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10)馬商人セタの来訪

 結局は、ローズの涙の理由はわからないまま朝食は終わった。ロバートはローズを執務室の隣室に連れて行った。最近、出来るだけ手近にローズを置くために、教育係とローズの勉強部屋を移したのだ。


 御前中から執務に追われていた時だった。突然の来訪者が告げられた。

「異国の男が、お礼の馬を届けに来たと言って、門の前から動きません」


異国の男に心当たりがあるロバートとローズは顔を見合わせた。王太子宮にいるといった覚えはない。帰路をつけられたのか、子供たちがしゃべったのか、身元を知られたらしい。


 見覚えある男セタが、王太子宮の門の前に陣取っていた。見覚えのある月毛の馬と栗毛のほかに鹿毛もつれていた。さらにはその後ろにいくつもの商隊がいて、馬市のようになっていた。これでは邪魔だ。門番が音を上げるのも無理はない。


「何事ですか」

ロバートの言葉にセタが答えた。

「昨日までの馬市で、この王太子宮におられる方々に大変お世話になり、お礼の馬をお持ちしました」

「孤児院にお給金を払っていただいていますから、受け取れません」

ローズが答えたが、セタは笑顔を浮かべ続けた。


「子供たちの給金は払いました。こちらのお屋敷からいらっしゃったお二方には、何もお支払いをしておりません。商売は信頼無くして成り立ちません。ただ働きをさせたなどと、噂がたてば、私共の商売に差し支えます。とはいえ、王太子宮におられるような方々へお支払いするほどのものなど私共にはございません。せめてもと思い、馬をお持ちしました。どうか、お受け取りいただけましたら幸いです」


 昨日までのことは、アレキサンダーには報告してある。セタに身元を明かした覚えがない以上、つけられた可能性がある。レオン達に送迎されていたとはいえ、つけられていたことに気づいていなかった。ロバートは自らの気のゆるみに歯噛みした。


 セタが連れている栗毛も鹿毛も明らかにいい馬だ。アレキサンダーが興味をそそられたのか口を開いた。

「三頭か」

「はい、この月毛はお嬢様に、栗毛と鹿毛は、お世話になったもう一人の方と、お二人がお仕えする方に。お二人へのお礼と、お二人を長くお借りしましたお詫びでございます」


アレキサンダーは馬が好きだ。栗毛も鹿毛も今まで献上されたどの馬よりも、あきらかに優れた体躯をしていた。

「それで、お前は見返りに何を求める」


「見返りなどとは恐れ多いことを。先日の馬市で大変にお世話になったお礼です。もしよろしければ来年の馬市にも、お二方にお越し頂けましたら、何卒。お礼に馬を、またご用意いたします」

アレキサンダーは笑った。


「そんなことだろうと思った。この娘は私の側近にするために育てている。今はまだいいが、いずれそんな時間は無くなるだろう。この男は私に仕えている。いろいろこの娘が不慣れなので、面倒を見させているだけだ。どちらも、そう簡単には貸せない」


アレキサンダーがローズにそれだけの価値を置いてくれていることにロバートは安堵した。

「お嬢様だけでも」

「それは絶対にない」

食い下がったセタにアレキサンダーが即答した。


「この娘は、賢いが自分の身を護れない。行かせるならば、この男と一緒か、護衛付きだ。まぁ、来年、時期になったらこの屋敷によってみるといい。何も問題がなければ、私の未来の側近を数日かしてやるくらいはできるだろう」


「ありがとうございます」

セタは深々と礼をした。

「ローズ、君はいろいろ思いがけないことを起こすね」

ロバートは、セタから三頭の馬の手綱を受け取ると、月毛の手綱をローズに渡した。


「この子はあなたの馬です」

月毛はローズを覚えていたらしく、撫でてくれというように顔を寄せていた。


「ローズはいい馬をもらったようだな。聞いたことある。東方の月毛。砂嵐の中でも、家に帰ってくるとか、行方不明になった主を見つけ出すとか。好き嫌いが激しいから、主は自分で選ぶとか。よかったなローズ。これで、迷子になっても帰ってくることができる」

アレキサンダーが笑った。


「アレキサンダー様」

ローズが抗議し、セタが笑った。

「おっしゃる通りでございます。それゆえ、一度主人を決めた月毛を、他に売ることなどできません。その月毛の主はお嬢様です」

笑いながらもセタはきちんと頭を下げた。


 アレキサンダーは真面目な顔になった。

「泣き止んだな。泣くな。泣くならきちんとロバートに理由を言え。あいつは言ってやらないとわからない」

ローズがうつむいた。

「言えません。これだけは言えません」

「ロバートは、ローズの悪いようにはしない。お前はロバートを信用できないのか」

「いいえ、そういうわけではありません」

ローズを慰めるかのように、月毛の馬が顔を寄せてきた。


「あら、ありがとう」

ローズは月毛の顔を撫でてやっていた。気持ちが良いのか月毛が目を細めている。ロバートは、ほほ笑んだローズの髪を指でそっと梳いてやった。身を持たせかけてきたローズをそっと抱き、馬の手綱を馬丁に預けた時だった。


 その瞬間、セタが笑い出した。

「お前もそう思うか」

アレキサンダーも笑っている。突然意気投合した二人にロバートとローズは戸惑うしかなかった。


月毛の馬に嫉妬するロバート

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