学校の怪談
平和な日常に戻った王は、王武館の食堂で呑気に昼寝を貪っていた。
そこに包が勢いよく飛び込んで来て来客を告げる。
小学校の先生だという女性は、中庭の古井戸に住む『水虎』を退治して貰いたいと王に懇願する・・・
紅包事件以来、王武館は平穏な日々が続いていた。
子龍は道場で弟子達の指導に余念が無く、陳は妖怪となってこの世に蘇った弟子のガオを探して雲林県の方まで出掛けている。
暇を持て余した王は食堂のテーブルに突っ伏して午睡を貪っていた。
「王先生、お客あるね!」
包が乱暴に食堂のドアを開けて入って来た。包にしては珍しく緊張した顔をしている。
「何事じゃ、慌ておって。また女の鬼でも出たか?」
包はあからさまに嫌な顔をした。あれから何かにつけ王が揶揄うからである。
「違うよ!そうじゃないね、お客言うは楠梓小学校の先生あるよ」
王が怪訝な顔をした。
「小学校の先生が儂に何の用じゃ?」
「妖怪を退治して欲しい言ってるよ。なんでもこの間の事件、高雄中に広まっていると言う話ね」
紅包事件のメイリンの両親は、台湾でも屈指の資産家である。有名人が集まるパーティでつい口を滑らせ噂が一気に広まってしまったのだと言う。
「とにかく困っているらしいあるよ、是非先生にお願いしたい言ってる」
王は面倒な事が大嫌いである。渋い顔で包に言った。
「儂は留守じゃ、そう言って帰ってもらえ」
「もう居ると言ってしまったある、このままじゃ私嘘つきになてしまうあるね。故郷の母ちゃんに言われたある、餅は搗いても嘘だけは吐くなって!もし王先生が話を聞いてくれないなら、金輪際先生の御飯作ってあげないある!」
包は必死の形相で王に詰め寄った。
「わ、分かった分かった、聞けば良いんじゃろ聞けば・・・」
「そ、わかれば良いね」
包は勝ち誇ったように顎を上げた。
「だが聞くだけじゃぞ」
「結構よ、あとは先生が断ろうとどうしようと私には関係ない、先生に任せるよ」
「こ、こやつ・・・」
王は手のひらを返したような包の態度にムッとしたが、包は一向に気にする様子もなく踵を返し食堂のドアを開けた。
「じゃあ、応接室に通しておくから、なるべく早く来てくれるよろし」
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「チャン・チュンです、どうぞよろしくお願いします」
王が応接室に入ると、バネ仕掛けの人形のようにソファから立ち上がって、若い女性が頭を下げた。地味なグレーのスーツに身を包んでいるが膝丈のスカートからは長い脚がすらりと伸びている。頭を上げた彼女は細い赤フレームの眼鏡をかけており、レンズの向こう側の黒目がちな目がなんとも言えず愛らしい。
頭を下げた時に落ちた前髪が邪魔になったのか、カールのかかった髪を掻揚げ、形の良い耳を見せた。
「ほう・・・」小学校の先生にしとくのは勿体無いほどの美形じゃ。
王は内心の驚きを隠してチャン・チュンに訊いた。
「頼み事があるそうじゃの?」
「はい、実は・・・」
チャン・チュンが言いかけるのを手で制して王がソファを指した。
「座って話を聞こうか」
「はい・・・」
チャン・チュンは再びソファに浅く腰を下ろした。
王はチャン・チュンの対面に座り、改めて切り出す。
「儂が王じゃ、鬼を退治してもらいたいそうじゃが?」
途端にチャン・チュンの表情が曇った。
「高雄の西に楠梓小学校があります、私はそこの教員で三年生のクラスを受け持っています・・・あの、いきなりこんな話をして信じていただけるかどうか」チャン・チュンはそこで逡巡し言葉を切った。
「儂は少々の事では驚かん、何せこの儂が妖怪じゃからの」
「え?」
