10)峠越え
翌日、峠の手前の待ち合わせ場所に現れた、アレキサンダーの一行をみた樵達の驚きは、大変なものだった。
「あんた、王太子様だったのかよ」
「お付きの人じゃなかったのか」
樵達はあんぐりと口を開けていた。
「昨日の魚は、美味だった」
その横で、ローズを前に乗せたロバートがほほ笑む。
「アレキサンダー様、彼らをからかうのはいい加減にされてはいかがでしょうか。あのような魚の捕り方は、初めて見ました。いずれまたご一緒したいものです」
「あんたは」
「私はただの、使用人ですよ」
ロバートの言葉を、近衛隊長の服に身を包み、近衛兵をつれたレオンが笑う。
「嘘ですよ、長身の彼は、アレキサンダー様にお仕えする近習の中で、一番偉くて怖い人ですからね」
「ごめんなさいね。みんな子供みたいで。でも、とても昨日は楽しくすごせました。ありがとうございました。今日もよろしくお願いします」
ローズの言葉で、一行はようやく出発した。
森の中、馬一頭か、人ひとりがようやく通れる道があった。獣道のようにも見えるが、下生えが少なく、幅は広い。アレキサンダーの視察といえば、瀟洒な馬車だが、馬車は、おとりとして、峠に向かっていた。
「できれば、峠を見下ろせる場所はあるか。峠で一部の隊商を狙って襲う連中がいることは分かっている」
「知っている。ここ数日、いつもより集まっているやつらが多い。なんか、騎士っぽいのもいたが、王太子様、あんたが狙いじゃないのか」
「そうだろうな」
狙われているはずのアレキサンダーは、動じた風もない。
「俺たちも危ないって思わねぇの」
「お前たちは樵だろう。盗賊ではない。それに、これから襲うという連中と、食事をする盗賊など聞いたことはないが」
アレキサンダーは笑った。
「部下の一部は、馬車で峠に向かっている。できれば彼らの犠牲は避けたい」
「この道は連中より上には出る。俺たちにはそれ以上はできないぞ。樵だ」
「むろん。それで十分だ」
「私たちが、仲間と合流するまでのあいだ、この子をお願いできますか」
ロバートが穏やかにほほ笑んだ。驚いて見上げたローズの額にロバートは口づけた。
「あなたを連れていては、戦いになりません」
「いや、お前はローズと残れ。一応は聖女だ。警護が必要だ」
「アレキサンダー様おひとりにもできません」
「レオンがいるだろう」
「彼は近衛を指揮する立場です」
「つべこべ言わずにお二方とも黙ってください。失礼ながら、そのように騒いでいただいては邪魔です」
「そろそろ近いから、あぶねぇ。全員静かにしろ」
樵の言葉に男たちは黙った。
樵が、木の間を指した。峠が見え、その上に人の集団があった。武装している。
ロバートはローズを馬から下し、一度抱きしめてから、短剣を握らせた。下がっているようにと、合図された樵達はローズをつれて下がった。馬から降りたロバートが近衛を一人だけつれ、弓を片手に静かに忍び寄っていくのが見えた。
ゆっくりと弓を引き絞り、狙いを定めた。
盗賊たちの首領か、盗賊たちに命じている騎士を打てば統率を失うはずだ。ロバートは矢を放った。
「すげぇ」
樵の一人がつぶやいた。後ろにいる敵に気づいていなかった盗賊たちの首領らしい人物が真っ先に、立て続けに放たれたロバートの矢の餌食になり、坂を転がり落ちていった。騎士らしい機敏な動きをするものたちも、矢に貫かれ、叫び声をあげ崖から転落し、地に倒れ伏した。
馬車でおとりになっていた者たちも気づいて、抜刀して坂を駆け上がってきた。樵の一人が手近にあった斧の背で木をたたき、雄叫びを上げた。その意図を察した樵達が、次々と雄叫びを上げる。一瞬振り返ったロバートが笑ったのが見えた。
統率者を失い、峠の上下で挟み撃ちになった盗賊団は、まとまりをなくし、逃げ出していった。
返り血を浴びた一団が戻ってきた。
「ローズ」
返り血を浴びたロバートは、声をかけたものの、ローズを抱きしめようとはしなかった。
「さすがに血まみれです。あなたに血がついてしまう」
樵達は遠慮なく、血まみれの一行を歓迎した。
「先ほどはありがとうございました。彼らが浮足立ったので、こちらが有利になりました。」
