19)婚約式の提案
思いもかけない言葉だった。
「大司祭様、婚約式などそのような大仰なことは」
聞いていないといいたいが、大司祭相手に、なんと言ったものかロバートは言葉に詰まった。
大司祭は、ロバートの隙をついてきた。
「いえいえ、貴族の方々が行うような大仰な婚約式ではありません。今ではすっかり減ってしまいましたが、かつては婚約も、婚姻のように神の御前で祈りをささげていたのです。今では、貴族の方は結婚の披露宴もかくやというような宴を主体に考えておられます。本来は、二人が、神の御前で将来を誓い合う儀式があったのです。私も若い頃に数回経験したのみです。このままではすっかり、儀式の次第が忘れられてしまいます。聖アリア教の大切な伝統の一つが途絶えてしまいかねません。今日は、私の供に若い司祭も同行しております。せっかくです。お二人の御婚約と言う目出度いことを、今更ながらではありますが、神の御前で誓われると言うのはいかがでしょう。神と共に天の国にあらせられるロバート様のお母上も、さぞや喜ばれるのではないでしょうか」
大司祭は笑顔だ。大司祭は、なかなかいい性格をした食わせ者だ。今日も若い司祭を連れてきていた。予め仕組まれていたとしか思えない。なぜ都合よく同行させているのだと問いただしたい。
「それはいいな。大司祭様、今のあなたの言葉から察すると、今すぐにでも、婚約式を執り行えるようだが」
アルフレッドも笑顔で乗り気のようだ。
「もちろんでございます。儀式ですから、その次第はこの頭の中にございます。できれば、礼拝堂で行わせていただきましたら」
付き添っていた司祭達が、大司祭の装束に手を加えた。出来上がったのは儀礼用の出で立ちだ。やはり、準備してきたのだ。この様子では、アルフレッドも関わっているとしか思えない。
これは絶対に謀られた。ローズは、相手が困っていれば、全くの他人であっても、躊躇なく助けの手を差し伸べる。孤児院でシスターたちに育てられ、聖アリア教の薫陶を受けている。大切な儀式が失われないように手を貸してほしいと言われたら、断らないだろう。
ロバート個人としては、仰々しい式など避けたかった。いくら影が隠れ蓑にしている旅芸人の一座であっても、人が多い状態は、警備上好ましいものではない。
「あぁ、礼拝堂であれば、王太子宮にある。丁度良いな。二人はそこで結婚式を挙げたいといっているから、婚約式も、あの礼拝堂で挙げればよいだろう。丁度良い、今ならばみな揃っている」
アルフレッドが立ち上がり、その前に道ができた。年長者二人はあまりに手際よい。おそらく二人の間では決定事項だったのだろう。
「アルフレッド様!」
アルフレッドと大司祭の息があっているのはよいが、当事者であるロバートとローズ抜きで物事を決められてもこまる。それになにより、大司祭は客人であり、儀式を依頼するには、本来それなりの手順を踏まねばならない。
「おそれながら、お客人である大司祭様に」
「ロバート、今日はお前も客人だ」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは言葉に詰まった。これは絶対に、アレキサンダーも一枚噛んでいる。
「貴重な儀式が失われないように、是非とも機会をいただきたいのです。ローズ様」
ローズの人となりを知っている大司祭ならではの説得だ。
「ロバート、お祈りだけだそうだから、大司祭様も、儀式が忘れられてしまったらと困っておられるし」
ロバートも、神の前で婚約を誓うのが嫌なわけではない。誓えというならば、結婚を誓わせてくれたほうが、よほど嬉しい。
「ローズ、私は嵌められたような気がするのですが、気のせいでしょうか」
ロバートの言葉に、アルフレッドとアレキサンダーの笑顔がこわばった。グレースも苦笑しているから、知っていたのだろう。
「でもね、ロバート、こういう時は、それでもいいと思うの。だって、誰も不幸にならないわ。それに」
抱きついてきたローズは、ロバートの耳元で囁いた。
「ロバートのお母さんに、お祈りが届いたら嬉しい」
亡くなった母アリアは、ローズに会うことはない。できることならば、二人を会わせたかった。
「結婚の報告の前に、婚約の報告も良いかもしれませんね」
ローズの耳元に囁くと、うなずいてくれた。
「大司祭様、お願いしてもご迷惑になりませんか」
客人である大司祭に、突然儀式の依頼など、本来は失礼なことだ。下手な先例を作ってしまったことで、今後、司祭たちが、失礼な依頼に振り回されても申し訳ない。
「もちろんです。久しぶりの婚約式ですから、私自ら行わせていただきます」
大司祭は満面の笑みを浮かべていた。
「お気遣いくださいますな」
ロバートの懸念も、大司祭は気にしていない様だった。




