6)王太子の義務
冬が近づくころ、王太子宮は、珍しくなくなった客人を迎えていた。冬の訓練のため、北に向かうレオン達が挨拶に訪れていた。
「雪や寒さに慣れないと、北からの敵に対応できません」
毎年、新人をつれ、冬の戦い用の装備に慣れさせる目的もあるという。
「着る物も、全く違うので、新人は身動きが取れないのですよ」
雪で足元の悪い中、着込んだ状態では、歩くだけでも困難を極める。
「訓練中の事故には、十分留意しているとは思うが、くれぐれも用心するように。私はわが国の優秀な兵士を失いたくはない」
「ありがとうございます」
アレキサンダーの言葉に、レオンが答えた。
「北ならではの産物もありますから、期待してお待ちください」
レオンの言葉に、ローズは目を輝かせた。
「お気遣いいただき、ありがとうございます」
礼をいってお辞儀をしたロバートに、あわててローズもお辞儀をした。
「今回は兄のアランが王都に残ります。兄に王都周辺の近衛の指揮権を預けます。王太子様のご視察の際は、ぜひ、こき使ってください。兄は力が余っていますので」
「頼もしい兄弟だ。アーライル家の忠義、ありがたく受け取ろう」
アレキサンダーの言葉通り、ライティーザ王国総騎士団長を代々務めるアーライル家が、アレキサンダーに剣を捧げると宣言していることの影響は大きい。武官の多い貴族は、アレキサンダーの立太子に賛成している。武官ならずとも、五代目、六代目国王の時代を知る旧来の貴族はアレキサンダーに賛成している。
問題は、新興のそれも文官を多く排出している貴族だ。多くが、アレキサンダーの母が男爵であることを問題にしている。爵位は男爵だが、表沙汰になっていない始祖は彼らが平伏する人物だ。新興貴族が無知ゆえに、爵位という肩書にこだわっている。無知な彼らを愚かということは容易い。彼らの愚かさ故に、ライティーザという一つの国の安寧が損なわれかねないとなると話は別だ。
もうすぐ生まれてくるアレキサンダーとグレースの子のためにも、大切なローズのためにも、ロバートは反対派による反乱の兆しがないか、常に探らせ続けていた。
アレキサンダーは南へ視察に向かうことになっていた。王族である以上、公務を一時的に減らすことはできても無くすことはできないのだ。
「わざわざ寒くなる時期に、北に向かわれる必要もないものね」
ローズは留守番だ。グレースの出産が近かった。お産は母子ともに危険だ。特に初産は危険が多い。無事に生まれても、赤子が育つとは限らない。アレキサンダーの母のように、産褥熱で死亡する母親も多い。そんな命がけの出産も近いというときの視察に、ローズは反対したかった。
特に王族の跡継ぎの出産は、夫や有力貴族が隣室で立ち合う中で、出産するのが習慣だ。有力貴族が隣室で勢揃いしているのに、夫が不在というお産では、グレースは心細いだろう。万が一、お産でグレースや、子が命を落とすことになったら、アレキサンダーにとって、この視察での別れが、妻と子との永遠の別れになってしまう。ローズは心配でならなかった。
「私達には、神に祈ることしか出来ません」
ローズの不安を聞いたロバートは、そう言うしか無かった。
「できるだけ、早く戻るように手を尽くします」
今回はそのために、同行する者を厳選し、馬も選定し、馬車も補強した。
「できるだけ早く、でも安全に気をつけて帰ってきてね。帰還はグレース様のご出産予定よりも前でしょう。それでも、早めに戻ってきていただいたほうが、グレース様も安心されるわ」
見送りの時のローズの言葉に、ロバートは頷き、馬車に乗った。
「心配ではあるが、あの様子をみると少し安心できる」
アレキサンダーの視線の先には、見送りに来たグレースがいた。
サラとミリアに付き添われ、ローズとブレンダも傍に控えている。医者の他に、産婆としてグレース孤児院に併設された産院の経験豊富なシスター達も、出産に立ち会うことになっている。既に何度か打ち合わせもした。
「できるだけのことはしたはずだ」
アレキサンダーの言葉に、ロバートも頷いた。
「えぇ、思いつく限りのことはしたはずです」
そのためにも、アーライル家を武力で支えるアランを、王都に残らせた。
影達の養成も順調だ。歌を歌い楽器を奏でることが出来る者達は、すでに吟遊詩人やその見習いとして各地を旅している。彼らが、王太子と王太子妃の間に子供が産まれたと、各地で歌う日がくることを、ロバートは願った。