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妖怪 王  作者: 真桑瓜
16/67

最終決戦〜そして

辛くも鬼に勝ちを得た王と陳は、包の異変に気づく。

魂を包の躰に戻した時、メイリンの父母が道場に訪れてある願いを口にした・・・


「師匠起きて下さい!」子龍が王の耳元で大声を上げた。

「老師、起きるあるよ、そろそろ陽が落ちるね、逢魔時、鬼が出る時刻ね!」包が陳の胸ぐらを掴みガクガクと揺する。

包が心配した通り、あれから酒を飲み続けた王と陳は、食堂のテーブルにだらしなく突っ伏して酔い潰れてしまった。

「李先生、ダメあるよ、二人とも正体無くしてしまっているね・・・」

「本当にしょうのない先生方だ、こうなれば生身の人間である我々にはどうする事も出来無い。だが、ただ一つ確かなのは、この建物の中にいれば大丈夫だと言うことだ」

「そうね、呪符が貼ってあるから鬼は入れないあるよ」

「陳老師が自慢げに言っていたからな、わしの呪符は閻魔大王だって破れない、って」

「なら今夜は安心ね、私、顔洗って寝るあるよ」

「そうだな、俺も今夜は寝るとするか・・・」

子龍は王と陳を交互に見遣ってから包に言った。

「包、お二人に毛布をかけてやってくれ、それからお前は絶対に外に出てはならんぞ」

「言われなくたって出ないあるよ、それは間違いないね!」

「なら良い・・・おやすみ」

子龍が食堂のドアを開けて出ていくと、包は毛布を持ってきて二人にかけた。

「さて、私も寝るあるか・・・」

包は厨房の水道で顔を洗うとタオルで拭った。

「あれ?タオルが真っ黒になったあるね、私の顔こんなに汚れていたあるか?」

不思議に思ったが、まぁいいかと独りごちた。

「じゃあ、先生方おやすみある」

寝ている二人に挨拶をすると、包は自室へと戻って行った。


*************************************************


・・・さん・・・包さん・・・

「え?」

包はガバと跳ね起きた。

「誰か私を呼んだあるか・・・?」

上体を起こしたまま耳を澄ませたが何も聞こえない。

「空耳か・・・」部屋の時計を見ると午前二時を少し回ったところだった。

「せっかくぐっすり眠っていたのに・・・仕方ない、また寝るあるよ」

包は枕に頭を乗せると、毛布を被って目を瞑った。

包さん・・・起きて・・・

「ええっ!」

今度ははっきり聞こえた、女の声が自分を呼んでいる。

「だ、だれ!」

包さん・・・もうお忘れですか・・・つれないお方・・・

「そ、その声はメイリンさん・・・いや、鬼の声あるか!」

私は鬼ではありません・・・ただあなたをお慕い致す者・・・

「騙されないあるよ!」

あなたの方こそ、どなたかに騙されているのではありませんか?お連れの方はこの世のお方では無いとお見受け致しましたが?

「王先生と陳老師は確かに妖怪あるけど悪い妖怪じゃないね、私を守ってくれるあるよ」

まぁ悲しい・・・あなたは私よりそちらの方をお信じになるの・・・もうお忘れになったのですか・・・二人で契った約束を・・・

「約束?」

いつまでも二人は離れない・・・と

「そ、それは貴女が人間だと思ったから・・・」

私は人間です・・・嘘だと思ったら窓から覗いてみてください・・・

「窓?」

そう・・・私は窓の外に立っています・・・

包は誘われるままに窓際に立った。そして窓のカーテンをそっと開けて外を覗いて見た。

「あっ・・・!」

そこには包の見知っているメイリンが立っていた。

「メ、メイリンさん・・・」

お分かりになりましたか・・・?

