6)悪口の発覚
デヴィッドは緊張していた。影だったころ、緊張感を伴う任務は何度もあった。影を引退したのに、これほど緊張する場面を経験するとは思っていなかった。
王太子であるアレキサンダーが馬車で王宮に向かう時、近習であり護衛も兼ねるロバートが同乗するのは当然だ。その馬車にローズが乗っているのも、問題はないだろう。
だが、自分は違う。
デヴィッドは、自分までもがその馬車に乗るようにいわれて、恐れ入った。
「あなたはローズの護衛ですから、出来るだけ同行すべきです。アレキサンダー様に私が同行するのと同じことです」
淡々というロバートに、デヴィッドは反論できなかった。先代の長の頃に引退したデヴィッドの過去のことを、ロバートは知らないはずだ。だが、かつて仕えた長と同じ、宝石のような瞳に、デヴィッドは否ということなどできなかった。
デヴィッドにとって王族とは、影ながらお守りすべき存在だ。白昼堂々、馬車に同乗するなど恐れ多い。
デヴィッドの緊張も知らず、アレキサンダーは、ロバートとローズを相手に御前会議の打ち合わせをした。御前会議の取り澄ました会話よりも、白熱した議論にデヴィッドは感嘆した。
護衛対象のローズに付き従いながら、デヴィッドは王宮の廊下を、身を隠すことなく歩く感慨に浸っていた。壁伝いや天井裏を移動することはあっても、堂々と廊下を歩くのは今回が初めてだ。
ローズと一緒に王宮図書館に向かっていた時、デヴィッドの耳に突如、耳障りな声が飛び込んできた。
「御覧になって。孤児の癖に従者を連れて歩くなど、思い上がりも甚だしいこと」
「でも随分と貧相な従者ですわ」
「あんなお年で従者など務まるのかしら」
「少々口が立つくらいで、王太子殿下のおそばにいるなんて、図々しい子供ね」
物陰からの陰口に、デヴィッドは足を止めそうになった。だが、目の前を歩くローズの背は、歩みを止めることが無かった。
「ごめんなさいね。私と一緒のせいでデヴィッドさんまで嫌なことを言われてしまって」
王宮の図書館の入り口でようやく立ち止まったローズの言葉に、デヴィッドは驚いた。
「いやいやいやいや、何をおっしゃいますやら。ローズ様のせいではありませんよ。いやいや、何をおっしゃいますやら、いやいや」
デヴィッドは動転したせいか、同じことを何度も言ってしまった。ローズは微笑んだだけだった。
ローズは図書館の奥の一室で、機密扱いの資料を見ている。ミハダルのことを調べているのだ。国のために王太子様のために一生懸命なローズを、嘲笑う連中は、この国のためにはならないだろう。
ローズと顔なじみらしい司書は、何も言わなくても奥の資料閲覧用の部屋に案内してくれた。王宮にもローズの味方はいるらしいことにデヴィッドは安堵した。
陰口や嘲笑をデヴィッドが耳にしたのは一度だけではなかった。アレキサンダーやロバート達近習と一緒の時は、何一つ聞こえてこない。どうやら自分は相当軽んじられているらしい。身分と権力と“贈り物”が幅を利かせているという王宮の噂通りだ。
声の主たちは、服装から察するに、王宮に行儀見習いとしてきているはずの貴族の子女達だった。確かにデヴィッドは若くない。若かったころに比べて今の体格は貧相になってしまった。ただ、今まで生き延びることができたのは、鍛えた肉体だけでなく、知恵のおかげだ。そうやって経験を積んできた。常識も学んだ。一時的な優越感に浸るため、他人を蔑んで満足するような甘やかされた連中を、後悔させてやると、デヴィッドは決意した。