礼をいったロバートに男たちは笑顔で答えた。
「兄ちゃん、川はだめでも、弓はすげえな。冬場にこいよ。狩りをしようぜ」
「大変魅力的なお申し出ですね。楽しみです。主の許可をいただかないといけませんので、何ともお返事しがたいですが。」
「冬の川に落ちたら死ぬから、川に慣れてこいよ」
「それはなんとも、お返事いたしかねます。身近にあのような川がないのですよ」
死体を確認していた一団も戻ってきた。
「生き残りもいますが、誰の配下かは、吐きませんね。連れ帰って訊問する必要がありそうです」
レオンは部下に縛って運ぶように命じた。
森の出口で樵達とは別れた。
「帰る頃には、この辺りを見回っとくよ。まかせな、また、案内してやるよ」
「兄ちゃん、狩りに来いよ」
「王太子様、また、魚食いに来いよな。嬢ちゃんもな」
「若いのも、待ってるぞ」
樵達は森に消えていった。
「おそらく犯罪の全貌を暴くには足りないでしょうね」
捕らえたものたちを、レオンは騎士団に預けた。
「レオン様。ローズを連れてきてくださり、ありがとうございました。峠のことを気づいたローズがいなければ、まともに襲われていた可能性があります。ありがとうございました。ローズも、無茶をしてもらってはこまりますが、あなたの情報は貴重でした。ありがとうございます」
ロバートは二人に礼をいった。
「無事に、王都に帰るまでは、気が抜けないが、二人ともよくやってくれた。だが、無茶なのも事実だ。とくにローズ。ロバートが心労で死ぬから無茶はやめろ」
アレキサンダーの言葉にローズは隣に立つロバートをみた。
「心配なのは事実ですが、そこまで軟にできてはいません」
アレキサンダーはため息をついた。
「お前は、崖から落ちたことはないが、テラスから飛び降りる羽目にもなったし、階段からも突き落とされた。何度私の身代わりになったと思っている。もう十分だ」
アレキサンダーの言葉に、ローズとレオンは目を見開いた。
「お前たちがいくら無茶をしたところで、ロバートのほうがはるかに無茶をしてきている。それを傍らで見ている人間の心労を、私はよくわかっている。ほどほどにしてやれ」
ロバートがアレキサンダーを見ていた。
「ロバート、お前、ようやく私の心労が分かったか。反省しろ」
「申し訳ありません」
ロバートを見上げるローズと、ロバートの目があった。
「たくさん、怪我があったわ」
そっとロバートの胸に手を触れた。
「昔のことです。もう、大丈夫ですから」
ロバートはその手をとり、そっと口づけた。
アレキサンダーや、アレキサンダーに仕える者たちには日常の光景だ。アレキサンダーは、赤面したレオンに目をとめた。
「どうした」
わかっていてからかってみた。
「アイリーンに会いたいです」
レオンは婚約者の名を口にした。
「私もグレースとソフィアに会いたくなった」
ローズはいつもどおり、ロバートの腕の中に収まっていた。外套が一枚犠牲になるが、襲われた一行にいた聖女が、返り血を浴びる事態だったのだとでも言えば、いいだろう。
浴びた返り血もそのままに、次の町に現れたアレキサンダーの一行に、町の領主は腰を抜かした。
「ずいぶんと熱烈な歓迎をいただき、ありがとうございます」
長身のロバートに、凄みのある笑顔で剣を突き付けられた領主は、あっさりと口を割った。
同じころ、子爵は査察官の訪問を受けていた。
「王太子殿下の暗殺をご計画されるなど、貴殿も随分と無謀でいらっしゃる」
査察官の持つ配下の騎士の首を見た子爵は、おとなしく身柄を拘束された。
第三部第九章 お付き合いいただきありがとうございました。
第十章は明日7時より投稿開始です。
幕間を明日10時より投稿開始です。
笑わぬモデルの描き方 https://ncode.syosetu.com/n1407hb/
王太子と乳兄弟 (王太子アレキサンダーの視察)https://ncode.syosetu.com/n5407gx/
の後日談で、犠牲?となることが決まった画家たちも登場するお話です。
幕間もお楽しみいただけましたら幸いです。