「は、はい・・・」

でしたら今すぐ外に出ていらして・・・教会へ行って式をあげましょう・・・

「式?」

あなたと私の結婚式・・・

包は無意識に窓に掛かった鍵を外した。

さあ・・・行きましょう・・・私と一緒に・・・


*************************************************


「ん?いつの間にか眠っておったわい」王が目を覚まして呟いた。

横を見ると陳が涎を垂らしてだらしなく眠りこけている。

「おい、陳起きよ・・・」

「ウ〜ン・・・ムニャムニャもう飲めんぞ・・・」

「誰が飲めと言った!」

「ではなんだ?」

「包の姿が見えんのじゃ」

「部屋に戻っておるのではないか、建物の中にいれば大丈夫じゃろう?」

陳が漸く顔を上げて王を見た。

「だと良いが」

「大丈夫さ、儂の呪符は閻魔大王だって・・・」

「しっ!」王が唇の前に人差し指を立てた。

「どうした?」陳が訝しげに訊いた。

「人の話し声がしないか?」

「なに?」

陳も口を閉じると、黙って耳を澄ませた。

「確かに・・・あれは包の声じゃ、もう一人は女・・・」

「包が危ない!」

王がぶつかるようにしてドアを開け食堂を出て行った。

「待て、儂も行く!」

陳も王の後を追って食堂を飛び出した。


*************************************************


包は窓枠を乗り越えて庭に降り立った。

目の前には真っ赤なワンピースを身につけたメイリンがいる。

「メイリンさん・・・」

「包さんやっと逢えましたね」メイリンは優しく包の手を握った。

「私も逢いたかった・・・」

包は完全にトランス状態に入っている。メイリンに手を引かれるまま歩き出す。

「これであなたと私はもう二度と離れない・・・」メイリンの目が怪しく光ったが包には優しい微笑みに見えた。

メイリンがゆっくりと瞼を閉じる、包はメイリンの赤い唇に吸い寄せられるように顔を近づけた。

「待て!」

その時包の部屋の窓から王が飛び出して来た。

「包、何をしておる!」

包が振り返って不思議そうに王を見た。

「王先生、メイリンさんが訪ねてきたあるよ」

「何を言っておるのじゃ!それは鬼じゃ、耳まで裂けた口が見えんのか!」

「王、無駄じゃ、包の額の陰陽眼が消えておる!」陳が包の部屋から叫んだ。

「なに!」

見ると包の額に描かれた目が綺麗に消えていた。

「包め、寝る前に顔を洗ったに違いない」

「注意していなかったのか!」

「すまん、ついうっかり・・・」

「くそっ、こうなったら戦うしかない!」王が腰を落として身構えた。

「待て王、今度は儂とお主とのコンビネーションプレイじゃ」

陳が窓から出て来て王の横に並ぶ。

「どうするのじゃ?」

打小人ダーシャオレンを使う」

「打小人とはなんじゃ?」

「日本で言う呪いの藁人形のようなものじゃ、奴の躰の一部を封じ込め、動けなくして火を付ける」

「それで奴を倒せるのか?」

「分からん・・・だが、やってみる価値はある」

その時鬼が動いた、包を背中に隠すようにして二人の前に立ちはだかる。

「何をごちゃごちゃ喋っている、そっちから来ないのならこちらから行くぞ!」

「そう急かすな、慌てんでも相手になってやるわい!」

王は鬼を牽制すると、陳に小声で訊ねた。

「どうすれば良い?」

「鬼の髪の毛を取って参れ」

「それだけで良いのか?」

「うむ・・・」

王は陳から離れるように一歩足を踏み出した。

「さあこい!昨日の決着をつけてやる!」

王が構えると、鬼の目が怪しく光った。青白い妖気が鬼の躰を包み込み、見る間に膨れ上がる。

「今度こそ冥界に送ってやる!」

蓬髪を逆立てて鬼が滑るように王に突進した。

王は左足でジャンプすると空中でクルリと躰の向きを変えた。

折り畳んだ左足を後方に向かって鋭く蹴り出す。

鬼は予測していたように頭を下げ、後蹴りを躱すと王の着地を狙って後ろから掴みかかった。

「かかったな!」

王は背中を向けたまま身を沈めると、後ろから組み付いてきた鬼の頭に手を伸ばし、髪の毛を掴んで思い切り投げ飛ばした。

鬼は頭から地面に突っ込んで動かなくなった。

王の手には抜けた鬼の髪の毛が指の間に絡まるようにして握られている。

「これで良いか、陳」

鬼から注意を逸らさぬよう、王は後方の陳に髪の毛を差し出した。

「うむ、これだけあれば十分じゃ」

斃れていた鬼が、むっくりと起き上がった。

「おのれ、八つ裂きにしてくれる!」

立ち上がった鬼の躰は宙に向かって舞い上がり電気を纏って空気を振動させた。鬼が最終の攻撃体制に入ったのだ。

「陳、まだか!この攻撃は避けきれぬ!」

王が言い終わらぬうちに鬼は電撃となって王に激突した!


