鬼との戦い
道場の扉全てに呪符を貼り終えて、前庭でメイリンの鬼と対峙する王と陳。
鬼の強さに武術家の性を刺激された王は、陳を制して一人で鬼に立ち向かうが・・・
「わ、王先生あれは何あるか!」道場に飛び込んでやっと人心地がついたのか、包が勢い込んで王に訊いた。
「鬼じゃ」王は簡潔に答える。
「鬼?メイリンさんないあるか?」
「その、メイリンとやらの鬼なのじゃ」
「嘘ある、メイリンさん鬼なんかじゃないね!」
「目を覚ませ包、メイリンは既に死んでおる」
「信じられないね、メイリンさん生きているあるよ!」
「お主その目で見たであろう」
「違う、違うね、あれはメイリンさんじゃないある!」
包は自分の見たものをどうしても信じられなかった。
「わたし戻って確かめるある!」
包が王の制止もきかず道場を飛び出そうとすると、陳が物凄い勢いでぶつかって来た。
二人は絡み合ったまま玄関に転がった。
「いててててて、陳老師いきなり飛び込んでくるなんて酷いある」
「阿保、それどころじゃ無い!鬼が追って来る!」
「なにっ!」王が言った。
「なんとか紙人(日本の式神のようなもの)で時間を稼いでいるが、そう長くは持たん。
「そんなに手強いのか?」
「手強い、今のままでは儂の手に負えん」
王が子龍を振り返って命じた。
「子龍、包が逃げ出さんように縄で縛っておけ!」
「了解しました!」
子龍は逃げる包を捕まえると、縄でグルグル巻きにして道場の柱に括りつけた。
「儂が今から呪符を書く、子龍は建物のドアというドア、窓という窓にそれを貼れ!」
「しかし老師、この前呪符は書きたくないと仰っていたではありませんか?」
「背に腹は変えられん、直接紙に手を触れなければ大丈夫だ」
「儂は何をすれば良い?」王が訊いた。
「お主は外に出て儂と一緒に戦う」
「心得た!」
陳は子龍に紙を持たせ、柄の長い筆で次々と呪符を書いていった。
時々手が紙に触れ、電撃を受けたように弾き飛ばされている。
「道士にとって妖怪の躰は不便じゃ・・・」
ブツブツ言いながら呪符を書き終えた。
「よし子龍、張って参れ!」
「はい!」
子龍は呪符を持って玄関のドアから出て行った。
「儂等も出るぞ、呪符を貼り終えた後では出られなくなるからな」
「よし行こう、鬼のやつに一泡吹かせてやる!」
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「老師、性終わりました」子龍が陳の元にやって来た。
「よし、お主は包の側を離れるな」
「承知!」
子龍は陳に頭を下げると扉に最後の呪符を貼って建物の中に入って行った。
「どうやら来たようじゃ・・・」
陳の言った通り、東の空が暗くなり暗雲が渦を巻いている。と、雷鳴が轟き道場の庭にピシャリ!と落ちた。
「返せぇぇぇ・・・!」
恐ろしげな声を発して、真っ赤なワンピースを着た女の鬼が王と陳の前に降り立った。
「包は渡さぬ、大人しく帰った方が身のためじゃぞ」
「黙れ!」鬼が右手を振り上げた。「これでも返さぬか!」
鬼の手が振り下ろされると稲妻が走って王の躰を直撃した。
辛うじて十字ブロックで受け止めたが、合わせた腕の間からブスブスと黒い煙が立ち上っていた。
「凄い威力じゃのう、今まで戦ってきた武術家の中にもこれほどの破壊力を持った者は一人しかいなかった」
「王、それは誰じゃ?」陳が訊いた。
「日本の武術家、無門平助」王が陳を見てニヤリと笑った。
「陳、ここは儂に任せんか?」
「良いが、勝算はあるのか?」
「分からんが戦って見とうなった、強い相手に出会うた時の武術家の業じゃろうのぅ」
「分かった、好きにせぇ」
陳は王から一歩退って立った。
