陳復活
ガオが死神の股を潜って現世に蘇った。
慌てて後を追った陳はガオを見失い、仕方なく王武館に身を寄せる。
そこで包の様子がおかしい事に気付きその原因を突き止めようと立ち上がった・・・
陳復活
「ただいま・・・あるね」
包は気まずそうに勝手口の扉を開けて声を掛けた。
途端に厨房の戸が開いて王が飛び出して来た。手に柄の長いおたまを持っている所を見ると何かを作っていた所のようだ。
「包、遅いではないか何処をほっつき回っていた!」王がおたまを振り上げて怒鳴った。
「す、すまないある王先生。買い物の途中で昔の知り合いにあって酒を飲んだら記憶が無くなって、それで・・・」しどろもどろで言い訳を始めた。
「馬鹿者が、酒に弱い事は自分が一番分かっておろう!」
「そ、そうだけど・・・」
「まぁ良い、朝飯を作っておったんじゃが、どうにも上手くいかん。早く作ってくれ!」
「は、はい、すぐに作るね・・・ところで李先生は?」
「今日は高雄大学に指導に行くと言って朝早く出て行った。お前の事を随分と心配しておったぞ」
「悪い事したね、帰って来たら謝るあるよ」
「そんな事より早よ飯を作ってくれ、腹が減って死にそうじゃ!」
だから、妖怪は死なないって・・・と、喉まで出かかった言葉をグッと飲み込んだ。
「包・・・」
「はい?」
「何だか顔色が悪くないか?」王が目を細めて訊いた。
そう言えば何だか身体がだるい。
「二日酔いのせいあるね」
「そうか、なら良いんじゃが・・・」
「王先生、美味しい朝粥を作るね!」
包はこの話題から逃れるように、そそくさと厨房に入って行った。
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「私、ちょっと出掛けてくるあるよ・・・」
晩飯の後片付けが終わった後、包がすまなそうに言った。
「包、今日も行くのか?」
李が訝しそうに包を見て訊いた。晩飯後に包が出掛けるのは今日で三日目になる。
「昔馴染みだそうだが、そんなに毎日会わなければならないのか?」
「そ、そうなのよ、もうじき国に帰る言ってるね。今度いつ会えるか分からないあるよ」
「そうか、その昔馴染みと言うのは外省人か?」
「そ、そうあるね」
「仕方がない、夜は自由時間だものな。だが、あまり遅くなるなよ」
「わ、分かったある・・・じゃ言ってくるあるね」
包はエプロンを畳むと厨房のカウンターに置いて、出て行った。
その後ろ姿が急に歳をとったように見える。
「先生、包は一体どこへ行っているのでしょうか?」子龍が王に訊いた。
「さあな、だが幼馴染というのは嘘だな。奴もいい年頃だ、どこかに良い女でもできたんじゃないのか?」
「だったら我々が口を挟むような問題じゃありませんね」
「まぁいずれにしろ様子を見るしかあるまい」
「ですよね・・・」
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勝手口の扉を開けると、空には大きな月が出ていた。
「メイリンさん待っているだろうね、今日は何を作ってあげようか?」
包は軽い足取りで表に出た。ただ、足取りは軽いが躰は古い綿のように草臥れている。
「そうだ、滋養のつく物が良い、ニンニクを沢山使った料理が良いね。きっとメイリンさん喜ぶあるよ」包はメイリンの顔を思い浮かべてニヤついた。
「何をブツブツ言っておる・・・」
道場の門を出た所で後ろから声をかけられた。ビクッとして振り向いたが人影が見えない。
「あれ?気のせいあるか?」
「儂じゃ包、陳傳じゃ・・・」
「え、陳老師!どこどこ!」
「ああ、お前には見えんかったな、どれ、実体化してやろう」
突然目の前に陳の顔が現れた。包は吃驚して尻餅をついた。腰の蝶番が外れたように力が入らない。
「すまぬすまぬ、驚かせて悪かったな」
陳の全身が現れた、生きていた時と寸分違わない。
「陳老師、妖怪になって帰って来たあるか?」
「ああ、本当はこの世に未練などなかったんじゃが、ちと事情があってな」
「良かった、私いつも思ってたあるよ、陳老師に帰って来て欲しいって」
「ほう、何故じゃ?」
「王先生暇過ぎて、いつも小言がうるさいね。私困っているよ」
「王は元気か?」
「はい、元気過ぎて困るくらいね」
