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5)王家の揺り籠 本家当主と親族

ロバートを相手に我儘な主張をするのは、アレキサンダーやブレンダだけではない。


早朝、ロバートは師匠から預かった若い二人、ヴィクターとアレクサンドラと手合わせをする。他に誰もいないため、二人は、ロバートに御強請り(おねだり)をする。


「ロバート兄様(にいさま)。ブレンダ様が羨ましいです。なぜ、ブレンダ様だけが、兄様(にいさま)に敬称をつけることをお許しになるのですか」

「私達も、ロバート兄様(にいさま)を、ロバート兄様(にいさま)と呼びたいです」

 既に、ロバート兄様(にいさま)と呼んでいることを棚に上げ、二人は無茶な要求をしてくる。

 ブレンダ・バーセアに許可をしたのが間違いだった。ロバートは心底後悔している。時は、逆に流れない。


 二人の母親譲りの、深い青の瞳がロバートを見つめている。お互いに良く似た相貌の兄妹だ。無論、血縁であるロバートにも、ヴィクターとアレクサンドラの顔立ちは似ている。


 師匠はなぜ、二人にこの名前をつけたのだろう。ロバートは常々疑問に思っていた。


 賢王アレキサンダーの女性名がアレクサンドラで、賢王の妻、姫騎士ヴィクトリアの男性名がヴィクターだ。ライティーザでは珍しくない名前だ。師匠は、一族の始祖と関連のある人物の名前を、自分の子供達につけた。

 

 ロバートは、師匠の子供達を、彼ら二人も含め、幼い時から知っている。会う機会は少なかったが、ロバート兄様(にいさま)と呼んで慕ってくれた。可愛いし、大切にしたい。二人を預けてくれた師匠の信頼に報いるため、一人前に育ててやりたいと思う。


「「ロバート兄様(にいさま)」」

二人の唱和が早朝、他に人の居ない訓練場に響く。

「ヴィクター、アレクサンドラ。あなた方は、私の血縁者です。その呼称では、邪推を招くだけです。許可できません」


 ロバートの身に万が一のことが遭った場合、今のままでは、“王家の揺り籠”本家の存在が途絶える。

二人は、ライティーザ王国の表舞台に出るために、王太子宮にやってきた。

ロバートに万が一のことが遭った場合、ライティーザ王国を支える“王家の揺り籠”本家の血筋を繋げるためだ。

ロバートはローズと婚約している。だが、二人が結婚し、子を成すことが出来るかは別の話だ。二人共が生き延びねばならない上に、子が出来る、出来ないは、人の領分ではない。


 もっと早く手を打って置きたかったが、状況が許さなかった。バーナードが、先代の長であったアリアと、形式だけでも夫婦としての役割を果たしてくれていたら、何も問題はなかった。師匠の子供たちのうち数人を、ロバートの弟、妹として育てることができたはずだ。今のような、“ロバートの血縁”という曖昧な立場に、この二人が甘んじる必要はなかった。 


「ヴィクター、アレクサンドラ。始祖が、何のために私達の先祖となったかを、思い返してください。不用意なことは、口にしてはいけません」

「「はい」」

二人が、不承不承同意する声も見事なまでに唱和する。数日も経てば二人は全く同じ要求をするのだ。ロバートも、若い二人にこんな話をしたいわけではない。

 成人したばかりのヴィクターとアレクサンドラは、一族のため、ライティーザ王国のため、師匠の元を離れ王太子宮に身を寄せた。


 アレキサンダーとロバートが、育った屋敷を離れ王太子宮にやってきたときのことをどうしても重ねてしまう。

 あの頃、アレキサンダーの命を狙う者、取り入ろうとする者、様々な者達に囲まれ、アレキサンダーもロバートも神経をすり減らした。それぞれの役割を知っていたため、帰りたいとは口にすることすら出来なかった。


 ヴィクターとアレクサンドラは、王太子宮に馴染んでいるようだ。ロバートは二人が、無理をしていないか、師匠のことが懐かしくはないか、育った場所が恋しくはないか、心配だ。公私混同すべきではないが、心配なものは心配だ。


