9)再会
ライティーザでは、王位を継ぐのは、直系男子だ。王位継承権が無いとは言え、王太子夫婦に子が生まれたことの意義は大きい。子が生まれない二人を、影で悪し様に言う貴族もいたのだ。
グレースの部屋から、夜着のままローズが出てきたとき、ロバートは驚いた。薄い生地だから、体の線がはっきりわかる。
まだ、子供だ。そんなことを思い安堵した気持ちには蓋をした。
ロバートは、自分の上着を着せてやった。いつものように手をつなごうとしたが、背が伸びても、小さいままのローズでは袖口から手がでない。思いついて、腕を組んでみたが、背丈の差で、ローズは半ば、ぶら下がってでもいるかのようだ。
漸く子供が生まれたという感動に、思わずローズを抱きしめてしまった。涙を流し始めたローズをそっと抱きしめ、そっと落ち着くのを待った。
「部屋に戻りましょう」
ローズの部屋の扉を開けて、ロバートは眉をひそめた。
「しばらく使ってないとこうなるのね」
ローズも顔をしかめていた。埃っぽく、空気がよどんでいる。ローズを長椅子に座らせ、窓をあけ、侍女を呼んだ。掃除をするように命じ、一旦、ローズを連れ部屋の外に出た。掃除をしていなかったことを叱りつけようとしたロバートは、ローズに止められた。
「みんなそれぞれ大変だったから、今回は叱らないで。ほかにもいろいろ問題あると思うけど、あまり誰かを叱ったりしないで」
「なぜ?」
「私は、ずっとグレース様のお部屋にいたの。お姫様についていたから。沢山用事を言いつけたりしたし、今回は叱らないであげて。みんなそれぞれ大変だったはずだから」
ロバートはため息をついた。
「あなたは誰にでも優しすぎます」
ローズは微笑んだ。
「急いで帰ってきてくれて、ありがとう。あなたも大変だったでしょう?」
「いいえ」
ロバートは、そっとローズの手を取って口づけた。
「その分あなたに早く会える」
ローズが頬を染めた。だきよせそっと頬に口づける。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました」
会いたかった。ロバートは己の唇で、ローズのそれに、そっと触れた。
「掃除を待つ間、何があったか聞いて良いですか。本当は、あなたが少し休んでから聞こうと思っていたのですが」
ロバートの言葉に、ローズが微笑んだ。
ローズは、明らかに疲れているが、とても穏やかな雰囲気をまとっていた。
「赤ちゃん、お姫様、生まれたけど小さくて、お乳をのむ力もなかったの。冷えないようにあたためて、お乳は匙で飲ませたわ。昨日、一昨日だったかしら。それくらいからお乳をのめるようになって、ずいぶん楽になったけど、それまでは大変だったの。でもよかったわ。本当に」
ロバートの腕の中で、ローズはうれしそうに笑った。
「女の子。お姫様よ。どんなお名前にされるのかしら、とっても楽しみ」
幸せそうな優しい慈愛に満ちたローズの笑顔にロバートは目を奪われた。ローズが母親になったら、どんな顔で笑うのだろうか。
「そうですね。とても楽しみですね」
ロバートの記憶にある限り、母アリアの微笑みは優しく、少し悲しげだった。母に心から笑ってほしかった。何が母を悲しげにさせていたのか、当時も今も推測するしかない。
ローズには、心から笑ってほしい、幸せに笑えるようにしてやりたい。ロバートは心から願った。