「ははは、それは結構じゃ・・・して、お前はどこへ行く?」
「ちょっと野暮用ね・・・それよりも早く王先生に顔を見せてやって欲しいある。きっと喜ぶあるね」
「そうか、ではそうするとしよう」
「陳老師、明日は美味しいご馳走を作ってあげるよ」
「楽しみにしておるぞ」
「じゃあ、またね」
包はペコリとお辞儀をすると、坂道を下って行った。
「相変わらず忙しない奴じゃ・・・」
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「王、元気にしておったか!」
ノックも無く、いきなり食堂のドアが開いて陳が入って来た。
「ち、陳!蘇ったのか!」
王が驚いて椅子から立ち上がった。子龍も呆気に取られて陳を見ている。
「ガオの奴が死神の股を潜って現世に戻りおった。お陰で慌てて儂も後を追ったんじゃが、一足遅かった。台南の辺りで姿を見失ってしもうた。それで、とりあえずここに戻ったと言うわけじゃ」
「そうか、ガオの奴がな・・・」
「あの時、死ぬ前にお主の言葉を聞いていたようじゃ。死神が迎えに来るのを待ち兼ねたようにして股を潜りよった」
「加えてお主まで蘇ったとあれば、その死神達は今頃他所に左遷されておろう、気の毒な事じゃ」
「その方法を教えたのはお主ではないか」
「そうじゃったそうじゃった、こりゃ当分成仏させてもらえそうにないわい」
王が頭の後ろに手をやって苦笑した。
「笑い事ではありません!陳老師、ガオが蘇ったとなれば大変じゃないですか!」
子龍が卓に手をついて立ち上がる。
「なに、そう慌てんでも良い。暫くは生きている時に使えた術が全て使えるという訳では無い」
「たとえば?」
「僵尸復活の術は使えん。死人が死人を生き返らせるには身も心も妖怪である事に慣れねばならん」
「ならば、しばらくは安心じゃ」
「呪符は書けるのですか?」子龍が訊ねた。
「う〜む、出来る事は出来るが・・・」
陳が腕を組んで難しい顔をした。
「呪が自分に帰ってくるからの、自分自身もダメージを受ける。出来れば書きたくない」
「不便なものじゃな」王が言った。
「まあそう言うな。だが、ガオを探す間、現世に止まらねばならん、暫く世話になりたいのじゃが?」
「それは構いませんが、部屋が・・・」申し訳無さそうに子龍が言った。
「儂と一緒の部屋で良い」王が即座に言う。
「でも、それじゃ・・・」
「良い、儂等妖怪にとって空間など有って無いようなものじゃ、パラレル・ワールドになっておって同じ空間に何人でも住める」
「そう・・・なのですか?」
「そうなのじゃよ、儂も最初は面食らったが最近やっと慣れてきた」陳が苦笑した。
「ふん、儂に何でも聞くが良い」先輩風を吹かせて王が鼻を膨らませる。
「よし、決まりじゃ・・・子龍先生、世話になるぞ!」
こうして王武館に居候が一人?増えた。
「それはそうと、表で包に会ったぞ。今夜は野暮用だとか言っておったが?」
「そうなのじゃ、この所毎日出歩いておる」
「少し気になったんじゃが・・・」
「何がです?」
「包の顔に死相が出ておった、何か悪い物に取り憑かれておるのではないか?」
「なんと、やっぱりか、どうもおかしいと思っておったのじゃ」
「心当たりがあるのか?」
「うむ、数日前無断で朝帰りした事があっての・・・」
王は当日の経緯と高雄で噂になっている妖怪の話を合わせて陳にした。
「まさかとは思うが、包がその妖怪に取り憑かれておるのではなかろうか?」
王の言葉に陳が唸った。
「分かった、包が帰って来たら、儂が『開天眼』をしてやろう」
「開天眼とは何じゃ?」
「『陰陽眼』を身につけるための儀式じゃ」
「ああ、『鬼』(台湾で『鬼』とは霊魂や幽霊を指す場合が多い)を見るための眼ですね?」
「そうじゃ、包が毎日『鬼』に会っているとしたら、それはきっと人の姿をしておる。『陰陽眼』を身につければ『鬼』の真実の姿が見える筈じゃ」
「そうすれば、包はもう『鬼』のもとには行かなくなる?」
「そう簡単に行けば良いがの」
「とにかく、包が会っているものの正体を突き止めるのが先決じゃ」
「そうですね、包が帰って来るのを待ちましょう」
その晩三人?は、まんじりともせず夜が明けるのを待った。