「ロバート兄様(にいさま)、私達だけのときくらい、ロバート兄様(にいさま)と呼んでも良いですか」

「他の人が居ないときくらい良いでしょう」

二人の言葉に、ロバートは現実に引き戻された。

「どこで誰が聞いているかわかりません。なりません」


 これで引き下がらないのが、この二人だ。いや、頑固者揃いの“王家の揺り籠”というべきか。

「あの、僕もう、ローズさんに、ロバート兄様(にいさま)と婚約してくれてありがとうって言いました」

「ロバート兄様(にいさま)と結婚してくださって、ローズ姉様(ねえさま)と呼ぶ日がくるのが楽しみですと、私も」


「あなた方は」

ロバートは、二人を窘めようとおもったが、赤面してしまい、言葉が続かなかった。


「あの子はいずれ、知るからよいのです」

呼吸を落ち着け、そういうのが精一杯だった。


「ローズ姉様(ねえさま)への説明は、いつ頃と考えておられますか」

「結婚前には、師匠やあなた方、あなた方のご兄弟と、一族として会う機会を用意します」

ローズは驚くだろうが、受け入れてくれるだろう。

「アレキサンダー様には」

「慣例通りです」

“王家の揺り籠”の始祖が誰か、何と対になっているかを知るのは歴代の国王のみだ。たった一人の王太子であっても、それは同じだ。


「ロバート兄様(にいさま)、アレキサンダー様には、もう少し早く、お話ししてもよいのではないでしょうか」

兄様(にいさま)のお立場が、今のままではいけないと、考えておられますもの」

二人が言わんとすることはわかる。


アレキサンダーは、ロバートに叙爵をうけるようにと何度も言う。先祖代々叙爵を断り続けている理由は何だとも聞かれた。この国の歴史とともにある“王家の揺り籠”の在り方の異様さに、気づいているのだろう。サイモンに記録を調べさせていることも知っている。隠された始祖の存在にサイモンがたどり着くことはないだろうが、調べられているというのは、あまり気持ちの良いものではない。


「慣例を破って告げた場合、アレキサンダー様がどう思われるか、私には予想もつきません。あとは、二人共、私の呼び方には気をつけてください。敬称をつけるなら、ティモシーのように“さん”で十分です」

ロバートは、二人に改めて注意をした。

「親戚の、年上の男性で、兄と慕う人を兄様(にいさま)と呼ぶのです。何ら問題はないではありませんか」


 ブレンダの例がある。口が立つアレクサンドラに、そのうち言い負かされるだろうとロバートも思っている。


「問題はあります」

 子供の頃、弟や妹が欲しかった。兄様(にいさま)と呼んで慕ってくれるのは嬉しかった。だが、ロバートは、この二人の兄ではない。


「いいだろう。別に。親族だ。問題はないだろう」

予想外の第三者の声にロバートは振り返った。

「「「アレキサンダー様」」」

「見事だな」

示し合わせたように、揃った三人の声にアレキサンダーは苦笑した。


「アレキサンダー様、ありがとうございます。兄様(にいさま)、これからは、ロバート兄様(にいさま)と呼ばせていただきますね」

「アレキサンダー様、ありがとうございます。私達ではロバート兄様(にいさま)を説得できませんでした」

 喜色満面で礼を言うヴィクターとアレクサンドラに、アレキサンダーは微笑んだ。


「問題がないのは、時と場合による。ロバートは公私を混同することはない。だが、お前たちが親族だということで、勝手な憶測をする者もいるだろう。それをロバートは懸念しているだけだ」

「アレキサンダー様。おっしゃるとおり、親族ですが、指導せねばなりませんから、たとえ呼称であっても、他の者と同じように私を呼ぶべきです」

「ロバート、お前らしいが、この二人はお前を慕っているのだろう。お前が公私混同しないことくらい、大半はわかっている」

「アレキサンダー様。それでは示しが付きません」

ロバートには、アレキサンダーの意図がわからなかった。


「細かいことを言うな。ロバート。兄様(にいさま)と呼ばれて本当は嬉しいだろうに」

 一瞬、間が空いた。嫌なはずがない。舌足らずなころから、師匠の子供達には、ロバート兄様(にいさま)と呼ばれていたのだ。抱き上げてやり、背負ってやり、肩車もしてやった。稽古の相手もしてやった。


アレキサンダーが苦笑した。

「まぁ、そういうことだ。ロバートもお前達に兄と慕われて嬉しいようだ。ただ、ロバートには、近習筆頭という立場がある。それだけでなく、私の腹心でもある。お前たちが親族だということで、お前達を優遇しているのではなどといった、勝手な憶測をする者は、少なからずいる。それをロバートは懸念しているだけだ。お前たちを遠ざけようというわけではない。だから、ロバート兄様(にいさま)と呼んでもよいが、人前では止めなさい。厄介事のもとだ。ロバート、お前も妥協しろ」

「「はい」」

二人が揃って返事をした。

「ありがとうございます」

 ロバートはアレキサンダーに一礼した。


「二人とも、お前に似て強情だな」

 誰も否定しない。いや、出来ない。お互いのことはよく知っている。

「せっかくアレキサンダー様に感謝いたしましたものを。台無しにするようなことをおっしゃらないでください」


 正直なことをいえば、ロバートは、アレキサンダーの成長を感じたのだが、それは黙っておくことにした。

「おや、それは残念だ」

アレキサンダーの言葉を合図に、いつもどおりの鍛錬が始まった。


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