8)アレキサンダーの譲歩
アレキサンダーは、溜息を吐いた。
「ローズ、聞かなかったことにしてやる。だから、バーナードが何を言ったかきちんと言え」
アレキサンダーとしても不本意な譲歩だった。だが、相手はローズだ。相手を慮って言わないことくらい想像がついた。
ローズはかつて、王太子宮でローズに嫌がらせをしていた侍女達の名を言わなかった。彼女が処罰されたら可哀想だからというのが、ローズが黙っていた理由だ。
今回も同じく、ロバートの父親である王宮侍従長のバーナードが処罰されないようにと考えているのだろう。ロバートは、母アリアを夫として裏切り続けたバーナードを憎んでいる。アリアを殺したという疑いがある男だ。
生まれて間もなく母を喪ったアレキサンダーにとっても、乳母アリアは母のように大切な人だ。愛人の絶えることのないバーナードを相手に、譲歩などしたくはない。だが、ローズが口を割らないのだから仕方ない。
ロバートもアレキサンダーの譲歩の意図を分かったのだろう。何も言わずにそっとローズの背を撫でている。
「孤児の癖に、どこの誰とも知れない成り上がりものが、思い上がって。私の息子を死地においやろうとしたくせに。無事に帰ってきたからよいが、お前のせいで死にかけたって、いわれたの」
とぎれとぎれの小さなローズの声がした。
「くだらない。私が普段いる王太子様の側が一番危ないのですから、何も変わりません」
身を震わせたローズを、ロバートは抱きしめていた。
「確かにその通りだが、お前、もう少し言葉を慎め」
アレキサンダーの言葉に、ロバートは答えなかった。アレキサンダーの視界の隅に、ロバートを何とも言えない表情で見るデヴィッドがいた。
アーライル家の爺やが、ただの老人であるはずがない。今回の報告も実によくまとまっていた。そんなデヴィッドをしても、ロバートは理解不能なのだ。
ロバートは常に武装している。いざというときその身を挺し、アレキサンダーの盾となるのも、ロバート達近習の勤めのうちだ。
特に地方の視察や狩場では事故を装いやすい。過去にそうやって王侯貴族が葬り去られた事例は少なくない。アレキサンダー自身何度か危険な目に遭った。身代わりとなったロバートが重傷を負ったこともある。命ながらえたが、一時は起き上がることもできなかった。後遺症はないとロバートは言うが、隠し事の得意なロバートだ。なにか隠していたとしても不思議はない。
アレキサンダーは、たった一人の気のおけない乳兄弟であり、アレキサンダーのために尽くしてくれているロバートが、大切にしているローズを守ってやりたかった。




