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9)樵

「峠を通らない道はないのですか」

翌朝、当然といえば当然のローズの質問に、地図を眺めていた面々は首を振った。


「少なくとも地図にはありません」

「地図じゃなかったら」

「地元の騎士団も、峠以外はないといっていました」

「でも、峠を襲うなら、峠道を歩く人に、気づかれずに峠にむかう、何かの手段があるはずよ」

ローズのいうことはもっともだが、土地の民ではないのだ。


「地元の人を味方にできたらいいのに」

ローズの言葉が、ロバートに決断させた。ローズの安全を考えると、実行させたくはなかったが、ロバートには一つの案があった。

「ローズ、ベールは持っていましたね」


 北の地の、寒さに耐える人々のため、王太子に神のお告げを告げた少女が、今回の視察には同行していた。少女が疲れないように移動していたら、一行に遅れてしまった。


 ロバートは子爵を前に平然と口上を述べた。


 いきなり現れた同行者だという聖女ローズと、その護衛のための物々しい近衛の一団に、子爵は唖然としていた。

「すまないね。まだ幼いものだから、私達についてくることができなくてね。遅れてしまい、あなたを驚かせてしまったようで申し訳ない。早速だが、北の厳しい地で生きるあなたの民を慰問したいといいだしてね。ご迷惑でなければいいのだが」

 アレキサンダーも子爵に、笑顔を向けた。


 聖アリア教会が、聖女という少女、王太子妃グレースの代理として各施設を慰問している少女の慰問だ。


「素晴らしいお申し出をいただきありがとうございます。さすが聖女様の再来と名高い御方の心遣い、感謝いたします」

 子爵に断るなどという選択肢はなかった。


 一行に遅れて到着したのは、王都で売られている肖像画のとおり、目元をベールで隠した小さな少女だった。わざわざアーライル侯爵家の跡取り次男、次期アーライル騎士団総騎士団長として名高いレオンが手を引いている。

「突然の訪問を、お許しいただきありがとうございます」

作法にのっとった美しいお辞儀での挨拶に子爵もお辞儀するしかなかった。


 ロバートが考えたのは単純なことだった。一行に聖アリア教会が聖女というローズがいたら、襲われないのではないかということ。あるいは、ローズが峠道を行くのが怖いといえば、地元の民が別の道を提案してくれるかもしれない。影は伯爵家を調べるので手一杯だ。


 ローズは教会をおとずれ神に祈りを捧げ、救護院に王太子妃グレースからの施しを約束し、孤児院の子供たちに、学ぶことの大切さを説いた。


 ローズが一年以上繰り返してきたことだ。すっかり堂に入った聖女らしい微笑みの効果はすぐに現れた。


「森にすむ、儂らのためにも、祈ってくれるかね」

町の者達と違う男たちにローズは首をかしげた。近衛兵に紛れていたロバートが、一瞬でローズを庇う位置に立った。

「なぜ」

「森にすむ者は危険です。王国の法律に従うとは限らない」

ロバートは短く答えた。

「でも、この人たちは悪い人たちではなさそうよ」

アレキサンダーと、ロバートとレオンの溜息が揃った。


「そうですね。あなたがそういうことは分かっています」

体格はよいが、武装をしていない。身体の動きを見れば兵士でないことはわかる。明らかに怪しいのでなければ、ローズを説得しようとするだけ無駄だ。ロバートの一言で、その者たちに同行することになった。


 男たちは樵だった。森の奥にすむ、かれらの小さな教会で、ローズは常のように祈りをささげた。森の中、樵達が教会を建てたことに感動を覚えた。それは、近衛の服に身を包み、同行した男たちも同様だった。


 アレキサンダーとロバートは、いつの間にか樵達と意気投合し、貧しいはずの彼らの昼食にも招かれてしまった。


 まさか、神のお告げを告げた少女に付き添っている近衛兵達の一人が王太子アレキサンダーだとは思わなかったのだろう。


 アレキサンダーは当然の様に火の番を始めた。ロバートは樵達に誘われ、魚を捕りにいってしまった。

「あれは狩りが好きだから、獲物ときいて、我慢できなくなったのだろう。今日くらい、私と離れても問題ない」

アレキサンダーは、くつろいだ様子で焚火の前に座り、火の番をしながら、近衛たちに己の警備を任せていた。


 川に不慣れなロバートは、転んでずぶぬれになりながらも、男たちと楽しそうに帰ってきた。男たちの勧めに従い、上着やシャツを脱ぎ、焚火で乾かし始めた。あらわになった上半身には、いくつか大きな傷があった。左脇の傷は、致命傷となりえたことなど、心得があるものがみれば、一目瞭然だ。


「兄ちゃん、水も滴るいい男だな。本当にずぶぬれになっちまうんだから、笑ったぞ」

「しかし、怪我だらけだな。大丈夫か。どこで転んだんだ。そんな傷」

「川では転びましたが、そうそう転んでばかりでもないですよ」

「そうさなぁ。崖から落ちたか」

「崖からは落ちてはいませんが、まぁいろいろありました」


 焚火で、串刺しにした魚を焼き、全員でその場で食べた。普段なら絶対にない、野性的な食事を全員で楽しんだ。


 ローズはロバートの肩にもたれたまま、そんな男たちを眺めてほほ笑んでいた。ロバートが上半身に何も着ていないのが気になるが、そばにいてくれたほうが安心する。そんな二人を、樵達は冷やかした。赤面した二人に、樵達が笑い転げた。


 峠を越えたいが、この少女を連れて抜けるのは心配だ。峠は事故が多いと聞いている。ロバートの言葉に男たちは笑った。町の人間は峠を越えるが、あそこは危ない。盗賊も多い。そういって、次の領地へと抜ける、森の中の道を案内してもらえることになった。

「馬車は通れねぇよ。馬と人だけだ」

「問題ない」

アレキサンダーは笑った。

 


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