いつの間にか降り出した雨に打たれて、陳が鬼と対峙して立っていた。

陳と鬼の間には大きな丸い穴が開いており、その底に王が横たわっている。

王は死んだように動かない。

「次はお前の番だ」鬼が陳を睨みつける。

「ふふふ、そうはいかん」

「なに?」

「これを見よ!」

陳が左手を差し出した。その手には人型の紙と鬼の髪の毛が握られていた。

陳は人型に髪を包み込むようにして丸めると、右手に持った釘を突き立てた。

ギャー!

闇をつん裂く鬼の声が、雨雲に閉ざされた夜空にこだました。

鬼は胸を押さえてその場に蹲る。

「貴様何をした!」

打小人ダーシャオレンじゃ、もうお前に逃れる術は無い!」

「クッ・・・!」

「これで終いじゃ!」

陳が呪を唱えてフッと息を吹きかけると、人型の紙は一気に燃え上がった。

うぐぁぁぁぁぁ・・・・・・!!!

鬼は火だるまになって燃え上がり、両手で天を掴むような格好で最後の咆哮を上げると、真っ黒な炭になって動かなくなった。

陳は穴の縁を回って鬼の倒れている場所へやってくると、両手で印を結んで呪を唱え始めた。

炭になった鬼の姿はやがて灰になり、雨に打たれてグズグズと崩折れて地面に黒いシミを残した。

「老師、ご無事ですか!」

建物の中から子龍が飛び出して来た。

「儂は無事じゃが王が・・・」

陳は穴の中に斃れている王に向かって手を合わせた。

「えっ!」

子龍が慌てて穴に駆け寄った。そして斃れている王を見ると喉が裂けるほどの大声で叫んだ。

「王先生!王先生ぇぇぇぇぇ・・・!」大粒の涙を流して泣いている。

「なんじゃ、騒がしいのぅ・・・」王がムクリと起き上がる。

「え?」

「王、生きておったのか!」

「不意打ちを喰らって気を失っておっただけじゃ」

「王先生、良かった!・・・本当によかった・・・」子龍が洟水を啜り上げる。

「それより鬼はどうした?」

「お主のお蔭で倒す事が出来た」

「そうか・・・」

王がゆっくりと立ち上がった。

「包は無事か?」

「おっと、忘れておったわい」

陳は目を細めて、さっきまで鬼の立っていた場所を透かし見た。

「あそこに倒れておる」

陳の指差す先に包がうつ伏せに倒れていた。子龍が駆け寄って包を抱き起こす。

「息はあるようです。包、しっかりしろ!包・・・!」

子龍が頬を叩き大声で呼んでも包は目を開けなかった。

陳が来て、かがみ込んで包の様子を見た。

「魂が抜けておる」

「老師、どうすれば・・・」

収驚ソウジンをするしかあるまい」

「収驚とな?」

「魂を躰に返す術じゃ」

「陳、早速やってくれ!」王が言った。

「よし子龍、包を道場に運べ、そして線香と生米一合、それに赤い盆と清潔な衣服を用意するのじゃ」

「分かりました!」


*************************************************


道場の中央に寝かされた包の周りを、線香を持った王と子龍がぐるぐる回っていた。

包の枕元には赤い盆に入れた米と清潔な服が畳んで置いてある。

陳は呪を唱えながら金紙インズー(神様用の紙幣)を書くと、盆に入れた米を包の左手に握らせた。

そして清潔な服を赤い盆に被せると、金紙を乗せて線香をかざす。

長い線香が燃え尽きるまで陳は呪を唱え続け、王と子龍は包の周りを回った。

「よし、その辺で良いじゃろう」

陳が言うと王と子龍が歩みを止めて陳のそばへやって来た。

「これで良いのか?」王が訊いた。

「お祓いをした衣服を包に着せよ」陳が厳かに告げる。

「子龍・・・」王が命じた。

子龍は包の着ていた服を脱がせると、丁寧に新しい服を着せた。

「着せました」

「そのまま寝かせておけ、そのうち目を覚ますじゃろう」

陳は道場の神棚に線香をあげると王を振り返った。

「酒がまだ残っておったはずじゃが?」

王がニヤリと笑う。

「一仕事終えたのじゃ、もう誰にも文句は言わせんぞ」

「ふふふ、飲み直しじゃな」


王と陳は、道場に子龍を残し食堂に戻って酒盛りを始めた。


*************************************************


翌朝、目を覚ました包は昨夜の出来事を一切憶えていなかった。

鬼に連れ去られかけた事を教えると、唇を震わせて言った。

「私、もう二度と落とし物拾わないあるね・・・」

