5)アイリーンの王太子宮訪問
ローズは王太子宮から出ることが少ない。貴族ではないローズには、貴族に認められている法律上の優遇処置がなく、安易な外出は危険だ。アイリーンが王太子宮に出向いて一緒にダンスの練習をすることになった。
アイリーンは、王都に長い間滞在する予定ではなかった。レオンとの結婚を前に、アーライル侯爵家へ挨拶や打ち合わせのための訪問の予定だった。
アーライル家の人々は、早くから馴染んでくれたらいい、花嫁修業のようなものだと、アイリーンの滞在が長引くことも受け入れてくれた。
アイリーンは今後、レオンとともにアーライル家を継ぐ身だ。アレキサンダーの腹心ロバートの婚約者、側近候補であるローズの誘いで、王太子宮に人脈ができることは願っても無いことだった。
「いずれ私の娘になるのだから、今からでも自分の家と思って暮らしてくれたらいい。アイリーン、君が私の娘として早く馴染んでくれると嬉しい。せっかく、王家の揺り籠であるロバート様、その婚約者のローズ様と親しくなられたのだから」
アーライル侯爵は、レオンと同じように、使用人のロバートと孤児のローズに敬称を使った。
「アイリーン様」
緊張しながらアイリーンが王太子宮を訪れると、ローズが出迎えてくれた。その傍らには静かにロバートが立っていた。
「いらしてくださって、とても嬉しいです。ありがとうございます」
ローズは、アイリーンに抱きつかんばかりに歓迎してくれた。ローズの屈託のない満面の笑みに、アイリーンも笑顔になった。
ダンスの教師は、出来があまりよくない生徒が、他家の貴族の娘という気を遣う生徒までつれてきたことに、溜息をついていた。
「これからは頑張るわ。私、レオン様とアイリーン様の披露宴で、ロバートと踊るの」
上機嫌でローズは宣言し、アイリーンは赤面した。
グレースのお茶の時間にも、アイリーンはローズに誘われて同席した。
「グレース様」
アイリーンが挨拶しようとしたところ、ご機嫌な子供に足に飛びつかれてしまった。
「ミランダ、アイリーン様にご挨拶されたいのですか」
ロバートが、小さな子供をミランダと呼び抱き上げて、肩車してやっていた。
ミランダは機嫌よく、なにか声を上げながら、ロバートの髪の毛を手でいじっている。ロバートは、子供のいたずらを鷹揚に受け入れている。アイリーンが想像もしていなかった、王太子の鉄仮面の意外な姿だった。
「ソフィア様、今日はアイリーン様がいらしてくださいました」
ローズの腕の中には可愛らしい赤ん坊がいた。王太子夫婦にようやく生まれた待望の姫だ。ソフィア姫も、機嫌のよさそうな声を上げている。
「今日もお可愛らしくていらっしゃいます」
ソフィア姫も可愛らしかったが、姫を抱き笑顔のローズも可愛らしかった。
「ごめんなさいね。アイリーン。あなたのご挨拶なのに、ソフィアとミランダのご挨拶で邪魔してしまったわね」
グレースの笑顔に、アイリーンの緊張もほぐれた。
「ローズがダンスの稽古に急に熱心になって、あなたのおかげだそうね。アイリーン、ありがとう。私も嬉しいわ」
グレースの言葉に、アイリーンは笑顔になった。
「アーライル侯爵家に訪問してからだな。何かきっかけでもあったのか」
控えているロバートにアレキサンダー様が声をかけていた。
「レオン様と婚約者のアイリーン様との披露宴にご招待をいただいた件はお話ししたとおりです。その際、ローズに貴族の宴ではダンスが必須だと説明したのです」
ロバートの言っていることは本当ではある。だが、アイリーンの記憶では、ローズがダンスの練習に熱心になったのは別の理由だ。
「前からそれは言っているだろう。それ以外には?」
アレキサンダーもロバートに追求を始めた。
「アイリーン様も、ダンスはお好きではないそうです。一人で練習するのでなく、ご一緒で練習されるならお互い励みになるからということで、今日いらしてくださいました」
ローズは嘘をいってはいない。アイリーンは、二人が一つの話題を避けていることに気づいた。
「そうか。アイリーン、君は年齢が近いようだから、ローズにとって親しい友人となってくれたらと思う」
「はい。私でよろしければ、喜んで」
アレキサンダーの言葉に、アイリーンは心からの返事をした。
アイリーンは、ローズがダンスの練習に熱心になったのは、ロバートがローズと楽しく踊ってみたいといったからだと思う。ロバートとローズが恥ずかしそうにしていたから、アイリーンの推測は間違ってはいないだろう。
王太子の鉄仮面との二つ名を持つロバートが、「アレキサンダーがグレースと楽しそうに踊るから、自分もローズと楽しく踊ってみたい」と口走ったことをアイリーンは聞いている。その一言を、秘密にしたがるロバートとローズをアイリーンは可愛らしいと思った。




