8)留守を守った者達
新しい家族を迎えての団欒に、ローズとブレンダは微笑み、強く抱き合った。互いに言葉にならなかった。同志だった。
「礼を言う」
アレキサンダーの言葉に、二人は一度礼をすると、部屋を出た。王家に生まれた姫の乳母ブレンダは、自らの娘ミランダの元に、ようやく母親として戻るのだ。
ローズは薄い夜衣の上から肩掛けを羽織った。薄着では寒い。
「おかえりなさい」
ローズは、廊下で待っていたロバートのもとに歩み寄った。
「只今戻りました。ローズ、風邪をひきますよ」
ロバートは上着を脱いで着せてくれた。
「ありがとう、でもあなたが寒いわ」
ロバートの体温で温まった上着は温かい。内側のナイフのせいか、上着は見た目よりも、ずっと重かった。
「寒くなどありません。部屋へ送りましょう」
ローズの手を取ろうとしたロバートが一瞬止まった。ローズの手はロバートの上着の長い袖の中なのだ。いつものように手を繋ぐことが出来ない。
「どうぞ」
ロバートが笑顔で差し出した腕にローズは腕を絡ませた。アレキサンダーとグレースが、二人で並んで歩く時のようにはいかない。それでも、少し嬉しかった。ロバートがローズを少しずつ大人の女性として扱ってくれるようになるのが嬉しい。ロバートに手をつないでもらって歩くのは安心できる。
王太子宮に来たばかりの頃も、ロバートに手を引かれて歩いた。
「小さなあなたはどこに行くか、わかったものではありませんでしたから」
当時は迷子防止だったと、ロバートから聞いている。ローズと手をつないだロバートは、ローズに合わせて歩いてくれる。
「ローズちゃんと一緒だと楽ちんだよ」
ロバートと一緒に歩いていると、小姓達に、よく言われた。年長班の班長達は、その横で苦笑していた。苦笑の意味が解ったのは、婚約してからだ。
「赤ちゃん、お姫様、ご無事で嬉しいわ」
何度、死んでしまうと思ったことだろう。ローズの育った孤児院に隣接した産院での経験が役立った。あの頃、記憶の私が助けてくれた。今は、当時の経験が助けてくれた。
「ご出産されたときは、アルフレッド様がいらしてくださったの。アーライル侯爵様もいらっしゃったはずよ。侯爵様の足音がされたもの。リヴァルー伯爵もいらしたらしいけど、私はあまり知らないわ。トビアスが応対したそうよ」
王族と貴族がいたのだ。間違いなく、グレースが産んだ子だと証明してくれる有力者達の存在は重要だ。
ローズが見上げると、ロバートと目があった。
「ローズ」
突然、ロバートに強く抱きしめられた。
「ありがとうございました。お子様もグレース様もご無事で、本当に。本当にありがとうございました。アレキサンダー様のためだけではありません。ライティーザのためにも、本当にありがとうございました」
「お姫様が、頑張られたのよ」
泣かなかった子が漸く泣いた時、小さな匙から乳を飲むのが精一杯だった子が、乳母やグレースの胸から乳を飲んだ時、生きてくれて、本当に嬉しかった。嬉し涙がこみ上げてきた。
「ローズ、なぜ泣くのですか」
「とても嬉しかったの」
ロバートの腕に包まれ、ただ幸せで、嬉しくて、涙が止まらなかった。