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妖怪 王  作者: 真桑瓜
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怪異

怪異


王が死んで一ヶ月が立った頃から、台湾の王武館に不思議な出来事が起こり始めた。

誰もいない道場で人が稽古をするような音が聞こえたり、夜中の厨房で茶碗の擦れる音がしたりした。

使用人のほうなどは気味悪がって厨房に近付くのを嫌がった。

事実、朝になると冷蔵庫の食べ物が消えている。

新しい道場主李子龍は、この怪異を解決すべく立ち上がった。

しかし・・・彼は化け物にめっぽう弱かったのである。

子供の頃の彼はそうでは無かった。化け物など馬鹿にしていたし、肝試しで墓場に何時間いても平気だった・・・ところが・・・


その夜、李は尿意を感じて目を覚ました。普通なら深く寝入っている時刻である。

「しまった、昼間スイカを食い過ぎた」

李は、仕方なく天蓋付きのベッドを降り、厠へ向かった。

彼の家は、台湾でも比較的裕福な家庭だった。日本統治時代に建てられた洒落た二階建ての洋館は南北に長く伸びていて、厠は南向きの二階の李の部屋から一階の北の端まで行かねばならなかった。

「めんどくさいな」

李は二階の廊下の窓から用を足す事にした。

窓に近づくとなんだか騒がしい。

どのような騒がしさかと言うと、祭の喧騒が遠くから近づいてくるような、そんな何処か懐かしい騒がしさだった。

その喧騒は李の家の門に近づいて来たが、塀に阻まれてここからでは見えない。

李は門の近くまで行ってみる事にした。尿意はすっかり消えている。

階段を降りて玄関の扉を開ける。自然石を敷き詰めた門へのアプローチを、音を立てないように気をつけて歩いた。

李が門に着くのと喧騒の先頭が門に到着したのが同時だった。

そして彼は見たのである・・・無数の異形の物が踊り浮かれながら李家の門を潜って中に侵入して来るのを。

百鬼夜行・・・中国で夜中に厠へ行こうとすると遭遇すると言われている怪異である。

今まで李は、そんなものはこの世に存在しないとうそぶいていた。だから平気で墓場にも出かけていたのである。

ところ、目の前でその現実が鮮やかに繰り広げられている。李は腰を抜かした。

彼は、本当に吃驚びっくりすると声も出ないことを知った。ただ、ズリズリと門柱の陰に身を潜めるのがやっとだった。

化け物どもは、それは様々な姿をしていた。男形あり女形あり、裸のモノがあり着飾ったモノがあった。人の躰に獣の顔が乗っているモノがあるかと思うと、蛇の躰に女の首がついているモノがある。

魚のような顔をしているモノ、道教の道士の恰好をしたモノ、七福神の姿のモノ、器物や楽器、ヌメヌメしたのカサカサしたの、目の多いの少ないの。それこそありとあらゆる異形のモノが李の目の前を通って李家の玄関に吸い込まれて行く。

その圧倒的な妖気に打たれて李は・・・失神した。

気が付くと朝陽が李の顔を照らしており、股間はぐっしょりと濡れていた。

それから李は、夜厠へ行けなくなった。

ただ、表向きは今までと変わらず振舞っていたのだが、勘の良い妹にだけは見透かされていたような気がする。

その事がトラウマとなって、李は怪異が駄目になったのである。


そんな李が夜中一人で道場に立った。

使用人や住み込みの弟子は実家に帰した。万が一、間違ってでも自分が腰を抜かした姿を見せる訳にはいかない。苦渋の選択であった。


妖怪に成り立ての王には、李に自分の姿が見えていない事が分からない。

それどころか、声さえも聞こえていない事に気が付かなかった。

『李、よく聞け。儂はお前に伝え忘れた事を教える為、この様な姿で舞い戻った』王は目の前に立った李に語りかけた。

「王先生・・・」李は道場に立つといつも王を思い出す。王の名前が思わず口を衝いて出ても不思議ではない。しかし、そのタイミングが、たまたま王の語り掛けと同時だったのが李の不幸だった。

『儂は今から武器を持ってお前を攻める。見事凌ぎ切って見せよ』王は壁に掛かった剣を手に取った。

李は、剣が壁から一人でに外れて宙に浮くのを見た。

「!!!!!!!!」

腰を抜かすほど驚いた李の声は、子供の時と同じ様に声にならなかった。

『心配せずとも良い、可愛い弟子に怪我をさせるつもりはない』

李の目の前で、剣が勝手に旋回を始めた。反射的に李は身構える。

『では、行くぞ!』

剣が宙を飛んで李の顔面に迫る。思わず仰け反ると同時に蹴りが出た。

『ほう、良い反応じゃ。では、これはどうじゃ?』

王は剣を水平に払うと、縦横無尽に李を攻め立てた。

「あわわわわわわ・・・!」やっと声が出た。

まっすぐ突き出された剣を足裏で払うと、李は大きく飛び退って尻餅をついた。

「ここここここ、この妖怪め、す、姿を現せ!」

『何!』王は、愕然とした。李に自分の姿は見えていなかったのだ。『声も聞こえておらぬのか?』

「ここここ此処は天下の王道場だ、おおおお、お前の様な妖怪の出る所ではない!」

王はポロリと床に剣を落とした。『これでは稽古にならん・・・』

「う〜ん・・・」緊張の糸が切れたのか、李はその場で失神した。


翌朝、李は道教の道士を呼んで建物中に魔除けのしゅを書いた札を貼ってもらった。

「これで怪異は起こりませぬ」道士の言葉に李はホッと溜息を吐いた。

「有難う御座います、やっと安心して眠れます」


『李め、情けない奴じゃ』王は道場の外に立って恨めしげに呟いた。『仕方がない、日本に行って平助の所で厄介になるか・・・』




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