「なんじゃ、聞いておらんのか?儂は二年前に病で死んで、死神を騙くらかしてこの世に妖怪として蘇った」
今度はチャン・チュンの方が猜疑心も露わに王を見遣った。
「あの、それは本当のことですか?」
「あんたは妖怪を退治してもらいたいのじゃろう?なのに怪力乱心を信じてないのか?」
王に言われてチャン・チュンは顔を赤らめた。
「はい、仰る通りです・・・実は私も半信半疑なのです。でも、ある子供があまりに真剣に言うものですから・・・」
「何かあったのじゃな?」
「生徒が一人行方不明になったのです」
思い切ったようにチャン・チュンが言った。
「学校の中庭に枯れ井戸があるのですが、そこに水鬼という妖怪が住んでいて生徒を拐ったとその子が言うのです」
「あんたはそれを信じていないのじゃな?」
チャン・チュンが首肯した。
「警察が来て学校の中はもちろん、生徒の行きそうな場所は隈無く探しましたが一向に見つかりません。信じたくはありませんがもし犯人が妖怪なら警察に任せておいても拉致はあかないと思ったのです」
「ふ〜む」
王は腕組みをしてチャン・チュンを見た。
「信じていないのになぜここへ来た?」
「私に水鬼の事を教えてくれた子は陰陽眼を持っているのです。うちの学校は古い学校で体育館や地下室でよく不思議な事が起こるのですが、その度にその子が、『あっ、あそこに子供の鬼がいるよ』とか『首のない日本兵が立ってるよ』とか言うんです。私には陰陽眼がありませんから気味が悪くって・・・でも、道教の道士を呼んできてお祓いをしてもらったら不思議な現象はピタリと治るのです。それで・・・」
「藁にもすがる思いで来たということか?」
「はい・・・」
王は腕組みを解いて優しく言った。
「これは疲れるであまりやりたくは無いのじゃが・・・儂が妖怪である事を証明すれば、その子の言う事を信じるか?」
チャン・チュンはハッとして王の顔を見た。
「どうじゃ?」王が確認をするとチャン・チュンが頷いた。
王はソファから立ち上がり、同じく立ち上がったチャン・チュンの前に立つ。
「これから儂の躰が伸びたり縮んだりする、腰を抜かさんようにしてよく見ておけ・・・いくぞ」
鼻の穴を開いてスッと息を吸い込むと、王の躰は見る間に天井に届くくらいに大きくなった。チャン・チュンが息を呑むのが聞こえた。王の大きな目がチャン・チュンを見下ろしている。
「今度は縮むぞ」
王がフッと息を吐くと一瞬で王の躰はチャン・チュンの踝よりも小さくなった。
「どうじゃ?」
チャン・チュンを見上げて王が訊いた。
「キャッ!」
スカートの裾を押さえてチャン・チュンが後退る。
「す、すまん、すまん、悪気は無かった・・・許せ」
王が普通のサイズに戻ると、チャン・チュンがホッと息を吐いた。
「どんな奇術を使ったのですか?」
「奇術などでは無い!」王の声が大きくなった。
「でも、躰が伸び縮みするなんて幻覚としか思えません」
「むむむ、疑り深いやつじゃ」
「でも、凄かったので信じる事にします。王先生、どうぞよろしくお願いします!」
チャン・チュンがペコリとお辞儀をした。
「何だか釈然とせんが・・・」
王が渋い顔を作るとチャン・チュンが慌てて言った。
「では、明日の朝八時に楠梓小学校の正門前で待ってます!」
「あ、ああ・・・」
チャン・チュンはドアを開けると応接室を出て行った。
「王先生、あの人鬼じゃなかったあるか?」
入れ違いに入って来た包がチャン・チュンの背中を目で追いながら王に訊いた。
「やっぱりお前疑っていたのか?道理で儂に押し付けようとした訳じゃ」
王が呆れた顔で包を見る。
「もう鬼と美人は懲り懲りね!」
どこかで訊いたようなセリフを残して包も応接室を出て行った。