「さあ来い!」王が鬼に向かって身構えた。
鬼は両方の口角を吊り上げて笑う。「お前も冥界に送ってやる!」両腕を振り上げるとダブルで電撃を放って来た。
王は頭から右へ飛んで電撃を躱すと、受身を取って立ち上がり地を蹴って宙に舞う。
そのまま急降下すると鬼の顔に向かって蹴りを繰り出した。
グシャ!という音を立てて鬼の顔が歪んだ。
鬼は後方に倒れ、背中を強かに地面に打ち付けると呻き声を上げた。
「ほう、儂の技が通用するみたいじゃのう」
「王、お主の技は十分に効く、勝機はあるぞ!」
「おのれぇ・・・」
鬼は立ち上がると放たれた矢の如く王に襲いかかった。
不意を突かれて鬼に両肩を掴まれた王は動けなくなった。
「なんともすごい力じゃのぅ」
それでも王は落ち着いている。首筋に噛みつこうとする鬼の顔面に頭突きをくれてやり、腹に膝蹴りを叩き込む。
鬼は堪らず手を離し後退って間合いを取った。赤い目が異様な光を帯びて来る。
鬼がグルンと頭を振った。
すると蓬のように絡まった髪が伸び、王の四肢に絡みついた。
「な、なんと!」
王は今度こそ身動きが取れなくなった。
「どうだ、動けまい。これで私のナスがママだ!」
「ナスがママならキュウリはパパか?」
「何を巫山戯ている、もう逃げられんぞ!」
「そうかな・・・」
王は両腕をぐるぐる回して鬼の髪の毛を巻き取り始めた。勢い鬼の顔が王に近付く。
鬼が接する所まで来た時、再び頭突きを落としておいて王は右肩を鬼に押し付けた。
肩に気を集める。
「ハッ!」気合と共に勁を放った。
鬼は王に動きを封じられたまま、まともに中国武術の奥義『発勁』を喰らったものだから堪らない。叫び声を上げてその場に崩折れた。
「武術家の躰は全身が武器なのじゃ」王は鬼を見下ろした。「どうじゃ、諦めたか?」
「・・・」
鬼は黙って王を睨み上げている。
「このまま冥界に戻れば良し、抵抗すればここでトドメを刺す!」
鬼が俯いてククッと笑った。
「王!」陳が叫んだ。
あっという間に鬼の躰が倍に膨らんだかと思うと、眩しい閃光が鬼を包んだ。
鬼はそのまま王を弾き飛ばすと空高く舞い上がった。
「今日は諦めて帰る、だが必ずまた来る!」
捨て台詞を残し渦巻く暗雲の中に呑まれて消えて行った。
王は、庭の隅まで飛ばされて倒れていた。
「王、大丈夫か!」
陳が揺り起こすと、漸く目を開けて呟いた。
「ゆ、油断した・・・」
「お主ほどの者を倒すとは、侮れぬな」
「次は必ず倒す」
「いや、奴を倒すには生の力だけではダメじゃ、霊力で封じ込めなければまた復活してくる」
「ならばどうする?」
「儂に考えがある、とりあえず中に入ろう」陳は建物に向かって声を掛けた。「子龍、玄関の呪符を剥がしてくれ!」
すぐに子龍が現れて呪符を剥がすと王と陳を招じ入れ、また呪符を元のように貼ってドアを閉めた。
「これで奴は入っては来れん、包にうまいものでも作らせて英気を養うとするか」
「包は大丈夫なのか?」王が柱に縛られた包を見た。
「わたし、窓から一部始終を見ていて分かったよ。あれはやっぱりメイリンさんの鬼あるね」
「目が覚めたか?」
「覚めたある、だから縄を解いてほしいあるね」
「よし、子龍縄を解いてやれ、それから酒も用意せよ、次の戦いに備えて酒盛りじゃ!」
「先生、またキョンシーの時みたいに飲み過ぎないでくださいね」
「誰に言うておる、儂なら大丈夫じゃ」
「本当かなぁ・・・」
「子龍大丈夫じゃ、儂が付いておる」陳が胸を叩いた。
「老師もアテにならないね、この前王先生と一緒に潰れたある」
「ば、馬鹿抜かせ今度は大丈夫じゃ!」
「なら、良いけど・・・」
包は疑り深そうな目をして王と陳を見ると、厨房に入って行った。




