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17)芝居の幕間

 芝居の幕が上がった。粗末な衣装を着た女性が一人、舞台中央に立っていた。

「シスター長様。わたし、やらなければいけないことがあるのです」


「えっ」

ローズの声がした。慌てて手を口で押さえているが、なにか驚くようなことでもあったのだろうか。


「いってらっしゃい。私達の可愛い子。あなたがそう言うのならば、きっとそのとおりなのでしょう。私達はいつもここから、あなたのために祈っています」

舞台袖からの声に見送られるように、女性が歩き、背景が切り替わった。


「王太子様、国境の町で疫病が流行っていることを耳にしました。今ならまだ間に合います。町を封鎖してください」

ロバートにとっても、明らかに聞き覚えのある言葉だった。みると隣のローズは扇を広げて顔を隠してしまっている。


 どう考えてもこれは、ローズが王太子宮に押しかけてきたときの再現だ。あの頃から思うと、ローズは随分と成長した。ロバートは、顔を隠したままのローズをそっと抱き寄せた。


 場面が進み、舞台では、ローズを演じる役者と、イサカに出発するロバート役のオリバーが手を取り合い、別れを惜しむ場面となった。現実には、芝居のように互いに別れを惜しんだりはしていない。あのときロバートは、無事に帰ってきたら、挨拶代わりに頬に口づけをさせてほしいとローズに言った。


 頬への口づけは、家族同士では珍しくもない挨拶だ。妹のいる気分になってみたかったのだ。だが、今から思うと、舞台上の芝居よりも、現実の自分の発言のほうが、はるかに恥ずかしい。

ローズとは違い、ロバートの手元には扇はない。気恥ずかしくても、手で顔を隠すしかない。


 アレキサンダーとグレースが、囁きあいながらこちらを見ているし、アルフレッドの視線も感じる。いたたまれないが、この場を出るわけにも行かない。居心地の悪い時間が続いた。


 芝居では場面が進み、イサカの町での場面となった。御者のベンを演じる役者が、町長たち町の有力者を相手に、鞭を振り回して啖呵を切る姿に、町を去る際の、ベンの言葉を思い出した。ベンと彼の妻が自慢する町の近くにある丘、花の季節に、ローズを連れてこいと言われていたのだ。


 ローズに、ローズが救った町を見せてやりたいと思う。


 悪いことばかりでもなかった町の思い出に浸っていると、町の破落戸(ごろつき)との場面になった。舞台の殺陣に怯えたのか、ローズが両手で耳を覆い、ロバートにしがみついてきた。そっと抱きしめて宥めてやった。


「ローズ、怖がらなくてもお芝居ですから。大丈夫ですよ」

殺陣は芝居であり実戦とは違う。影が隠れ蓑にしている一座だけあって、動きがいい。ロバートと手合わせをしたことがある者がいる王太子宮では、もう少し、素人めいた殺陣にしてほしい。実際に、感心した声がそこかしこから聞こえる。


 アレキサンダーが、こちらを見ているのがわかる。そういえば、イサカの町で何度か襲撃されたことに関しては、詳細な報告はしていない。アレキサンダーに、あとから、なにか言われることをロバートは覚悟した。


 幕間の休憩時間になったとたん、ロバートにしがみついていたローズが顔を上げた。

「沢山危ないことがあったなんて、聞いてなかったわ」

確かに詳細な報告をしなかった。今更それを責められても困る。だが、ローズが少し涙目になって見上げてくる様は可愛らしい。


「ですから、もう済んだことですし。何事もなかったわけですから」

ロバートはそっとローズの頭をなでた。

「心配をしていたのに、どうして教えてくれなかったの」

「事後報告しかできません。無事だったと報告したところで、ご心配を頂くだけです。それよりも重要な報告がたくさん」

「大事なことはたくさんあったけど、危ないことがあったと連絡をくれたら、それなりに対処しようもあったわ。騎士団を早めに派遣するとか、剣以外の武器も届けることもできたのに」

「疫病がまだ収まりきる前に、王都から人をあまり多く送り込んでいただいても、その方々の身の安全の保障ができません」

「だからといって、あなたが危なかったのはよくないわ」

「ローズ、ですからもう、終わったことですから」

「終わったことであっても、ちゃんと、報告しなかったのはロバートよ」


 ロバートにとっては過ぎたことでしかない。今更変えようもない過去の出来事について、ローズにあれこれ言われても、どうしようもないのだ。

「心配したの」

ローズが小さな声で言い、ロバートの胸に甘えるように身を寄せてきた。


 あの頃、知る人のない町で、余所者と警戒されながら、孤独な日々を過ごしていた。王太子宮に帰りたかった。御者のベンと妻が何かと世話をやいてくれたのが救いだった。ローズが届けてくれる紅茶の香りに、心が癒やされた。


 あの孤独だった日々、遠く離れた王太子宮で、ローズがロバートのことを案じてくれていたと思うと、嬉しかった。

「ローズ、あなたに心配をかけてしまっていたのですね。心配してくださって、ありがとうございます」

ロバートはそっとローズの顎を捉え、軽く口づけた。


「今更ながら、あなたが心配してくれていたと思うと、嬉しいですね」

確かにあの頃、王都とイサカで遠く離れてはいたが、一人ではなかったのだ。書類の最後の一文で、互いの無事を確かめあっていた。一人ではあったが、孤独ではなかったのだ。ロバートはもう一度、ローズに口づけた。


 小姓たちから紅茶をうけとり、ローズにも手渡してやる。イサカの町にいた頃、王太子宮でいつも嗜んでいた茶の味に、心癒されていた。あれはローズの心遣いだった。


 小姓たちには、カールへの伝言を頼んでおいた。

「もう、危ないことはないほうが良いけれど」

「そうですね」


 ローズの言う通り、危ないことなどないほうがよい。だが、政、権力の中枢である王家には危険は絶えない。一国を担うという重責に思いも至らない愚か者が、権力を欲してくるのだ。未だに、アレキサンダー王太子の母の身分について、とやかく言う貴族はいる。絶えてしまった男爵家だが、系譜をたどれば彼らも認めざるを得ない建国の英雄と、救国の聖女の血筋だというのに愚かなことだ。


 救国の聖女の血筋であることを、明らかにしてはどうかと、ロバートはアルフレッドに進言したこともある。だが、アルフレッドは、それには渋い顔をしたのみだった。


「証拠がない。聖アリア教が伝えている話と食い違う。教会との関係に問題を生じかねない」

「おっしゃるとおりです」

 アルフレッドの言うことは、正しい。


「あの当時は、あの御方の御身を守るための方便でした。まさか、聖アリア教が現在のように発展し、方便が教典に載り、後々にまで伝えられるとは、当時は思わなかったでしょう」 

ロバートの言葉に、アルフレッドは頷いた。

「建国の英雄の血筋を明らかにしてもよいだろうに」

「それこそ、証拠が残されておりません」

ロバートの言葉に、アルフレッドは苦笑した。

「全く、当代達はふたりとも頑固だ」

アルフレッドの言葉に、ロバートは答えなかった。


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