「はい、でも大丈夫」

「なんでだ?」

「おじいちゃんに貰ったお守りの呪符がある」ノラは首から下げたお守り袋をヤンに見せた。水鬼の事件の後、さらに強力な呪符を陳から持たされていたのだ。

「さっきは使う暇がなかったけど、今度は最初から手に持って歩く」

「そ、それは心強いな・・・」ヤンは半信半疑ながら頷いた。

ノラはお守りから呪符を取り出し前に掲げて歩き出す。ヤンはノラの頭越しに前方に目を配りながらついて行く。洞窟は度々枝分かれして迷路のようになっていたが、その度にヤンが風の方向を見極め行く道を指示した。洞窟の左右に時々部屋らしきものが現れるが、そこには深い闇がわだかまっている。ヤンは気味が悪くなってノラに尋ねた。

「おい、鬼はいないのか?」

「先生怖がらないでね、鬼ならそこら中にいるよ・・・」

「ええっ!」

「でも弱い鬼ばかりみたい、おじいちゃんの呪符を見たら尻込みして襲って来ない」

「お前怖くはないのか?」

「怖いけど、私も道士の孫、鬼にビビってちゃ後継になれないでしょ」

「道士になるのか?」

「そのつもり」

「そうか、お前なら立派な道士になれそうだな」

ノラはありがとうと言って微笑んだ。そして、二、三歩歩くと足を止めた。

「どうした?」

「しっ!」ノラが人差し指を立てて唇に当てる。

「鬼の呻き声が聞こえる・・・」

最初は風の音かと思った、だが低く唸るような音には確かに怨念のようなものが含まれている。

「お、俺にも聞こえるぞ!」

「力の強い鬼は実体化できるの、だから声だって出せる」

「じゃ、じゃあ・・・」

目の前の洞窟はゆるくカーブしていてその先は見えない。

「気をつけて、すぐそこにいる!」

言った途端黒い影がぬっと現れた。

鬼は軍服を着ていた。ノラにはそれがどこの国のものなのかわからない。軍帽の下から炯々と光る目だけがこちらを睨んでいる。

「あれは旧日本軍の軍服だ、きっと恨みを残して死んだんだな」ヤンが言った。

「かなり強力な鬼よ、この呪符でも倒せるかどうか分からない」

「どうする?」

「一か八かやってみる、先生、鬼が怯んだらその隙に出口に向かって走って」

「お前は?」

「すぐに後を追うわ、出口を間違えないでね」

「分かった」

そう言っている間にも鬼はジリジリと迫っている。

ノラは呪符を頭上に高く掲げると、人差し指と中指を立て唇に当てた。口の中で小さく呪を唱えながら前に出る。ヤンもそのすぐ後ろをついて行く。

鬼が威嚇の声を上げ、今にも飛びつきそうに腰を落とす。

ノラが顔の前に呪符を降ろしフッと息を吹きかけた。呪符は一直線に飛び鬼に激突すると、眩しい光を発して爆発し鬼を洞窟の壁に叩きつけた。鬼はズルズルと背中で壁を滑って尻餅をついた。

「今よ先生!」

「よし!」ヤンは猛ダッシュをして鬼の前を駆け抜ける。その後をノラが追った。

出口は近いと思っていたが、意に反してまたも分岐が現れる。ヤンは立ち止まって風を読んだがなかなか方向が定まらない。

「先生、どっち!」ノラが叫んだ。「鬼が追って来るわ!」

「待て、焦ると出口を間違える!」ヤンは指を咥えて唾を付けると、曲げた肘を挙げて目を閉じた。

ジャリ!っと砂を踏む音がした。

「来た、先生!」

「よしこっちだ!」

左の分岐にヤンは飛び込んで行った。

「待って先生・・・あっ!」

いくらも行かないうちにノラが石に躓いて転んだ。鬼の姿はもうすぐそこまで来ている。

「大丈夫か!」ヤンがノラを助け起こした時には鬼は五メートルほどの距離に近づいていたが、呪符の攻撃が効いているのか動きが鈍い。

ヤンは落ちていた石を拾った。

「学生の時野球部で鍛えた剛腕を見せてやる!」

マウンドに立った時のように構えた。狙いを定めゆっくりと足を上げる。

「これでも喰らえ!」思い切り腕を振り下ろす。

石は轟音を上げて飛んで行き鬼の顔面にヒットした。

グワッ!

鬼は仰向けにのけぞってひっくり返った。

「先生凄い!」

「どうだ、見直したか」ヤンが自慢げに力瘤を叩く。

その時鬼がむっくりと起き上がった。

「ヤバイ!急ごう!」

ヤンはノラを起こすと、手を引いて走り出した。振り返ると鬼が立ち上がっていた。

「後ろを見るな、全力で走れ!」

ノラは無我夢中で走った。

「みろ、光が見える、出口だ!」

見ると前方にぽっかりと穴が空いている。息を詰めて穴を駆け抜けると、太陽の光が目に飛び込んで来た。

眩しさに目が眩み、二人して草むらに倒れ込んだ。息ばかりがゼイゼイと忙しない。

「お、鬼は・・・」

「見ろ、鬼はあの洞窟から出て来られないでいる!」

鬼は洞窟の陽がささないところに立ち止まって、恨めしそうにこちらを見ていた。

「おじいちゃんに聞いた事がある、鬼は太陽の光に弱いんだって」

「そ、そうか・・・なら、逃げ切れたんだな?」

「先生のお陰です」

「いや、そんな事は無い、俺はお前の勇気に脱帽だよ」

ほっとして胸を撫でおろしたが、まだ問題が解決した訳じゃない。

「・・・でも、ここどこ?」

「さあな、見晴らしの効く所まで登ってみるか」

「はい」

四方は鬱蒼とした森に囲まれている。二人は地面の勾配を見て高い方へ高い方へと登って行った。


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― 新着の感想 ―
[良い点] こう捉えると、野球も立派な「武術」になり得ますね(笑)
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