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1)スプリング 月毛の馬

 ローズは東方の小柄な月毛の馬に春、スプリングと名前をつけた。

「なぜ、スプリングなのですか。秋の馬市でここにきた馬なのに」

「春が好きだから。寒い冬が終わって暖かくなるもの」

一方で、アレキサンダーは、栗毛と葦毛にライトニング(稲妻)とサンダー(雷鳴)と名付けた。


ローズとロバートの朝の日課が変わった。

 朝、起きて二人で馬の世話をする。スプリングがローズに懐き甘える様を、ロバートは、ライトニングとサンダーの世話をしながら見守っていた。


 馬に乗る練習を繰り返すうち、ローズも少しは走らせることができるようになった。東方の月毛が、噂通り賢いこともローズの上達に寄与した。

「他の馬に乗るのは、もう少し先です」

「はい」


ロバートの言葉にローズも素直に返事をした。他の馬ではまだ危ない。スプリングが嫉妬しそうだったのもある。ローズはたまに、ロバートが世話をしているライトニングやサンダーを撫でたりもする。そのたびに、スプリングが不機嫌に嘶いた。


 アーライル家からは、ローズへ短剣の稽古をつけるためにデヴィッドがやってきた。確かにレオンが推薦したとおり、デヴィッドは、教えるのが上手かった。デヴィッドは、ローズだけでなく、小姓達、騎士見習いの稽古まで一手に引き受けるようになった。数か月たった今、デヴィッドは王太子宮の一室に居を構えている。


 デヴィッドは誰かに稽古をつけるとき以外は、ジェームズと庭仕事をして過ごしていた。若い頃、知り合いだったという二人は再会を喜び、仲良く過ごしていた。


 ローズの短剣の腕前に関しては、デヴィッドは苦笑した。

「避けるのはお上手でいらっしゃいますが、その次が無いと、逃げられませんよ、ローズ様」

「それに走って逃げるなら、駆けっこの稽古もなさってはいかがですかな、ローズ様」


 本人なりに一生懸命走るローズをみて、デヴィッドは意見を変えた。

「ローズ様は女性ですから、ダンスのお稽古をなさるのもよいかもしれません」

 走るのを見ていたロバートも同じ意見だった。ローズは根本的に体ができていなかった。


 結果、室内に籠ってばかりいたローズは、あちこちの筋肉痛に悩まされるようになった。ロバートは、あちらが痛い、こちらが痛いと言うローズの手足を擦ってやり、その頼りなさに驚いた。


「ローズ、これでは何かあったときに逃げられません。確かにデヴィッドの言う通りです」

「でも、頑張っているのよ」

「えぇ、知っています。よく頑張っていると思いますよ」


 頑張りを認められてほほ笑んだローズの頬に、ロバートはそっと口づけた。

「ダンスももう少し頑張っていただけると助かるのですが」

「だって、手と足と、体の向きと、いろんなことが沢山で頭がこんがらがっちゃうのよ」

ローズの言葉にロバートは苦笑した。身体を動かすことになれるために、デヴィッドはローズにダンスを勧めたのだ。

「大丈夫です。練習をしていれば、いつかできるようになります」


 ローズのために毎日のように来ていた教育係達も変化してきている。最近は、ミハダルの言葉をローズはトビアスやサイモン達と学んでいる。


 ライティーザ国内では、禁止されているにも関わらず、人買いが絶えないという問題があった。奴隷制度が合法であるミハダルに売られているという話が絶えず、いずれミハダルと交渉する必要があった。ミハダルは部族社会であり、何度も交渉したが、国王が統治するライティーザと違い、国としてまとまりがない分、交渉は難航していた。

 

 かつてロバートが学んだのはティタイトの言葉だ。イサカの町で、ティタイトの言葉を知っていたことが、ティタイトの民とライティーザの民の確執を解くのに役立った。


 アレキサンダーは、側近にそれぞれ言葉を覚えさせるつもりなのだろう。


 アレキサンダーは、ローズの教育係という名目で、学者を呼び出し、執務に意見を述べさせたりもしていた。幾人かは、王太子宮に居ついてしまった。


「あなたがここに来てから、まだ三年も経ってないのですね」

 ローズが王太子宮にやってきたのは十二歳の頃だ。ロバートとローズが婚約したのは、ローズが十三歳の頃だ。


 ローズと知り合ってから二年は過ぎた。 最初の一年のうち、三か月弱は王都とイサカで離ればなれだった。それが今や互いに無くてはならない、少なくともロバートにとっては、ローズは大切な存在だ。


 冬が来て、次の春になれば、三年目だ。ローズは十五歳、成人となる十六歳まで後一年になる。さらに一年、ローズが十七歳になれば、結婚ができる。国王であるアルフレッドが認める婚約とはいえ、使用人と孤児の婚約だ。ロバートは貴族からの横槍が入るのではと、不安だった。早く結婚してしまいたかった。

 

 今年も春、王太子宮のマグノリアが咲く頃、二人で礼拝堂に行った。十四歳になった誕生日の祝いはそれでいいとローズは言う。忙しいロバートが時間を割いてくれるだけで十分だと、ローズは笑う。ローズの笑顔に、ロバートの胸は、切なくなった。一緒に過ごしてくれるだけで良い。そういってくれるローズを精一杯抱きしめることしかできなかった。


 本当は何か祝いをしてやりたい。だが、ロバートの知る誕生日の祝いとなると、国王アルフレッド、王太子アレキサンダーの誕生祭、グレースの誕生祝の宴しかない。


 どれも王侯貴族の豪華な宴会だ。


 王太子宮にいる使用人は、家族の誕生日に休みを取ることが許されている。アレキサンダーの方針だ。家族で過ごす彼らが、どんな時間を過ごしているか、ロバートは知らない。


 十六歳になれば大人だ。成人したことを祝う習慣がライティーザにある。二年後、ローズが十六歳になったときに祝ってやりたいと思う。だが、ロバートは成人の祝いも知らない。アレキサンダーの立太子のため、育った王領を離れ、王都に来た年にロバートは十六歳になった。あの頃、ロバートは、アレキサンダーとともに、生き延びるだけで必死だった。


 ロバートは、自分に何か大きなものが欠けていることを、突き付けられている気がした。


 最初の始まりは先祖の選択だ。彼もこれほど長く、彼の選択が、子孫に影響を与えるとは予測していなかっただろう。彼の選択を、背負い続ける子孫のことを、彼はどれほど先まで考えたのだろう。だが、そのロバート自身も、ローズと結婚することで、本来は無関係なローズを先祖の選択に巻き込もうとしているのだ。

 

「イサカの町も、今は疫病の件の前より栄えようと、みな活気にあふれているそうです」

懐かしい町の名前をロバートは口にした。己のうちに渦巻く不安や迷いは口に出来なかった。


「あと、レオン様から、お屋敷にお誘いいただいています。婚約者の方が丁度いらっしゃるそうですから、ご紹介いただけるようですよ」

ロバートの言葉に、ローズが嬉しそうに笑った。

「アイリーン様ね。お名前だけはいつもお伺いしているから、お会いするのが楽しみだわ」


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