18)芝居の後半
芝居の後半は、王太子宮から始まった。
舞台の中央に、女性が一人立っていた。役柄としてはサラなのだろう。衣装は侍女の衣服に近い。
「見知らぬ子供が王太子宮にあらわれたと思ったら、驚くことばかり。最近では、御前会議が王太子宮で開かれるから、私達、使用人は大変なのよ。驚いたことに、あの小さなローズは、貴族の御方々を前に、一人前に意見を言うそうよ。なんて賢い子供なのかしら。小さなあの子が頑張っているのはいいけれど、まだ子供なのに。無理をしていないといいけれど」
グレースの乳母であったサラは、娘のミリアと一緒に、ローズを気にかけてくれている。王太子宮に来たばかりのローズに礼儀作法を教えてくれたのもサラとミリアだ。かつての破天荒なローズを懐かしく思い出していたときだった。
「怖い夢を見るの。馬車が帰ってくるの。でも、扉が開いても、誰も乗って無くて、空っぽなの」
「誰も乗っていない馬車が帰ってくるの」
ローズ役の役者の言葉が意味することを悟ったとき、ロバートの背筋が寒くなった。確かに、イサカの町への派遣では、戻れる保証はなかった。たとえ戻ることができても、疫病の抑圧ができなければ、この首はなかっただろう。危ない賭けでもあったのだ。
舞台の上では、切々と訴えるローズをサラが慰めてやっている。
ロバートはローズの耳元に囁いた。
「心配してくれていたのですね」
「怖かったの。何かあっても、後からわかるだけで、どうしようもないもの」
「町の人達の協力がありましたから」
あれ以来、一度もイサカの町には行っていない。協力してくれた者たちの消息は、折に触れ耳にしてはいる。芝居で当時を再現されると、郷愁めいたものが胸の内にわいてきた。
「いつかあなたも、あなたの救った町を目にする事ができたら良いですね」
自分の身を守れないローズを連れ、国境に近い地域へ視察に向かうことは容易ではない。ベンとの約束を果たせるのはいつになるだろうか。ローズとの関係が、ベンが言っていた通りになってしまったことが少々癪ではある。アルフレッドの例もある。年長者は侮れない。
ローズは当時の不安を思い出したのだろう。舞台の後半が始まるや否や、全く離れようとしない。ロバートは、身を寄せてくる愛おしい婚約者を抱きしめ、額に口づけた。
舞台の上では、町を牛耳っていた有力者達が糾弾される場面となった。
実際のイサカの町でも、彼らは次々と罪状が明らかになり、全員が極刑となった。イサカの町での一件以来、各地での査察が強化され、多くの犯罪が暴かれた。思えば、ローズはこの国の政に大きな変化をもたらしたのだ。
舞台の上では、無事に帰還したロバートを王太子宮の者たちが出迎えていた。幸いなことに、ロバートが、出迎えたローズの頬に口づけた一件は芝居では再現されなかった。
場面が切り替わり、芝居の中では、ロバートとローズの結婚式となっていた。未だ婚約でとどまっている身としては羨ましい。ローズは未だ成人しておらず小柄だ。
子を孕むにはまだ小さいから、手を出すつもりはない。それでも、ローズと結婚して家族になりたい。ローズが成人する十六歳まで、アレキサンダーとグレースが言う十七歳まで、自分が生きていられるかロバート自身にもわからない。婚約という立場は、単なる約束でしかない。国王アルフレッドの書状があるが、神の前で誓い、国に書類を提出する婚姻ほどの確かさはない。
幕が引けた。ロバートは腕の中にいるローズを抱きしめた。一座の者が並び、一斉にお辞儀をした。
アルフレッドが一座に言葉を送っている。
「もう怖いことはいらないわ」
未だロバートの胸から顔をあげようとしないローズの小さな声がした。
かつて視察先に、レオンに背負われたローズが現れたときは本当に驚いた。
「そうですね。次にあなたがどんな無茶をするか、心配ですから」
ローズは身を守る事もできないのに、行動力だけはあるのだ。
「危ないことをするのはロバートなのに」
「周囲の状況がそうなるだけです」
ローズの言葉は少々心外だった。ロバートも好んで危険な環境に身を置くわけではない。ローズに抗議しようとしたときだった。
突然、大司祭の声が聞こえた。
「陛下、せっかくの機会ですし、婚約式をなさってはいかがでしょう」
ローズが驚いて、顔を上げた。




