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妖怪 王  作者: 真桑瓜
18/67

楠梓小学校の怪

行方不明の少年を捜索する事になった王は、陰陽眼を持つ不思議な少女ノラに会う。

その少女は満月の夜『水虎』が『替死』を行うのだと告げる・・・


翌朝、王が楠梓ナンツー小学校の正門に着くとチャン・チュンが待っていた。

「おはようございます、王先生!」

昨日のスーツと違って、今日は水色のオックスフォードシャツにベージュのスラックスというラフな格好をしている。子供達相手に走り回る事もあるのだろう。

「今日はご足労をお願いして申し訳ありません、早速校長先生にご紹介しますね」

「校長先生?これは非公式の捜索では無いのか?」

王はてっきり秘密裏に妖怪を退治するものだとばかり思っていた。

「はい、最初はそのつもりでしたが、王先生が校内をうろうろしていると不審人物と間違われてしまいます。校長先生に話をしてご協力頂くのが筋だと思いまして」

「姿を消して捜索しても良いのじゃぞ?」

「はい、でもそれでは子供達にちゃんと捜索している事を知らせる事ができません。大人がちゃんと調べる事で子供達も少しは安心するのでは無いかと思います。ですが、王先生が妖怪であると言う事は子供たちに悟らせる訳にはいきませんから」

「まぁ、それはそうじゃが・・・」

「校長先生も警察の捜査だけでは心もとなく思われていました。それに、校長先生は若い頃『鬼』を見た事があると言っておられます」

「鬼を?・・・どんな鬼じゃ?」

「昔、台湾が未だ戒厳令下にあった時代の話です。高雄駅構内でたくさんの鬼達が行くあてもなく佇んでいるのを見たんだそうです」

{作者注・・・台湾では『鬼』と言えば日本の『霊魂』『幽霊』に相当するが、完全に一致する訳ではない}

「あの、二・二・八事件の犠牲者の魂だな?」

{作者注・・・中国国民党による民衆の弾圧・虐殺事件}

「はい、そうおっしゃっていました」

「そうか、ならば話が早い。妖怪や鬼の存在を無碍に否定はされまい」

「はい!」

チャン・チュンは先に立って歩き出した。

目の前に立つ校舎は木造の二階建てで、日本統治時代、軍の施設として建てられたものを流用しているらしい。特になんの変哲も無い建物で、日本の小学校と違うのは靴のまま入れる事だ。

正面の玄関から入り廊下を左に曲がった。

王はふと廊下の窓から中庭を見て驚いた。

「なんだこの建物は?」

チャン・チュンが怪訝な顔で振り返った。

「どうしました、王先生?」

「い、いやなんでもない・・・」

「そうですか?・・・あ、ここが校長室です」

チャン・チュンは立ち止まって左側にあるドアを指す。それから手を軽く握って二度ノックした。

中から返事があってチャン・チュンがドアを開け、王を中へといざなった。


*************************************************


「気が付かれましたか?」

一応の挨拶を済ませて王が疑問を口にした時、校長の顔が曇った。

王が先程驚いたのは、問題の中庭が東西南北四棟の校舎に囲まれている点だった。それだけならまだしも、何処にも外に繋がる出口がない事が普通では無い。外に出たければ一度校舎に入ってそれぞれの出口から外へ出るしかないのだ。つまりこの中庭は、四方を校舎で囲まれた閉鎖的空間なのだった。

「風水的には最悪の場所です」

校長は溜息混じりに言った。

「中庭には人が集まります。人を口で囲むと『囚』となります、しかも中庭には一本、大きな杉の木が植わっているのです・・・」

「木を口で囲めば『困』という字になる」王が校長の言を引き取った。

「その通り。今回の事件は人が囚われて困った事になったのです」

「それが妖怪を引き寄せる結果となったのだな?風水を考慮せず日本人が建物を建てたからじゃ」

「そのようです、だから私はノラ・ミャオの言う事を信じるのです」

校長は王の知らない名前を口にした。

「ノラ・ミャオと言うのは?」

「私のクラスの陰陽眼を持つ生徒です」チャン・チュンが答える。

「昨日あんたが言っていた子供じゃな?」

「はい」

王は暫く考えていたがチャン・チュンを見据えて言った。

「その子と話がしたい、ここに連れて来る事は出来るか?」

「えっと・・・校長先生、どうしましょう・・・?」

担任の一存では難しいのだろう。チャン・チュンは校長にお伺いを立てた。

「かまわん、連れて来なさい」言下に校長が命じた。

「分かりました、すぐ連れて来ます!」

チャン・チュンは校長室を飛び出しバタバタと廊下を駆けて行った。

『廊下を走ってはいけません』と書かれたポスターが虚しく揺れた。


*************************************************


「鬼が人をさらうのはその人を身代わりにして蘇るためです」

低学年の子供とは思えぬしっかりした声で少女は答えた。

髪をポニーテールに結んで首から御守りをぶら下げた女の子は、王の目を正面から見つめている。

「私のクラスのノラ・ミャオちゃんです」チャン・チュンが女の子を紹介した。

「私、ネン・ネンが水鬼に井戸に引き摺り込まれるところを見ました。誰も信じてくれないけど」

ネン・ネンと言うのは行方不明になっている子の名前だろう。

王はノラ・ミャオの目が自分の正体を見透かしている事を確信した。

「お主ノラ・ミャオと言ったか・・・」

「ノラでいいわ、お爺ちゃん妖怪でしょ?」

ノラの物言いは直截だ。

「分かるのか?」

「分かるわよ、だってお爺ちゃんには影が無いもの」

「あっ、本当だ!」チャン・チュンが素っ頓狂な声を上げた。

窓からは朝の光が燦々と降り注いでいるのに、王の足元にだけ影が出来ていない。

「やっぱり王先生は妖怪だったのですね!」

今更ながら驚いた顔をしている。

「やっと信じる気になったか?」

「はい!・・・ね、校長先生、私の言ったとおりでしょう?」

「い、いや、チャン先生は怪しいと言ってたけど・・・」

校長はチャン・チュンの変り身の早さに困惑気味だ。

「時にノラ、水鬼スイグェイはどんな格好をしていたな?」

王は二人の会話を無視してノラに訊ねた。

「そうねぇ、身長は二メートルくらい、全体的に濃い緑色をしていたわね。目はギョロリと大きくてワカメのような髪が頭に張り付いていた。それから手と足には水掻きがあって指の先には鋭い牙のような爪が生えていたわ」

