春の思い出
ある夏の日、私はいつものようにクラリネットの演奏中。
突然開いた扉からは箱を持った下級生が入ってくる。
「好きなんですか?」
突然話しかけられびっくりして、戸惑うが笑顔を作ると質問に答える。
何となく訪れた沈黙が気まずくて私から口を開く、何気なく窓を見やり
「今日もいい天気ですね」
その場しのぎで言ってみた。
彼は突っ立って私の方をじっと見てくる。
どうしていいのか、わからなくなりクラリネットを吹き始めた私は少しだけ彼を見た。
彼は笑っていたのだ。
焼けた肌が少しだけ、痛そうだった。
それから数ヶ月がして、彼の顔を見なくなった。
わたしもクラリネットの発表会が近かったので、それどころじゃなく練習の毎日だった。
ある日私は、息抜きに家の周辺を歩いていた。
本当は1秒でも無駄にできないが、プレッシャーや緊張で押しつぶされそうだったからだ。
近所の病院の前を通ると見たことある顔がこちらを向いた。
一瞬誰なのかわからず記憶を呼び覚ます。
あの時の少年。
少年はこちらを向くと笑顔をよこす。
「ここら辺に住んでるの?」
と聞かれ頷く。今度は私から話しかける
「君は此処で何してるの?」
彼は苦笑いを浮かべた。聞いてはいけないことだったのだろうか?
「俺は・・・大丈夫!もうすぐ退院出来るって先生も言ってたし」
とあかるく笑って返すモノだから私もつられて笑った。
でも、その時は本当に彼が学校に戻ってくるモノだと思ってた。
そんな馬鹿な私は帰り道に「あ、名前聞き忘れた。」なんて事をほざきながら病院を後ろに歩く。
彼の悲しそうな顔を背中に、歩く。
あれからは演奏会も無事に終わり、進級を待つだけだった。
春間近のその日、私はまたあの病院の前を通った。
すると一つの窓からあの少年が顔を出す。
窓越しで手を振りながら何かを言っているがよく分からない、口の動きを慎重に訳す。
「待ってて。」
頷いてゆっくり口を動かして返事をする「わかった」と
それから3分、看護士さんに車椅子を引かれながらやって来たその子は前よりもやせ細っていて、血色も悪く見える。
でも、あえてそんなことは気にしないことにした。
そして、気にかかってた名前を聞いてみる
「名前、教えて?」
笑顔をつくると相手の顔も和らいだ気がした。
「俺は、昇って言います」
「昇君か。やっと名前聞けた!」
そのあと他愛もない話をして私と彼、昇君は別れた。
自分の名前を教えないまま。
何日か経ったとき病院に行ってみた。
名前を教えてもらったから病室まで行ってみることにしたのだ。
受付で昇の名前を口に出す、そこで名字が知らないことに気が付く。
しょうがないので特徴などを言っていると分かったらしく電話をし始めた。
電話を切ると困ったような顔をしながら
「北小路昇さんは先日お亡くなりになりました。」
一瞬目の前が真っ白になった。手から力が抜けるのが分かる。
そのままどうやって家に帰ったかも覚えていない。
翌日、別人かもしれないと思いこみまた病院に向かう。
近くにいた看護士さんに彼のことを聞いた。
その看護士さんはあの時車椅子を引いていた人で話したらすぐに分かってくれた。
彼の病室まで連れて行ってくれる。
中に入るとそこには真っ白なシーツに暖かそうな布団。
その上には誰もいなかった。
「昇君は、ここにいたよ。確かにいた。」
そう一言残すと私の肩をポンっと優しく叩いた。
そのあと、談話室でその看護士さんと話した。
「あなたと会った時は体調は順調に回復していったわ。でも、その二日後病状が急変してね。」
静かに話すその人を見て私は
「名前、私の教えてないんです。」
看護士さんは顔を上げると、微笑み「そう」と返した。
それがとても切なそうだった。
私は病院をあとにした。
もう来ることはないだろう。
帰り道、空を見上げると桜の花が舞っていた。
何となく、胸が締まった。苦しくなった。
気付いたら、涙が一筋頬を伝った。
流れ出した涙は止まることを知らないらしい。
何度も同じような線を描きながら流れ落ちる。
声を殺しながら道に踞って泣いた。
「好きでした・・・」
消えそうな小さな声で口にしたそれは風に乗ってどこかへ消えてしまった
「春」それは私が少し大人になった日・・・
「夏の出来事」の続編的な感じです。
できあがるのに3ヶ月以上も掛かってしまいました。途中でネタが尽きてしまってもう書くの辞めようかとも思いましたが、ふと浮かんだことを書いたら見事にできあがりました。
終わり方が何となく腑に落ちない人もいると思いますが自分的には満足です。