7)レオンの独り言
グレース孤児院のシスター長は、一行の急な訪問を快く受け入れてくれた。
シスター長は、ローズを大切にしてくれている。異国の馬商人など受け入れるのは初めてだろうが、快く許可してくれた。ローズが訪問すると、シスター長は必ずローズを抱きしめてくれる。シスター長の胸で微笑むローズの幸せそうな笑顔は、ロバートをいつも安堵させてくれた。
孤児院の居間の片隅でロバートとレオンは、商談を進めている一団を見ていた。商談はとんとん拍子に進んでいた。商人たちとシスター達との間で、子供たちに計算をさせるときの条件や給料が話し合われていた。
「あの男、自分のことをなんといっていました?」
レオンの視線の先には、あの見慣れない服装と顔立ちのセタがいた。
「あの市場を取り仕切っている一人だと言っていましたが」
「間違いではないですが、確か、彼は、ティタイトよりもさらに東の彼方からくる馬商人の代表格のはずです。セタだけは怒らせるなといわれているような人物ですよ」
確かに堂々たる振舞いの男で、相当な自信を感じさせた。
集められた子供たちは、商人たちの前で計算を披露していた。ローズは必ず検算をするように、お金の計算はとっても大切だと、子供たちに厳しく繰り返している。
「少なくとも、子供たちが計算を間違えなければ、商人達を怒らせることはないでしょう」
ロバートは、レオンを見た。
「この分では、ローズは子供たちが心配だから、明日も市場にいくと言いそうです。申し訳ないのですが」
「護衛はお任せください。僕が用意しますよ。お気遣いなく」
ロバートの言葉にレオンは笑顔で応じてくれた。レオンの好意に迷惑をかけているとは思う。王太子宮での最優先は王太子一家の安全である。ローズのために割ける護衛は少ない。レオンに頼む以外、ロバートには手がないのだ。
「ありがとうございます」
「ロバート様は、あぁなったローズ様を止められないのはわかっております」
「止められないとおっしゃいますが、止まらないではないですか」
あの町の件に関わった者たちは、レオンを含め、ローズのことはよく知っているはずだ。
「無理やりに止めることはできますよね。王太子宮には、幽閉する部屋くらいあるじゃないですか。塔もある」
レオンの一言にロバートは言葉を失った。
「そうでしょう?でも、あなたはそうしない。そうできない」
見慣れたレオンの笑顔が酷薄なものに見えてきた。
「あなたは、私がローズを甘やかしているとでも」
「いいえ」
ロバートがようやく返した一言を、レオンは否定した。
「ただ、私は心配なだけです。あなたはアレキサンダー様の乳兄弟です。ローズ様の婚約者でもある。ただ、今後、万が一のことがないかと、心配なだけです」
きっと智将になる。ローズがかつてレオンをそう評価していた。
「アレキサンダー様はいずれ国を統べる方です。そんな方が、ローズ様の今の不自然で奇妙なお立場を、何故かそのままにしておられる。不思議なのです。僕には理解できません。ロバート様もお気づきのはずです。例えば、ローズ様が伯爵家の養女となれば、ローズ様の御前会議での立場は盤石です。ローズ様の立場も地位も安定します。ローズ様はあなたと婚約しておられます。陛下や殿下がその気になれば、あなたに爵位を与えて、ローズ様と結婚させてもいいでしょう。あるいは、婚約をあなたに破棄させることも可能だ。そのどれもなさらない。私には、その理由がわからない」
かつて、婚約前にロバート自身が、アレキサンダーに叫んだことだ。あの時の、血を吐くかのような思いが、ロバートの胸を内から引き裂こうとするかのようだった。
ロバートの目に、一瞬レオンが別人のように映った。
ロバートが爵位を得ることはない。ライティーザの権力が偏ってしまう。始祖が懸念した通り、権力の奪い合いのため、王家とそれに連なる貴族の間では何度も血が流れた。結果、賢王アレキサンダーの子孫であった公爵家はすべて断絶してしまった。権力は人を狂わせる。
アーライル家の当主ではないレオンは、まだ、知らないはずだ。
ロバートがローズとの結婚を望むことが、ローズの立場を不安定なものにさせてしまっているのだ。だがロバートには、ローズを手放すなどできない。
二人を呼ぶローズの声がした。
「忘れてください。独り言です」
いつもの人好きのする笑顔を浮かべるレオンがいた。