ノラは戸惑うことなくスラスラと答える。まるで目の前に水鬼がいるようだ。

「ほう、よく覚えているな怖くはなかったのか?」

「そりゃ少しは怖かったけど、この御守りがあるから・・・」

「それは?」

「死んだおじいちゃんの形見なの、危なくなったらこれを使えって」

確かに妖怪の王には近寄り難い気を発している。陳の書いた呪符に近寄った時の感覚に似ていた。王はなるべく御守りに近寄らないようにして話柄を変える事にした。

「そうか、良いおじいちゃんだったのじゃな・・・で、水鬼はその場ではその子を殺さなかったのだな?」

替死ティースーを行うには満月の夜を待たなければならないの」

「替死?」

「他人を身代わりにして自分の魂を解放する事」

「だったらネン・ネンはまだ生きているのね!」

チャン・チュンが勢い込んで訊いた。

「ええ、今日は月齢14日、明日の夜水鬼は満月の光を浴びながら替死を行う。それまではネン・ネンは間違いなく生きてる」

「だったら絶対に助けなくっちゃ!」

「その時水鬼は井戸から出てくるのじゃな?」王が訊いた。

「ええ、必ず」

ノラは確信を込めて頷いた。

「しかし、ノラは妖怪の事に詳しいのじゃな」

王が感心して訊いた。

「私のお爺ちゃんは道士なの、もう死んじゃったけど・・・」

初めてノラが俯いて少し寂しそうな顔を見せた。

「そうか、悪い事を聞いてしもうた。許せ」

「ううん、お爺ちゃん私の死んだおじいちゃんに何処か似ているわ。おじいちゃんが生きてたらきっと助けてくれる筈だもの」

「よし、その死んだ爺さんに代わって、儂が必ずネン・ネンとやらを救い出す」

ノラの顔がパッと輝いた。

「お爺ちゃんお願い、きっとネン・ネンを助けて!」

「ああ、任せておけ」


王は一人でやると言ったがチャン・チュンとノラは断固として当日は自分達も戦うつもりだと言った。校長もこうなったら後には引けないと言った感じで参戦を申し出る。

四人は満月の日の放課後、中庭で落ちあう事になった。


*************************************************


「ボウズすまねぇな、お前ぇに恨みは無ぇが今夜死んでもらう」

砂の溜まった枯れ井戸の底で、水鬼が目の前に蹲る少年に言った。

井戸には真ん中に小さな穴の空いた重い石の蓋が被せてあって、夜の事とて一条の光も入って来ない漆黒の闇である。

ただ、手を伸ばすと互いの躰に触れられるほど狭い。

「俺は暗闇でも目が見えるが、お前ぇにゃ俺の姿は見えねぇだろう・・・最もその方が怖い思いをしねぇで済む」

少年は答えない、膝を抱えて蹲ったまま目を閉じている。

「俺も元はお前ぇと同じ人間だった」

「じゃあ、どうして僕を殺すの?」

今までじっと押し黙っていた少年が初めて口を開いた。

「・・・」

「ねぇ、どうして?」

責めるような声ではない、ただ訳を知りたがっているのだ。

「一年前ぇ、俺は満月の夜、知高川の辺りを家に向かって急いでいた・・・」

少年の質問に答えるでもなく、水鬼は訥々と語り出した。

「娘が熱を出して薬を買った帰りだった」

少年は黙っていたが先を促すように目を開けた。

「その時だ、川の中から水鬼が飛び出してきて俺を川へ引き摺り込んだ。俺は必死になって抵抗したが妖怪の力には抗する術も無くあえなく命を落としたてぇ訳だ」

水鬼はそこで言葉を切った。

「それでどうしたの?」

「水鬼は俺の魂を自分の躰に閉じ込めて、あっという間にいなくなっちまった。奴は俺を身代わりにして何処かに消えたんだ。ひょっとしたら俺と同じような事情があったのかもしれねぇ」

「・・・」

「俺は替死ティースーが出来る人間を待った、だがよ、あの辺は滅多に人が通るところじゃ無ぇ、俺だって急いでなければ通らなかったはずだ。俺は何かに惹かれるようにして人の集まるこの場所にやって来たんだ」

「それで僕を身代わりにしたいんだね」

「俺はどうしても家に帰りてぇんだ!一目だけでも娘の無事な姿を見なければ成仏できねぇ!こんな姿を妻子に見せる訳には行かねぇんだ、せめて霊魂に戻れたら・・・」

水鬼は嗚咽を堪えて苦しげに息を吐いた。

「いいよ・・・僕を殺しても」

「え?」

「殺しても良いって言ったんだ・・・僕だってお父さんやお母さんが病気になったら早く帰ってあげたいと思うもの」

「そんな事を言うな!」水鬼が怒鳴った。「覚悟が・・・乱れるじゃ無ぇか・・・」

水鬼はガクリと項垂れた。

「ボウズ・・・名前は?」

「ネン・ネンだよ」

少年は暗闇の中で水鬼に顔を向けて笑った。


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