16)芝居
「今日のお前は客人だ」
「一切口出しは無用です」
エドガーとエリックは、後ろに近習達、小姓達を引き連れ、ロバートに宣言してくれた。後輩達が育たねばならないのは事実だ。王太子宮には既に、アルフレッドだけでなく、アレキサンダーが招いた大司祭もいらしていた。幸いなことに他に客人はいない。
大司祭と言う立場では、気軽に芝居小屋を訪れるわけにはいかないだろう。いくら規格外といわれる大司祭でも無理なものは無理だ。大司祭は今まで見たことが無いくらいの笑顔だった。お付きの司祭達は少数だが皆若かった。これからの聖アリア教会を背負って立つ司祭達だと紹介された。
人が多いわりに、今日は危険性が少ない。後輩達の練習には良い機会ではある。
「ロバートは、今日、お客様よ」
何を言い含められたのか、隣に座ったローズは、しっかりロバートを引き留めようと一生懸命だ。長椅子にローズと二人で並んで座らされたのも、そのためだろう。
「ローズ、ちゃんとロバートを椅子に、引っ付けておけよ」
「はい」
アレキサンダーの言葉に、ローズは元気よく返事をし、ロバートの腕に抱き着いて来た。可愛らしいが、体力のないローズでは、すぐに疲れるに決まっている。
「ローズ、そんなにしがみ付かなくても、逃げませんよ」
ロバートが額に口づけると、ローズは頬を染め、手を離した。恥ずかしそうに扇で顔を隠してしまった。恥ずかしがるローズも可愛らしい。誕生祭の時のドレスに少し手を加えたのだろう。自分の瞳の色を模したドレスに身を包む婚約者にロバートが目を細めた時だった。
役者が一人、カールに連れられてやってきた。
「先日は、大変お世話になりました」
そう言われても、ロバートには何も覚えはない。
「オリバー・テーレイです。と言っても、元ですけれど。今はオリバーです。父の反対にもかかわらず、商人になりたいと言う私を、お知合いのカールさんのもとに預けていただきました」
その言葉にようやく、ロバートは相手のことを思い出した。
「あぁ、あなたでしたか」
ようやく思い出した。王太子宮で行儀見習いをと、当主のテーレイ子爵が連れてきたのは随分前だ。ロバートが、本人に将来の希望はないのかと聞いたところ、商人になりたいと打ち明けられた。テーレイ子爵家の五男だ。商売の経験もないくせにと、家長のテーレイ子爵は激怒していた。ところが本人は、親の目を盗んで、既に町の商家で働き始めていた。五男の自分に、教育を施してくれたことを父に感謝しつつも彼は、宮仕えは嫌だといった。
親の許可もなく勝手なことをして、と怒るテーレイ子爵には申し訳ないが、ロバートは本人の行動力に感心した。
ロバートに出来たことは、怒りのままに抜刀したテーレイ子爵を取り押さえることだけだった。王太子宮内での不用意な抜刀は、処罰の対象だ。ロバートに組み敷かれたままテーレイ子爵は、勘当してやると叫んでいた。テーレイ子爵の叫び声に、部屋に護衛達が来たおかげでようやく、テーレイ子爵も冷静になった。
ロバートは、王太子宮内で抜刀した件を不問にする代わりに、勘当した息子を無一文で放り出すことはしないとだけ約束させた。
後日、王太子宮を訪れたテーレイ子爵に、ただのオリバーとなった男は、商家で自ら稼いだ金以外は持ち出さなかったと報告をうけた。勘当したはいいが、どこに行ったかわからないのは心配だ。跡継ぎの長男や、末の娘ばかり可愛がりすぎたのかも知れないと、意気消沈していたテーレイ子爵に、ロバートは何も言えなかった。
オリバーがどこにいるか、知っていたからである。
残念なことに、オリバー・テーレイと知らないままに彼を雇っていた商家が、テーレイ子爵の怒りに怖じ気づいてしまい、彼を解雇してしまった。仕方なく、ロバートは、平民となったオリバーのことを、カールに頼んだのだ。
あの時は、抜刀したテーレイ子爵に心底驚いた。人の記憶はずいぶんといい加減なものらしい。ロバートはすっかり忘れていた自分に、やや呆れにも似た感情を覚えた。
「今は、オリバーとして、役者をしております」
「そのようですね。お元気なようで何よりです」
少なくとも、貴族という枠にはまらない人物だったのだろう。テーレイ子爵の怒号に委縮していた時とは、別人のようにオリバーは笑顔だった。
「先日、父の前で演じることができました。勘当されたままですけど、一応、役者としての私を認めてくれました。ロバート様のおかげです。ありがとうございました」
随分と義理堅い、今は役者のオリバーの言葉にロバートは微笑んだ。テーレイ子爵も随分と柔軟になったものだ。息子の行方不明がよほど堪えたのだろう。
「私は単に、あなたをカールに紹介しただけです。それからのことは、全てあなた自身の成果です。私に義理立てしてくださるのはありがたいですが、違います。オリバー様、あなたはご自身の努力を誇るべきです」
ロバートの言葉に、オリバーは優雅にボウ・アンド・スクレープをした。
「今の僕は役者のオリバーです。主役を演じさせていただいております。ロバート様、ローズ様今日はお楽しみいただけましたら幸いです」
「えぇ楽しみにしています」
オリバーは微笑むと、挨拶のためだろう、国王一家の席の方に歩いていった。案内するカールが、ぎくしゃくと歩いているのとは対照的だ。カールは何度も王太子宮に来て、アレキサンダーと酒を酌み交わしたこともあるはずだ。あまり見慣れない緊張したカールに、芝居の興行主とは大変なものなのだろうと、ロバートは結論を出した。
役者だけでなく、大道具や小道具の係など、旅芸人の一座には多くの人がいる。報告に来た座長は、偶然だと言ったが、影が、情報収集のため国内を回るために、隠れ蓑としている旅芸人の一座だった。座長は、芝居に関しては、絶対に秘密だと言って何も教えてくれなかった。妙に嬉しげだったのは、オリバーのことだろう。商人から役者という思いがけない道を選んだオリバーが、父親に役者であることを認めてもらえたのは、幸いだろう。
あの日、意気消沈していたテーレイ子爵は、少し元気になったのだろうか。
芝居の開始を告げるため、大広間の中央に、カールが歩み出た。カールは緊張しながらも、かつてロバートが教えてやったとおり、丁寧に一礼をした。結局は、一つ一つの動作を、丁寧にすることが大切なのだ。
カールの口上を皮切りに、芝居が始まった。