「そうしろ、じゃが妙齢の娘がお主に声をかけてくるなんて、金輪際ある事では無いぞ」

「王先生、なに言てるあるね、あの鬼も私の美貌に惚れたのよ」

「ワハハハハ・・・鬼にも陰陽眼を描いてやるか」

「陳老師も意地悪ね・・・もう美味い飯作ってあげないあるね!」

「すまんすまん、包、悪かったこの通り謝るで早く飯を作ってくれ」

王と陳が手を合わせて包を拝み倒す真似をした。

その時、玄関のドアをノックする音が聞こえてきた。

「あ、お客さんね、飯は後回しよ」

「仕方ない、早う済ませて戻って来い」

包は眉根を寄せて二人を睨むと玄関に出ていった。


暫くして戻って来ると、包が困った顔で言った。

「なんだか変な事になってるよ、王先生達ちょっと玄関にきて欲しいあるね」

「どうした、包?」

「金持ちそうな中年の夫婦が、娘の事で相談がある言ってるよ」

「なに、娘の事?」

「とにかくその夫婦に会って欲しいある」

「待て包、その夫婦もしかしたら・・・」陳が腕組みをして考える風をした。「とりあえず応接間にお通ししろ」

包は再び玄関に出て行くと、二人を応接間にいざなった。


王と陳が入って行くと、二人掛けのソファーから夫婦が立ち上がった。

「どうぞお座り下さい」

軽く会釈をして着座を勧めると二人は浅く腰を下ろした。

対面の一人掛けのソファーに王と陳が座ると、包がお茶を持って入って来た。

お茶を配り終えると、そのまま王達の後ろに立った。

「どのようなご用件じゃな?」

王が夫婦者に話を促した。夫婦は互いに目を合わせると頷き合う。

「実は・・・」夫の方が口を開いた。「これが娘の写真です」

テーブルの上に一枚の写真を滑らせた。

「あっ!」盆を持ったまま絶句したのは包だった。

「見覚えがおありですか?」夫人が包を見た。

「メ、メイリンさん・・・」

「やはり・・・」

夫が深いため息を吐いた。

紅包ホンバオを道に置いたのはあなた方ですな?」陳が直截に訊いた。

「はい・・・」夫人が答える。「結婚を目前にして交通事故で亡くなった娘が不憫で・・・」

「だから冥婚を仕組んでこの包の命を危険に晒した・・・と?」

「お怒りはごもっともです・・・ですが、このままでは娘は浮かばれません、どうか子を思う親の心を不憫だと思って、娘と結婚してやって欲しいのです」

「なにを勝手なことを!」王が堪らず声を荒げた。

「待て王、儂にいい考えがある」

陳が王を制して夫婦の方を向いた。

「明日、この台湾でも有数の絵師を屋敷に呼んでおいて貰いたい」

「絵師を?」

「呼べぬか?」

「いえ、それくらい私どもにとっては造作もない事ですが・・・」

「ならば頼む、娘の為と思ってとびきりの絵師を呼ぶのじゃぞ」

「・・・それで娘が成仏できるのなら」

「なら、明日・・・場所は鉄門のある屋敷で良いな?」

「は、はい」


*************************************************


翌日三人は連れ立って鉄門のある屋敷に赴いた。

包にとっては通い慣れた屋敷であったが、今日はなんだか様子が違う。

使用人がたくさん働いており、屋敷そのものが生気に溢れている。

リビングで絵師と落ち合ってメイリンの部屋に入った。

見慣れたベッドの横に祭壇が設られており、メイリンの写真が飾ってあった。

陳は祭壇に線香をあげると包に言った。

「メイリンの写真の横に並べ」

「ええっ・・・」

「心配するな、もう鬼は出てこぬ」

恐る恐る包はメイリンの写真の横に並んだ。

陳は絵師に向かって言った。

「さあ、二人の仲睦まじい様子を絵に描いてくれ」

「陳、どう言う事だ?」王が訊いた。

「二人の絵を四十九日の朝に廟で燃やす。そうすれば煙と共に天国へ召される」

「鬼を騙すのか?」

「ふふふ、嘘も方便じゃ、それで娘の霊魂が成仏できるのなら文句はあるまい」

「ふん、腐れ道士めが・・・粋なことを」


包は強張った顔のまま笑うことも出来ずにいたが、そこは一流の絵師、ちゃんと笑った顔に描いてくれた。

「包、どうじゃ、一緒に天国に召されるか?」

「ととと、とんでもない!美人はもう懲り懲りあるよ!」


包は眉間に皺を寄せて、首をブンブンと左右に振った。


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